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『15秒のターン』感想

時間の感覚とはひどく主観的で、感情が大きく揺らぐ瞬間は振り返ってみると永遠のようにも感じられる…かもしれない。それが、たった15秒でも。

紅玉いづき先生の『15秒のターン』は著者のデビュー15周年を記念して刊行された青春小説を5編収録した短編集です。文庫かつどれも読みやすい分量で一気に読んでしまえる勢いと、卓越した文章力を感じる作品でした。

表題作の「15秒のターン」は初出が2008年、3作目の「戦場にも朝は来る」は2021初出実に10年以上も作品ごとの期間があるにも関わらず、一切それを感じさせない文章のチューニングが素晴らしく、そして一貫して「青春における、どうしようもなく感情が沸き立つ瞬間」を描いているように感じました。感情の最大瞬間風速…。

・15秒のターン
表題作の本作は、主人公のほたると「付き合っている」彼氏の梶くんと「別れよう」と思うところから始まる。付き合っているはずなのに、ほとんど交流のない二人。どうして付き合ったのかも茫洋としていて、疑問ばかりが先行する。そんな自問自答が、ひっくり返る青春の「輝かしい」刹那をとらえた作品でした。高校生、毎日、光ってる。

・2Bの黒髪
大学受験に一度失敗し、浪人生となった19歳の須和子。彼女は予備校の授業を聞かずに、授業中に書いた鉛筆描きの漫画を個人サイトに上げるということをして、受験までの日数を減らしていた。自分でもゴミだと思っているものを、それでも彼女は更新し続ける。モラトリアムなもやもやと意地みたいな複雑な感情を強く感じる一作。19歳ってなんでもなくて、どこかに散り散りになりそうな、不思議な年齢ですよね。

・戦場にも朝が来る
とあるソシャゲのランキングの一位をひたはしる「ちょこ」と、そんな彼女が戦うためだけにお金を稼ぐ「あめり」。いびつで熱い、二人の少女の1LDKの虚無で確かにそこにあった戦争のお話。100点を取ってもたった一人の一位になんてなれない世界で、間違いなく一位である「ちょこ」を見ていたいという「あめり」。他人から見たらひたすら無為で虚無な時間。でも、それは確かに二人で戦った、価値のあった時間だった。
全5編のなかでも、ダントツで胃に残る、うまく咀嚼できないまま心を揺らされるような、とにかく感情な短編でした。色んな人に読んでみてほしい1作。

・この列車は楽園ゆき
主人公の茜子は、シングルマザーの母親から「ちゃんとしなさい」と言われて育ち、学校でも周囲から浮かないよう人並みに恋をして生きている。それがクラスメイトとの会話を持続させるのに一番てっとりばやいフレーバーだから…。そんな彼女がどうにも気になって仕方がないのが、合唱コンクールの練習で一人感極まって泣いていた高根という男子。その姿に思わず「は? キモ」と言ってしまったが、その後ひょんなことから二人でラーメン屋に行くことになり…。
いろいろな要素が含まれた、5作の中ではもっとも長めの作品でした。世間一般が言うような恋人ではないけど、一番自分を大事にしてくれる人、一番一緒にいて心が落ち着く人…そういう人と、どうして気兼ねなく一緒にいれないのか。そんな葛藤。そして、「ちゃんとしないといけない」という呪縛。人生ぜんぶをちゃんとしようとすると、ちゃんとしているだけで人生は終わってしまう。

・15年目の遠回り
締めとなるこの作品は「15秒のターン」の主人公・ほたるの姉のお話。合コンがうまくいかず、いつもの喫茶店で店員に向かってぼやいている彼女だが、どうして毎度失敗して、必ずこの喫茶店に来るのか…。あの日の、光っていた青春を確かに抱える。それを大事にしながら生きるのだって、案外悪くない、そんな気持ちにさせてくれる、まさに〆にちょうどいい作品でした。「あたしマスターのコーヒーが好き。」

いずれもまさに珠玉といって差し支えない青春小説。文章を読む楽しさ、みたいなものがあふれてくる作品でもあるので、最近小説読めてないなあ…という人にこそ、オススメの作品かもしれません。

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