暗い

ラーメン店の暗闇の中で

1

その日の飲み会は壮絶に楽しかった。

相変わらず高校の同級生とつるんで飲んでいたんだけれど、久々に昔話に華が咲き、気分が完全に高校時代に戻った。一般的に、思い出話をする際は過去を実際以上に辛かったものとして捉えたり、逆に美化したりしがちだけれど、その日の僕らの会話はもはや美化を超えた、“超美化”とでも言うべきもので、辛かったこと、苦しかったことなど一瞬たりともありませんでしたと思えるぐらいに浮かれた気分になっていた。

終電で最寄り駅に降り立った時も、その気分は続いていた。それでなのか、急にふとラーメンで〆たくなり、最近リニューアルしたばかりのラーメン店に立ち寄った。

そのラーメン屋は、この地域でも屈指の人気を誇るお店だった。以前はプレハブ小屋みたいな小さな店舗だったが、瞬く間に人気が広がり、ついにリニューアルしたのだった。

再開後に行くのは、実はその日が初めてだった。お店を実際に見て驚いた。建物自体がまったく新しくなっていて、より大きく、より洗練されたインテリアデザインになり、店内の広さも2倍ぐらいになっていた。

僕はカウンター席についた。僕を含めて2組しかなかった。もう一組は、僕の隣に座った男子高校生二人だった。

……..高校生?

そう、見た目は普通の感じの男子高校生が、もう0時を回っているのに、ぺちゃくちゃおしゃべりをしながらラーメンを食べている。なんでこんな時間にいるんだろう?

その疑問はすぐに氷解した。二人は声が大きめで、話がよく聞こえてきたからだ。彼らは受験生で、近所のファーストキッチンで閉店まで勉強した後、〆としてこのラーメン屋に寄ったのだそうだ。

こんな時間に高校生がこんなところでラーメンを。。まったく、けしからん!

と普通なら思うところなんだけれど、その日の僕は、超が付くほど高校時代って最高やんモードになっていたから、


とすごくワクワクした。

やっぱり高校生いいじゃないの!。

夜中にラーメンとかちょっとだけ良くないことをするのが、またいい感じのスパイスになって青春がより美味しくなるのだ。

でも、しっかり高校生らしくしっかり勉強してるし、決して悪いだけじゃない。

どんどんやったれ〜!語ったれ〜!高校時代は今だけじゃ〜!

完全にウザいおっさんの思考だが、もちろん口には出さない。考えてニヤニヤしそうなところを必死で押さえる。そんな自分は気持ち悪い。でもそれがまた良い!

その時だった。

急に明かりが消え、店内が真っ暗になった。

2.


一瞬停電かなと思ったが、どうもブレーカーが落ちたらしい。店員さんはなにが起きたのかすぐには飲み込めなかったらしく、一瞬身動きがピタッと止まったが、やがて

「申し訳ありません!」「申し訳ありません!!」「申し訳有りませーん!」

と大声をだして謝った。

と、同時に、隣の男子高校生が騒ぎ出した。

「うわっ!暗れー!」

「暗れーよ!マジで!!」

「すげー!暗れー!」

「暗れー」しか言うこと無いのか、とちょっと呆れてしまった。

仮にでも彼らは受験生のはずなのに、ちょっと語彙力がなさすぎるのではないか。きっとこいつらは、国語がダメに違いない。本も全然読んでなくて、センターの国語もきっと失敗するに違いない。

そこまで考えて、そういえば自分も現役の時、センターの国語は壊滅的だったことを思い出す。本番では非常に緊張して現代文に時間がかかり、古文に入った時点で残り時間は五分しか無く、結局シャーペンを使ってマークシートをダウジングして塗り潰したのだった。当然点数はすさまじいものがあった。

そうそう。だから、語彙力が少なくて何だというのだ。逆に言えば、語彙力が無いからこそ、勉強をしているのではないのか(国語を勉強しているのかは知らないけど)?今回の入試で失敗しても来年行けばいい。ファッキン(ファーストキッチンの略)で閉店まで勉強して、夜ラーメン食ってる優雅な高校生なんだから、浪人できるぐらいの財力はあるだろう?浪人は浪人で楽しいもんだぜ?要するに何がいいたいのかというと、やっぱ高校生は最高だということだ。この馬鹿っぽさ、イイネ!

それにしても、店内は本当に「暗れー」かった。ただでさえ、入り口のガラス戸ぐらいしか光が入る場所はなく、しかも店員の服も上から下まで黒で統一されていたのだから、ほとんど闇に近かった。この暗さも、僕をますます陽気にさせた。この非日常感、ものすごくイイネ!

どうせすぐ明るくなるんだし、この素晴らしい気分、ぞくぞくする雰囲気を心に染み込ませようと思いながら、カウンターに向き直り、ビールをすする。

ところが、なかなか明るくならない。ブレーカーを直せば済む話なのに、時間が経っても明るくならないのだ。

僕が再び入り口の方へ振り返ると、ちょっと異様な光景が広がっていた。


店員たちはそれぞれ地面に這いつくばったり外に出てみたり、壁を懐中電灯で照らしたりしている。

こ、これは。。

一体なにごと…?

すると高校生が言った。

「もしかしてブレーカー探してるんじゃね?」

「リニューアルしたてだから、店員もまだブレーカーがどこにあるのか知らなかったんだろうな」

(おおお!!なるほど!!そういうことか!!)

僕は思わず唸ってしまった。

高校生二人の名推理に、「お前らは工藤新一か」というツッコミを思いついた。

思わずプッと吹き出しそうになったけど、我慢した。1人でニヤニヤしてしまった。

でも真っ暗だから誰にも見られない。この暗闇、イイネ!

すると、高校生が今度はこんなことを話しだした。


この「ヤベー」がまたえらく残念な感じだ。

またニヤニヤしちゃったけど、暗闇だから誰にも見られない。

ところで先ほどは彼らの推理に唸らされたので、今度は僕が、なぜシノが「ヤベー」のか自分なりに考えてみようと思った。

話を振り返ると、シノがここにいると「ヤベー」のは、「見えなくなる」からだそうだ。

ここは今、とっても暗い。

だから、シノは暗いところにいると見えなくなるということだ。

今でもこれだけ見えづらいのに、シノくんが来ると、普通の人以上に見えなくなる、と彼らはいいたいのかもしれない。

それで、なんとなく、苦い思い出を思い出した。

それは古い友人のことだった。彼は沖縄の太陽をめちゃくちゃ浴びすぎて、常に真っ黒に日焼けしていた。そんな彼を、僕は下校中、日が暮れて暗くなって来た時に、『見えない』とか言ってからかったのだ。その時は喧嘩にもならないし楽しかったけれど、数年後、実は結構傷ついていたと本人から聞いた。その時初めて、自分は他人の身体的特徴をバカにしていた事に気が付き、すごく反省したし恥ずかしくなった。その時の苦い気持ちが、今、急にフッと湧き出してきたのだ。

もしかして、シノくんも友人と同じ感じなのかもしれない。そう思うと、なんだか、若いころにつけた古傷を突かれたような気分になった。

そして、それと同時に、今度は別の疑念も湧いてきた。

もしかして彼らは、シノくんをいじめている可能性もあるのか?

すると、次第に、この高校生への印象が変わり始めた。夜中にラーメン食ってる行儀の悪さも、シノという誰かをいじめるイメージを助長した。

急激に現実に引き戻される感覚があった。

その時だった。それらの疑念を吹き飛ばす、凄いセリフが聞こえてきた。

は?

斜め上の展開で狼狽してしまった。

でも少なくとも、彼らがいじめっ子で、シノ君をいじめているという説は間違っているようだ。というか、そういうことを真剣に懸念した僕がバカでした。

冷静に考えなおそう。忍者は何かの例えだ。本物の忍者はいないからだ。

じゃあ、何を例えているんだろう。。。たとえば忍び寄る的な?

僕は短い間だったけれど、本当に一生懸命考えた。でも、どんなに考えても、忍者の格好をした変態のおっさんみたいなのしか想像できず、ついに匙を投げた。

再び耳を澄ます。すると、今度はゲームの話になっていた。モンスターハンターの話をしていて、僕にはもう全くわからない内容になっていた。

僕はちょっとがっかりして、ビールを飲んだ。

ところが、よく聞いてみると

「だからシノブがさあ〜」

とか

「シノなんなの〜」

とか言っている。

また新しい名前出た。今度はシノブ。

シノブって誰?とか思った瞬間、背中に電流が走った。

シノって、シノブのアダ名なのでは?

ということは!?


ということは??



つまり名前から勝手に「シノ」を忍者扱いしているってこと??

なんか、すっごい名推理キタかも!と思って興奮したけれど、いやいや、それはそれでかなり謎だ。そういうあだ名の付け方で「あいつが来ると見えない」というやりとりが成立するもんだろうか。それに、もしそうだとしても、かなりイタい気がする。

かなり捻ったあだ名の付け方って、付けた本人は楽しくても、周りの人はついていけなかったりすることが多々ある。だからそのアダ名はみんなに無視される。あだ名の名付け方でさえイタいのだから、他のやることなす事も当然イタい。そうして、結局鬱屈抱えて暗い青春を送ったりする。

でもそういう鬱屈抱えた青春て、見方によっちゃロックだぞ。とまた陽気な気分になってきた。銀杏ボーイズだって、この時期かなり鬱屈抱えてたからこそあの後あんなに凄いロックバンドになったんじゃないのか。思春期の鬱屈も、すごいエネルギーでパワーがあるのだ。彼らはやっぱり凄い時代を経験しているのだ!

その時、ようやく電気がついた。僕は慌てて顔を素に戻す。

「申し訳ありませんでしたー!」「もうしわけありません!」「もうしわけありませんでしたー!!」

僕はまだラーメンが来ておらず、ビールしか飲んでいなかった。

でも、心はすでに満腹だった。もう食べられない。僕はしあわせや。

ラーメンをキャンセルし、心のなかで「ごちそうさま」とお礼を言い、席を立つ。

すると….

「今度の東大模試どうよ」

「う〜、ヤバイわ〜。。ぎりぎりB判かな〜」

えっ…..

とんでもない大学の名前が聞こえてきた。センター試験の国語で爆死するだろうと予想していた僕としては、意外すぎる名前だった。

まさか。

東大て。

彼らが?

東京なんちゃら大学の略でないのか?

すると男子高校生のかばんが見えた。

こ、これは…….!!


これは!

泣く子も黙る〇〇高校のスクールバックではないか!

超進学校!!

こいつら、めっちゃ頭いいじゃん!!

僕は外に出た。

勝負をしたわけじゃない。

賭けに負けたわけでもない。

でも、顔が真顔にしかなれないのは、なんでだろう。



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