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のどあめ(小話)

文字書きさんに100のお題より



025:のどあめ


「飴ちょーだい」
 運転中、手が放せないふりをして言ってみる。「自分で取れ」と言われるのを覚悟していたけど、珍しく彼はなにも言わずにダッシュボードからのど飴を取ってくれた。

「剥いて?」
 差し出された飴を前にして、もう一度わがままを言ってみる。車はゆっくり流れているし、少しくらいハンドルから手を放すことはできるけど、ダメ元で甘えてみる。
 彼はしばらく考えたあと、無言で飴の袋を剥いてくれた。そして再び差し出されたそれを前に、もうちょっと欲張ってみたくなる。
 あーん、と大きく口を開けると、今度は盛大なため息をつかれる。
 やっぱりダメかと諦めたところに、飴を持った細い指が近づいてきた。
「んっ」
 その指は、飴を投げ込むと逃げるように去っていった。それでもかすかに指先が触れた。乾いていた粘膜の中に、甘酸っぱい果汁の味が広がる。
 唇の表面には、まだ彼の指先のつるりと固い感触が残っていた。
 ──やばいなぁ。


「なにが?」
 尋ねられて、心の中で呟いたつもりがつい口に出していたと気付く。やばい。唇が、むずむずしてきた。
 ──最後にもう一度だけ、ダメもとで言ってみようか。


「いまさあ、手が放せないから」
 言いかけて、わざとらしく両手でぎゅっとハンドルを握った。
「キスしてくれない?」


 返ってきたのは深いため息と、笑いを含んだ「バカ」の一言だった。




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