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共有 (小話)

 田んぼに張られた水が、初夏の日の光に照らされて輝いていた。育ち始めた柔らかそうな緑の隙間から、きらきらと光が溢れている。
 目の端に映るそれを楽しみながら車を走らせる。こういう綺麗なものを見た時、真っ先に浮かぶ顔は大抵決まっていた。
 今、この車の助手席にあいつがいれば、と思うと口元が緩む。
 きっと隣にいたところで、馴染みのホステスと電話をしているか、食うか、寝るかしかしていないだろうが、それでもおれは、綺麗なものを見るとあいつを思い出す。あいつに見せてやりたい、と思う。
 何もかもが違う二人だけど、きっと根っこのところは同じだと思うから、きっとこの光景をあいつも気に入るはずだ。そんな確信がある。
 緩やかな登り坂に差し掛かった時に、ハンドルの側にセットしてある電話が鳴った。手元のボタンでBluetoothに繋ぐと、スピーカーから聴き慣れた声が聴こえてくる。
『よお相棒。今どこだ』
 どこか少年のような甘さのある、少し雑味のある声。
「見渡す限りの田んぼだ」
『そうか。うまいホットサンド屋を見つけたからお前の分もと思ったんだが』
「あと小一時間はかかる」
『了解』
 この男はいつも、気に入った食べ物があると土産だ差し入れだと言っては買って来る。そしてそれはいつも決まって、とても美味い。
 育った環境も性格も何もかも違うが、食の好みは近い。
『おい』
 とうに切れたと思っていた電話が、まだ繋がっていた。
『見惚れて事故るなよ』
「お前じゃあるまいし」
 鼻で笑って返すと、電話口の向こうでも笑う気配がする。
 梅雨の晴れ間、この時期の田んぼが美しいことを知っているのか。東京で生まれ育って、田舎の土の匂いなど全くしない男が、意外だった。
 この美しい田舎の景色を共有できたような気になって、なんだか嬉しくなる。
 いまだ目の端に残る緑の光の余韻を楽しみながら、緩んだ口元をきゅっと結び直し、アクセルを踏む足に力を込めた。


おわり

(田んぼが綺麗だったので)





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