見出し画像

公衆電話から自宅に電話がかけられなかった話。(本当にあったら気味が悪い話)小話

 私が中学生の頃の話です。

 当時は両親と姉と私の四人家族で暮らしていました。両親の夫婦仲は決していいとはいえないまでも、かろうじて家族の形は保っている状態でした。

 ある時から、いたずら電話が頻繁にかかってくるようになりました。

 はじまりは私がひとりで自宅にいる日中でした。いつものように受話器を取って姓を名乗ると、相手は知らない男でした。

 男は母の名を知っていました。職場も知っていました。そして母と親しい関係であるとほのめかしました。

 その時点で私は電話を切るべきでした。ですが、夜勤で父が不在がちなのをいいことに、当時母は明らかに夜間の外出が多く、思春期の私は母に対して強い疑念を抱いていたので、男の話をどこかで信じてしまったのだと思います。

 次第に男は卑猥な言葉を投げかけてきました。


 今なにしてる?

 ボールペン持ってるの?

 それで××××××××××


 なぜすぐに電話を切らなかったのか後悔しました。

 性に対する知識や興味はありつつも、こんなに直接的に性的な言葉を投げつけられたのは初めてで、悔しさと羞恥心で涙が止まりませんでした。

 叩きつけるように電話を切ってすぐに、またベルが鳴りました。恐る恐る受話器を取ると、偶然うちに電話をしてきた親友の声が聞こえてきました。

 電話口で泣いている私に驚いて、すぐに自宅に来てくれました。

 変な電話があった、とは両親に言いました。姉には内容を包み隠さず。母には、ぼかしながらも、母の名を知っていたことを伝えました。父には、いたずら電話があったとしか言えませんでした。

 今にして思えば他愛もない暇人のいたずら電話だと思えますが、田舎町に住む中学生だった私には一生忘れられない嫌な記憶です。

 そしてその後から無言電話が頻繁にかかってくるようになりました。

 電話は父の在宅中にもあり、痺れを切らした父が電話会社に相談しました。

 現在もあるかどうかは不明ですが、その当時(1990年代半ば)直前にかかってきた電話回線から、こちらに発信ができないように設定するというサービスがありました。

 今でいう着信拒否のようなサービスです。

 無言電話を受けてすぐに電話機を操作することでそれが設定できるサービスでした。

 何度か繰り返すうちに無言電話はなくなりました。


 数年して、アルバイトを始めた姉が、同僚の送別会で遅くなり、母に迎えを頼んだ時のことです。

 帰宅してすぐに姉が私に耳打ちしました。

 送別会があった居酒屋近くの公衆電話から、自宅に電話がかけられなかった、と。

 瞬時に意味を理解した私たちは顔を見合わせました。

 何度も無言電話のあとに設定していたあの拒否設定が、その公衆電話にはされていたのです。

 その公衆電話から、あの男が電話をかけていたということです。

 自宅からは少し遠い場所でしたが、小さな町です。中学生、高校生だった私たちには遠くても、車に乗る大人にとっては大した距離ではありません。

 ですがその時はすでにいたずら電話もなくなっていましたし、相変わらず母の夜間の外出は続いていたものの、それに対してはもう何の感情も湧かなくなっていましたので、少しゾッとしたくらいでした。

 私も姉も数年後には進学で家を出て、それを機に両親は離婚し、私たち家族はバラバラになりました。

 数年後、母は再婚。相手は初婚で少し年下の気さくな人で、その人と暮らすようになった母のもとに、私はたまに「帰省」するようになりました。

 母が再婚して10年ほどたった頃でしょうか。

 姉と二人でお酒を飲んでいた時に、ふと言われました。

「あのいたずら電話覚えてる?」

 もちろん忘れるはずはありません。ある公衆電話から自宅に電話がかけられなかったことも含めて、青春の1ページには決して記したくない嫌な記憶です。

「あの電話、◯×さんだったんじゃないかとたまに思う時がある」

 ◯×さんとは、母の再婚相手です。

 え、と声はあげたものの、私は否定する気にはなれませんでした。

 確かに合点はいくのです。

 外出しがちだった母。母のことを知っていた男。数年後再婚した母と◯×さんは、すでに数年連れ添った夫婦のようでした。もしあの当時から母とお付き合いしていた相手が◯×さんなら…全ての辻褄が合ってしまいます。

 ◯×さんは、いい人です。ですがお酒に酔うと少しタチの悪い人ではありました。

 私はそれからあまり「帰省」をしなくなりました。母が買い物などで不在の間、二人きりになると途端に会話に困りました。

 姉とはそれ以来その話はしていません。◯×さんとの関係も良好です。

 ただ、私と姉の願いはひとつ。

 母には、なんとしても◯×さんより長生きしてほしい。


 あの公衆電話からうちに電話をしていたのが、本当に◯×さんだったのか。

 世の中には知らなくていいことも、ありますね。



 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?