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【投機の流儀 セレクション】「岸田ショック」の正体

「成長と分配の好循環」は良いとしても「国全体の経済力を高める成長戦略と、格差是正につながる分配政策」とを謳っている。この後半の文言は社会主義的と市場では見なしているように見える。そして小泉内閣時代の「新自由主義経済」を転換して「新資本主義」の日本をつくると言っている。
「成長の果実がしっかりと分配されなければ消費の需要は盛り上がらず次の成長は望めない」と述べている。もっともである。しかし、富の再分配ということは社会主義的傾向だと市場では受け止められやすい。具体的に言えば、従業員の給与を増やした企業に対しては法人税を軽減するというような政策を出せば、これは企業の富が従業員に移ることになる。所信表明演説で賃上げ企業の税制優遇を唱えた。投資家が投資の対象とするのは企業である。従業員ではない。したがって、株式市場にとってはマイナスとなる。
古典派経済学者のベンサムが言った「最大多数の最大幸福」を意訳しているように見える。

しかし、岸田氏は生粋の宏池会出身の総理大臣である、宏池会は池田勇人が創設した保守本命である。そして、次の宏池会の総理大臣は宮澤喜一総理だった。宏池会は池田・宮澤2人とも経済優先だった。特に創設者でその銅像が郷里にある池田勇人氏は、前任者岸信介時代の安保闘争で真っ二つに割れた国論を経済という観点から統一し、経済重点政策だった。そして「経済は池田にお任せ下さい」と連発し、所得倍増計画を打ち出し、10年で2倍にするGDPを7年で達成した。(これは労働人口の増加、所謂人口ボーナスと言われるもののおかげもあり、生産性も高まり、池田首相ではなくても高度成長を迎えたであろう、その成長期の経済であったことは事実だ)。しかし、池田総理は60年安保で真っ二つに割れた国論を経済という観点で統合し、「寛容と忍耐」をスローガンとして「経済は池田にお任せ下さい」を連発した。そして岸田首相はこの宏池会のルーツである池田元首相を倣っているし、似たような言葉遣いも連発する。そして、宏池会から出た二番目の総理は宮澤喜一氏だったが、この人も経済専門だった。
成長主義者の甘利氏を党の最重要ポストである幹事長に据えた。幹事長は機密費を担当し党内人事を掌握するから、企業で言えば経理部長と人事部長との統括本部長のような役割で最も権力が集まりやすい。そこに成長主義者の甘利氏を据えた。

ところで、日本経済新聞社が4日・5日にかけての世論調査で、岸田文雄首相が掲げる「成長と分配の好循環」に関する意識を調べたところ次のようになる。国全体の経済力を高める成長戦略を優先すべきが47%、格差是正につながる分配政策を優先すべきが38%となる。世代別に見ると18~19歳までは「成長」が59%で「分配」31%。年齢が上がるほど「分配」の支持者が増え、61歳以上では逆転している。ところが、投資家層は金額では60歳以上が圧倒的に多いと思う。人数ではコロナ相場から参加した若手の個人投資家が増えてはいるだろうけれども、金額的には圧倒的に60歳以上が多いと思う。したがって、岸田政権の経済政策は株式市場では消化不良ではないかと思うが、市場の反応の仕方を批判しても仕方がない。現にそこに現れているのが市場なのだ。ところで、8日連続安という12年ぶりの相場は、①岸田首相に対する不安・批判、②分配重視の社会主義的性格に対する用心、➂選挙で過半数を割るという不安、これらを全部織り込んで8日連続安したのかもしれない。ともかく8日連続安というのはリーマンショック時の2009年以降12年ぶりの異常事態であった。もし、相場が3万700円(本稿が「治に居て乱を忘れず」と呼びかけた前日)を大天井として遂に終了したのかという見通しももちろん一部にはある。したがって、売り方が相当に下値を指向しているだろうことは想像がつく。
しかし、どんな下降趨勢の相場でも中間反騰は必ずある、これを銘記しよう。

リーマンショックの時も壮烈な中間反騰があったし、歴史に残る1929年10
月の世界恐慌が引き金となった大暴落も前値戻りに近い中間反騰があった後で株価は10分の1にまで下がったのだ。2万7,000円を買うプット(売る権利)、あるいは2万6,000円プットが大幅に増えたという。売り方が大活躍したところが6日連続安・7日連続安・8日連続安のところであった。買い方が必ずしも最後まで成功しないで、どこかで引っかかるのと同じで(どこかで高値をつかむのと同じで)、売り方も必ずどこかで安直を叩く。その後に猛烈な中間反騰が起こる。このことは意識し、筆者が「治に居て乱を忘れず」と呼びかけた時に換金し損なった読者は決して慌てない方がいい。世の中が岸田ショック、岸田ショックと言われれば言われるほど、あるいは売り方が2万7,000円割れを指向すればするほど、中間反騰は大きい。
松井証券によれば、「個人は悲観的で2万5,000円前後のプット(売る権利)を買う人が増えた」と言っている(日本経済新聞10月7日版)。この辺がセリング・クライマックスというものなのかもわからない。とにかく、8日連続安は12年ぶりだ。「岸田売り」のムードである。岸田氏が自民党総裁選で総裁に決まった9月29日以降、日経平均の下げは 2,000円を超えた。岸田政権の金融所得増税案は海外勢の売り材料にはなっていない。非居住者である海外投資家にとっては居住者への増税は関係ないからだ。

小泉政権は歴代で経済の構造改革に最も積極的だった政権だった。構造改革重視の姿勢を海外投資家は評価した。岸田政権は小泉政権以来続いてきた新自由主義からの転換を掲げて構造改革しようとしている。岸田政権の経済政策を市場がどう評価するか、中勢的にはこれが大きく影響するであろう。

【今週号の目次】
第1部 当面の市況

はじめに
(1)12年ぶりの8日連続安で反発に転じたが……
(2)海外勢、昨年春の大底近辺以来の売り越し
(3)「岸田ショック」は中国恒大(中国経済の実勢悪の予兆)と米FRBとの二者と手を携えてやってきた
(4)岸田内閣支持率 59% 、「岸田ショック」の中身
(5)岸田内閣の人事について――岸田文雄氏という人は、インテリで海外にも評判良く、スマートで知的な匂いがあるが、実は総裁・総理大臣の専権事項をフルに使い、要所々々にクサビを打ち込み、閣僚人事を実に緻密に考えて意のままに布石した、けもの道にも精通した男
(6)「岸田ショック」の正体
(7)10月4日に発足した新内閣の布陣を株式市場ではどう受け止めるか?
(8)岸田内閣発足
(9)「治に居て乱を忘れず」「好事魔多し」
(10)ここでの弱気は誰でも言える
(11)どんな下げ相場でも必ず中間反騰はある
第2部 中長期の課題
(1)成長は悪か?
(2)岸田内閣による「新自由主義」からの転換と「新資本主義」の 始まり
(3)日銀短観はまず良好
(4)上海株は6年ぶりの高値、香港株はITの規制で不振
(5)国内景気足踏み感
(6)今回の選挙でも立憲民主党は政権に近づくことはできない
(7)住宅購入のレバレッジを考えれば国債残高のGDP比率なんて可愛いものだ
(8)「大恐慌の勝者たち」
(9)目的の単一性、一行動一目的
第3部 読者との交信欄


【プロフィール】
山崎和邦(やまざき・かずくに)
1937年シンガポール生まれ。慶應義塾大学経済学部卒。野村證券入社後、1974年に同社支店長。退社後、三井ホーム九州支店長に、1990年、常務取締役・兼・三井ホームエンジニアリング社長。2001年、同社を退社し、産業能率大学講師、2004年武蔵野学院大学教授。現在同大学大学院教授、同大学名誉教授。大学院教授は世を忍ぶ仮の姿。実態は現職の投資家。投資歴57年、前半は野村証券で投資家の資金を運用、後半は自己資金で金融資産を構築、晩年は現役投資家で且つ「研究者」として大学院で実用経済学を講義。
趣味は狩猟(長野県下伊那郡で1シーズンに鹿、猪を3~5頭)、ゴルフ(オフィシャルHDCP12)、居合(古流4段、全日本剣道連盟3段)。一番の趣味は何と言っても金融市場で金融資産を増やすこと。
著書『投機学入門』『投資詐欺』(講談社)など多数。
ツイッター https://twitter.com/toukinoryugi

【著書】
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