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あともうちょっとだけ待ってくれ

真剣な顔をして

俺の前に座る、野上優二は

俺の元教え子である。


「…で??
まさか、お前は
そんな厭味な相談の為に
俺の所に来たのか??」

「いや、正直
秋田先生じゃない方が
良かったんですけど。

まぁ俺、部活教えに来てるし

丁度悩んでる時に
先生が側にいたんで。」


…こいつ、本当に

真面目に悩んでるのか??


「良いこと教えてやろうか。」

「え、なんすか??」


「そーゆうの、
悩んでるって言わねえんだぞ。」


俺の言葉に野上は
少しだけ驚いたらしい。


「いや、俺、本当に真面目に
考えてるんですよ。」

「大体、学生だろ、お前。

なんで結婚について
悩む必要があるんだよ。」


いや、分かってんだけどな、本当は。


野上が本気で横溝が好きで

横溝が就職するから

応援したいけど不安なの、


痛いほど

分かるけど。


「大体、横溝って
そんなこと考える
キャラじゃねーだろ。

あいつは悪い意味で
夢見がちだからな。」


こいつらが三年の頃。

職員室に横溝が一人で来て
「ギャラスタにデビューの
チャンスを与えてください!!」
とかなんとか言って

全バンの申込用紙を
福島に見せてるのを見た時は

申し訳ないが
心のどこかで、笑ってしまった。


「野上だったら
プロになれるかもよ!!」

と、野上の部活終わりに
言ってる姿を見た時は

「そんな甘くねーよ」と、
言ってやりそうになった。


そうゆう女だったから

男子生徒は横溝が好きだし
女子生徒も、憧れる。


なんか眩しいんだよな、
そーゆう奴って。


夢を夢のまま信じられる奴は

みんな、どこかで憧れるし


どこかでバカにしてる。


「だから先生に
相談してみたんじゃないですか。

あいつに結婚なんて言ったら
『学生でも良いよ』とか
『早く籍入れよう』とか
言い兼ねないじゃないっすか。」


そうため息をつく野上を見て

なんだ、意外と冷静じゃんか、と

それはそれで寂しくなった。


生徒が大人になるのは

嬉しい半面、寂しくもある。


なんだかこいつまで
こんなになるのか、とか

少し、悲しかった。


「お前もそうゆうキャラ
だったじゃねーか。」

「俺は大学、第一落ちたり
サッカー選抜落ちた時に

夢で終わる夢もあるな、とか
感傷に浸ったりしたんで。」

「まぁ、横溝だって
お前のことが好きなんだから
大事にしてやれよ。

結婚なんてな、
紙一枚出して終わりだ。」


まぁ、それができなくて
ここまで来た俺が
言えることじゃないけど。


「横溝とだって
いつか何かあって
離れ離れになることも
無きにしもあらずだしな。

それにな、野上。


お前が思ってるよりも現実は

困難かつ、たやすい。」


はぁ、と

納得いかない様子で
野上はとりあえず頷く。


「焦るな。でも、

そうやって、悩んどけ。」


それしか言えない俺は未婚の40過ぎなのだ。

◇◆

俺が校庭の隅でタバコを吸ってると
富士峰先生に見つかってしまった。


「秋田先生、
またタバコ吸ってる。」

「吸ってないっすよ。」

「肺ガンになりますよ。」


呆れる様に言われてしまい
何も言い返せない。


同い年なんだけどなー。

…まぁ、この歳になって
そんなことあまり関係ないか。


「野上くん、どうでした??」

「いやぁ…、なんつーか…。
ノロケられました。」


富士峰先生は笑って

俺のタバコを奪い取る。


「野上くんは真面目ですからねぇ。」

「気が早いだけでしょ。」

「私も結婚したのは20歳でしたよ。」


ニコニコしながらそう言って

はぁ、と俺を見る。


「先生に相談しないで
私の所に来れば良かったのに。」

「ほんとですよ。」

「先生はどうせ、

ハッキリしなくて
フラれたんでしょう??」


何も言わない俺に
また、笑いかける。


「タバコは程々に。」


そう言って、
去っていく富士峰先生の白衣を見て

変に蘇ってしまった。


「あともうちょっとだけ待ってくれ。」


あの日の俺は多分

そう言うことしかできなかった。


「これ以上はもう、

待ってられないし
ついていけないよ。」


恋愛なんて、俺からすれば

気持ちとスピードが命だ。


サッカーのシュートに似てる。


そりゃ、打つのは簡単だけど

打つ勇気がない。


やれタイミングだ、
やれコンディションだ、と

気にしてるうちに時間は過ぎる。


難しいのは打つことじゃない。


打とうとすることなのだ。


「…俺なんかに聞いて
どうすんだかなぁ。」


そんなの、俺が思うのは

まだ早い以外の

何物でもないだろう。


そして、まだが今になっても

まだって言い続けて


ほら、こんな歳まで独り身だ。


別に独身を気にしてるとか

そうゆうことじゃないんだ。


でもな。


俺が今、独りなのには

少なからず

理由があるってこと。


「知一のことは好き、でも

でも私、もう待てないよ。」


引きずってる訳じゃない。

あの後も何度か恋くらいした。


だけど、やっぱり、

俺は本当はあそこで
決めるべきだったのかな、なんて


たまに思うのは

事実だったりするんだ。



あともうちょっとだけ
待ってくれ






**

「あの、秋田先生。」

「なんだよ??」


「それでも多分、俺

美波と結婚すると思う。」


帰り際にそう笑った野上は

相変わらず、こりもせず


良い意味で夢見がちだった。






2011.06.21


【hakusei】サマ
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「あともうちょっとだけ待ってくれ」

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