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心の塵は夜のように黒い

意識を失うように眠りについた波音はのんちゃんを見て
俺は我に返った。

そこから一気に血の気は引いて、
慌てて彼女の首筋で脈と寝息を確認し、
眠っていることに、安堵する。

俺が昨日、ほぼ無意識のように脱がせた彼女の肌着を拾って隠すように洗濯機に落とし、彼女が自ら脱いだ俺のシャツを首に通すが、彼女は起きなかった。

体を起こし、腕を通しても、彼女は起きなかった。
力の入らない身体が俺に吸い付くように倒れ込んできて
そんなことにも、欲情する自分が汚くて嫌いだ。

ブランケットを彼女にかけ、財布を持ち、部屋を出る。
静かに鍵をかけ、歩き出すと、夏の夜の空気は湿っていた。
空は月がなくて、もしかして今日は新月なのか、
それとも、俺が見つけられないだけなのか、
そんなことは心底どうでもいい。

国道沿いの、この辺りで一番大きなコンビニに入る。
俺が店に入った音で、店員がレジに立った。

…男だよな、そりゃそうだ。

なんとなくバツが悪かったが、化粧品や歯ブラシが置かれた棚に向かい、
女性用ショーツと、歯ブラシと、スポーツドリンクを買う。
案の定、店員はレジを通す時に少しだけ俺を見たが、静かに袋に入れた。

「…あと、15番。」

そのタバコを買うのは
五年ぶりだった。

店員は年確することもなく、それもレジを通すと合わせて袋に入れる。
棚の後ろに並んだライターと携帯灰皿とガムも取り、レジに置くと、合計金額を告げられる。

携帯を見ると午前二時。

俺は自宅の裏にある、小さな公園のブランコに座り
タバコを咥え、火をつける。


消えてなくなりたい。


今夜の淫らな姿の彼女を思い出して
俺は煙を深く吸い込む。

消えてくれ、こんな汚い感情。
消えてくれ、こんな下世話な思い。
消えてくれ。

彼女の吸い付く様な肌も、甘い喘ぎ声も、潤んだ瞳や唇も、
思い出したくないのに思い出してしまう自分が、


ほんとうに、きらいだ。


大切にしているつもりだった。
段階を踏み、ゆっくりと丁寧に、傷つける事なく、
彼女にとってトラウマにならない様な経験をさせてあげたかった。

初めて体を重ねる経験が悪質なものになっている女性は多いって、調べて知った。
そんな思いをさせたくなくて、できる限り良いものにしたくて。

なんだったんだ、俺の理性。

彼女の裸を目の前にした時の自分は
愚かだった。

彼女の声が甘くなるポイントを呆れるほど突き、
彼女の目が潤む姿を求め、体に吸い付いた。

彼女の身体が反るたびに昂った。

自分は彼女を悦ばせている、と浸って
彼女が限界を迎えた時、

ようやく俺は俺を失っていたことに気付いた。


そのくせ、彼女のあの姿を思い出す自分が

本当に嫌だ。


ガムを噛みながら部屋に入ると
彼女はまだ眠っていた。

寝返りを打ったのか。
乱れたブランケットから見えた彼女の白い柔肌に
自分が耐えられそうになくて、買ってきたショーツを履かせた。

深くなる寝息に、また、安心する。

…こうも起きないのも、異常じゃないか?と、少し思ったが
寝苦しそうにされるより、自分が救われた。

買ったタバコは彼女が嫌がる気がして
レンジの裏に隠した。

シャワーを浴びても、こびりついたように離れない、彼女の姿。


もう、今日は眠れないだろうな。


シャワーからあがると、冷蔵庫に入れておいた夕飯を解凍した。


おれのこの、

心に散らばる黒い感情を
夜は優しく、隠してくれる気がして。


もうこのまま

朝にならなければ良いのにと思った。



心の塵は夜のように黒い



**


目覚めた君が笑顔で
「せかいでいちばんすき」だと言ってくれた時、
心底、愛しさと申し訳なさを感じた。

こんな汚い俺でごめん。

俺はいつになったら
君に相応しく、なれるんだろう。



2023.08.13


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