旅立ち
今日はお別れの日。
最後だから、と彼が僕の元にやってきた。
彼の身体は出逢った頃と全然違う。
一体いつのまに大きくなったのだろう。
僕らは2人で並んでただ、通り過ぎていく景色を見ていた。
波のような泡のような、見えない空気に身を委ねる。
明日から、彼はいなくなるのだ。
「ねえ、ここを離れるのってどんな気持ち?」
僕は隣の彼に聞いてみる。
「別に何とも。いつかはこの日が来ることは、もうずっと覚悟していたし」
彼は、ぷらぷらと足を振ってみせた。
「今はそれよりも、早くこの足で新しい土を歩いてみたい」
ああ、前に進んでいる側は、そんな気持ちなのだな。
僕は、空から降る昼間の光を受けて出来た、自分のちっぽけな影をみつめる。
僕はずっとこの場所のまま。
新しい場所にはいけないから。
「お前も、外の世界に出たいのか?」
彼が僕を覗き込んで聞く。
ううん、と僕は首を振った。
「無理だよ。僕には君みたいに、先へ踏み出せる足が無いもの」
それを聞いて彼は再び足をぷらぷらとしてみせた。
「そうだな。お前には無理だな」
分かってはいたけれど、その言葉で僕は益々落ち込んだ。
「でも」
彼は僕のツルツルとした手を撫でながら言う。
「良いじゃん、別に」
何にも問題ないじゃん、と彼は片方の口角をあげて微笑んだ。
分かってるよ。
僕はもう一度自分の影をみた。
分かってるよ。
そうして、オタマジャクシはカエルになって新しい住処へと旅立った。
残った水草はまた今日も、きらきらと光を受けながら酸素を吐くのであった。
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『今日は何の日』ショートショート:
今日が何の日かを自由に自分で決めてお話を書いています。今日は3月12日。お別れの日です。娘の保育園は、お別れ遠足。それでこのお話を描きました。
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