永川浩二、登場す。 第1話
瀬戸内海にほど近い穏やかな自然に囲まれ、閑静な住宅街とそこに暮らす人々の生活を賄うには必要十分な商業施設しかない街、広島県山内市。この街にある、よくも悪くも大変伝統的な私立高校である福地高校の正門前。ここから、物語ははじまる。
「浩二ぃ、いい加減帰ろうぜ?もう日ぃ越えちまうぞ」
福地高校2年佐々岡慶は、不安そうな視線をもう一人の少年の方へ向けた。
「まぁまぁ、どうせ明日の1限はブーちゃんの世界史だ。そこで寝ればいいよ」
佐々岡の不安を不真面目発言で一蹴しつつスマホをいじり続けているのは、佐々岡の友人永川浩二。まるでこの“張り込み"がはじめから長丁場になると知っていたかのようで、右手にスマホ、左手にUCCの無糖コーヒーを持ち、時々口に傾けている。
「浩二、お前が中崎先生のこと“ブーちゃん"呼びしてからかってるの、結構職員に知られてるらしいから今期の評定気をつけた方がいいぞ」
「うへぇまじか。唯一評定ましな授業だったのに…。てゆーか、慶、智仁からの連絡来た?」
「いいや、俺のLINEにまだ」
「そーだよな、俺にも来てない」
二人はその会話を皮切りに、今日の昼間に来た、彼らの友人江夏智仁からのおかしなLINEの中身について話し合った。
「今日の夜24時に福地高の正門前に来てくれ。話がある」
その内容のLINEが、普段は下ネタか坂道アイドルの話しかしない男子高校生3人のグループLINEに投稿された。
昼間は二人でその話が何なのか、彼女ができたからもうお前らとはつるまない宣言なのか、それともこっそり欅坂46の握手会のチケットが当たってそれを分けてくれる話なのか、浩二と慶は様々候補を出し合った。だがこれといってピンとくるものも思いつかぬまま、この場を迎えていた。
「そろそろ、24時だな」
浩二が手元の時計に目をやったちょうどその時、校舎の一室が轟々と灯りをともした。まるでよく晴れた日の夕暮れのような、真っ赤な灯りだ。
「え、なになに!?」
「あの部屋は…美術室だな、行くぞ、慶!」
浩二はそう呟くと、閉じられた正門を勢いよく乗り越え、校舎に向かって一目散に走り出した。
「ま、待てよ浩二!」
慶はその後方20メートル遅れて追いかける。校舎3階の一室は、まだ真っ赤な灯りを灯し続けていた。
(第2話につづく)
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