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モリダイ生協のミハラさん 第3話

(ご無沙汰しておりました。第2話はこちらから)

3.増えていく宿題

「ミハラさん、顔色悪いですよ」
出勤早々、新サポカウンターでアルバイトをしているモリダイ人文学部4年の福谷いくえ、通称いくちゃんにそう声をかけられた。
「ええ、そ、そうかなぁ」
今日はいよいよ仮予約が降ろされると思われる職員MTGの日だ。緊張が顔に出てしまったのだろうか。学生に察せられるとは情けない。
「ミハラさんたしか夏に弱いんでしたっけ?最近暑いからバテてきてるのかもしれないですねー」
いくちゃんはそう笑いながらカウンターの朝の掃除をしている。よく笑う陽気な女の子。まどかが一見おとなしそうなのに対して、いくちゃんは見るからにあっけらかんとした、明るい性格を思わせる雰囲気を出している。芸能人で言うと誰だろうな、上野樹里みたいな、天真爛漫とした感じ。
わたしと竹内さんがよくお話をする「事務所」はモリダイ生協購買部のバックヤードにあるが、その間新サポの店舗、このカウンターはアルバイトの学生たちが切り盛りしてくれている。当然学生バイトなので、講義の関係で穴が開く。そこには職員が入る。でも、いくちゃんは文系の4年生で、就活もさっさと終えているので、平日ほぼ毎日終日のシフトをお願いしている。
「ねえいくちゃん、今日は職員MTGが朝イチであるんだ。10時から…予定だと12時までだけど、少し延びるかも。お店お願いね。何かあれば、バックにいるから呼んで」
「わかりましたー。今日って、仮予約のお話されるんですよね?」
「え、いくちゃんなんで知ってるの」
「まどかから聞きましたよー。こないだ岩貞くんに反対されてミハラさん辛そうだったって。まどか心配してましたよ」
あああ、また私は学生に心配されている。まどかには、こないだのMTG前に仮予約のことを事前に共有されて、あの醜態を見られている。まどかの性格なら、職員である私の不甲斐なさを責めるよりも、自分が何もできなかったことをきっと悔しく感じているはずだ。
4年生のいくちゃんは、3年生だった去年までは新サポの運営をおこなう学生組織「FLAGS(フラッグス)」の主力メンバーで、後輩女子学生からはお姉さんとして慕われていた。最終学年の今年は一線からは退いて後輩に活動を任せているが、活動から距離をおいた分、却って後輩にとっては相談しやすい存在になっているのだろう。ありがたいが、こうして当事者であるわたしに直接ぶつけてくるあたりは、なかなか豪胆だ。ちょっと傷つく。
「あ、ミハラさんのことは全然悪く言ってなかったので、そんな顔しないでくださいよー!」
私の表情が曇ったことは敏いいくちゃんにはすぐに見透かされる。

1時限目がはじまり、新サポカウンターがある購買店の中から学生が忙しそうに講義棟の方向に走り出ていく。定時の9時30分が近づくにつれ、竹内さん、不動産の山川さん、森原副センター長、そして最後に松岡センター長が出勤してきた。
それぞれが朝の時間でメールの未読を潰し、急を要する電話をかけ、あっという間に生産性の高い時間は過ぎていく。
10時ちょうどに、職員MTGはじまった。

◆◇◆◇◆

新サポの職員MTGは、購買のバックルームの中に仕切られたミーティングスペースで行なわれる。司会は松岡センター長。議事録係は2年目で一番下っ端のわたしか、ミールクーポン担当で、食堂職員ながら職員MTGに顔を出す、私の1つ先輩の美馬愛未さんの仕事になっている。小動物を想起させる小柄な150センチ、天然な言動は長所であり短所でもある通称「みまま」さん。今日は仮予約が議題なので、彼女がパソコンで議事録を録っている。
「じゃあ次の新学期の住まい仮予約の話をしようか。山川さん、今の進捗教えてもらってもいいですか?」
各商品チームの報告事項が終わり、早速松岡センター長が不動産部で学生スタッフの取りまとめを行なう「リビングチーム」の担当山川さんに話を振った。
「初年度なので、まずはうちの管理物件に話を振ってます。全部で500件。ただ、仮予約は100%成約するわけじゃないんで渋っている大家も多く、500件の内どのくらいが乗ってくれるかはまだわかんないっすね」
「500件だと、ピークのこと考えると全然足りないですよね。今年はAO期限定の取り組みになっちゃいませんか?」
「はい。このままですと。ただ、大家にとって魅力がないです。ただ仮予約を解禁するだけだと。元々空室率10%以下の物件なんかは、ただただリスクを取るだけになっちゃいますし」
「そうか…なにか大家にとっての『旨味』がないとか」
松岡センター長と山川さんの会話が進んでいく。新サポは若手職員中心の店舗だが、山川さんは不動産歴の長い40代のベテラン職員だ。年齢差から学生とのやり取りには苦戦する場面も見かけるが、柔和な人柄も手伝ってか対取引先との関係性は抜群で、それはわたしのような社会人になりたての職員には出せない「味」だ。
「新入生にとっては、受験時からお部屋さがしができるのは機会が増えてメリットですよね。ただ、そのためには協力してくれる大家さんや提携先の不動産会社を動かすための魅力が必要、といった感じでしょうか…」
森原副センター長が、話を整理してくれた。先ほどいくちゃんを「お姉さん」と表現したが、ならば森原さんはまさに「お母さん」だ。どんなときも落ち着いて、どんなにこんがらがった状況でも冷静に整理してくれる。

会議に沈黙が訪れた。大学生協は「想い」からプロジェクトが発信することの多い組織風土だ。学生の思いつきや誰かの鶴の一声から何億円単位の取り組みが生まれることもある一方、今回のような取引先との条件交渉面の話になると、職員でも口が重たくなる。大学生協は「若さ」が魅力であり弱点の組織なのかもしれない。
「ミハラはさ、なにかないの?」
大学生協の組織の特性に想いを馳せていたら、突然わたしに話が飛んできた。竹内さんからだ。いつもキラーパスだなこの人。
「え、なにか、とは」
「住まいに魅力をプラスする…となれば、安易な発想かもしれないけど、住まいと一緒に購入される新生活用品関係かなって。新サポでお部屋を決めると用品10%OFFみたいな」
「か、簡単に言いますね…。まだ学生への落とし込みもやりきれてないのに」
竹内さんの思いつき発言で自分のタスクが増やされることはこれまでも多々あったが、先日のMTGで惨敗したわたしにとっては、今緊急性の高いタスクを抱えるのはきつい。それよりも学生と向き合う時間をつくりたいのに。
「いや、竹内さんの意見悪くないな。用品チームとリビングチームでなにかできないか、話をしてもらってもいいですか?」
ええ嘘ー。松岡センター長が乗ってしまった。何ということだ。こうなっては、結果はどうあれ動いて結果を次のMTGまで報告しないといけなくなった。
仮予約の今後のすすめ方は、一旦リビングチームと用品チームの合同課題として持ち帰りにされ、職員MTGは次の議題ですすんだ。竹内さん許すまじ。
予定を少し過ぎて12時15分に会議は終わり、わたしは山川さんとまずは職員同士で打ち合わせをする日取りを決めた。来週の月曜朝イチ。今週中に互いにアイディアをまとめてくるのが宿題。これは土日は家でうっかり仕事をしてしまうかもしれないな…。

◆◇◆◇◆

定時である18時を過ぎ、今日は学生とのMTGもないため帰り支度をはじめたわたしのところに、みまま…美馬さんがやってきて声をかけた。
「ミハラ、今日行けるよね?」
「え、今日なんかありましたっけ…?」
「やだ、今日は女性部の新歓じゃーん!ミハラはうっかりさんだねえ」
いや、覚えてはいたんですよ。今年の新入協職員の子の新歓。私も去年やってもらったから、忘れるはずはないんですよ。でも…
「わざわざ呼びに来てよかった!今から一緒に行こうよ。ミハラ車持ってないもんね、私が乗せてってあげるから!」
そう言って美馬さんは私の腕を掴み、そのまま恋人同士の腕組みみたいな格好になってわたしを連れ出した。そう。美馬さんに悪気はこれっぽっちもない。100%の善意でおせっかいをかけ、周りに愛嬌を振りまくんだ。でも、それがなんだか周りからの見返りの愛情を求めているみたいに見えてわたしはあまりこの人のことが好きになれないでいる。ちょっとは人の話を聞きなよ、生協アイドルみまま。
まだ本格的な夏の到来は先のS市の初夏の夕暮れは涼しくて心地よい。なのにわたしの気分は優れない。さっぱりだ。
みままに連れられ職員の駐車場に向かう途中、工学部キャンパスのある若葉山に沈む夕陽を見ながらわたしは、タイムカードを押さずに退勤してしまったことを思い出していた。

(第4話につづく)

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