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俳句鑑賞ログ③

それぞれに森を離れてきて聖樹/矢野玲奈

某倉庫型家具店で毎年売り出されるクリスマスツリーの生木を一度だけ買ったことがある。ネットでぐるぐるにされ大量に積まれて選ばれて、東洋のすみっこの家々でささやかな聖樹となる。モミの芳香が強くて、遠い静かな森から脈々と続く命を感じた。


鼻をかむ音も異国よ雪が降る/黒岩徳将

街並みが違うだとか、行き交う人たちの姿が違うだとか、食べ物が違うだとか、そうしたことよりもむしろ鼻をかむ音で気づく”異国”の生々しさ。それは多分命が立てる音だから。少し驚いた心も、少しずつ深くなる雪がやわらげてくれる。ゲズントハイト!


十二月の運を立ち読む待ち合はせ/西山ゆりこ

十二月の慌ただしさと、待ち合わせのすきま時間と、新年にかけての運勢と、生活が弾むように過ぎていくのを感じる一句。ちょっとの隙間に読む占いほど的を得ていてドキッとしたりする。星占いがほぼ必ず載っているのって女性誌だけなのかな。


死魚の眼の刳れてあんしん雪曇/楠本奇蹄

あんしん、とは。視線が不気味だから?魚がもう苦しまないから?目が調理の邪魔にならないから?視線から逃れてホッとする気持ちはわかるが「刳れて」は怖い。雪曇の薄暗い灰色の中にあるあんしんとは何の安心だろう。不穏さが良い。


絨毯で眠る前世は神なので/嶋村らぴ

絨毯って別に寝心地がいいわけじゃないしお布団やソファの方が気持ちいいし、わかってるんだけどもう動くのすらめんどくさい。大丈夫ご心配には及ばないです、私元神ですから、と眠気は全てに勝つ。自由でのびのびしてて可笑しくて可愛い。


偶然のたましいならぶクリスマス/田島健一

イルミネーションの灯り一つ一つが、特に何の因果もなく偶然隣り合っているのと同じように、あそこにいるカップルも、あの家族も、わたしたちも、ここにいるありとあらゆる魂が隣り合っていることは、きっと偶然なのだろう。メリークリスマス!


泣きすぎた茹ですぎたなあブロッコリ/つまりの

あぁ、自分もブロッコリーもくたくたなのだ。でもなんだか心地いい疲れなのだ。ブレンダーでガーってやって水とミルクとクリームで伸ばしてコンソメ足してポタージュにしよう。塩は少しでいい。まったりした口語体と季語が好き。


ふゆのかげかげにかげはうつらない/しろう

冬の影ってふしぎで、びょーんと伸びて全部からはみ出しそう。でも全部の影が長いからすっぽり囚われてやっぱり隠れちゃう。冬はすぐに日が隠れ世界が陰る。冬の影は影の中でも陰の中でも、案外まったりと休憩しているかもしれない。


セーターの袖から我のほどけさう/ばんかおり

空は重くて世界は薄暗くそうでなくとも寒くて頭がぼんやりしてしまう冬。セーターはゆったりと温かく体と一体化するように重い。ほころびそうな袖を見ていたら、そこからゆったりと自分も解けていくような。冬の倦怠感と一緒に。


人住まぬ住所あふるる都市へ雪/内野義悠

休日、オフィス街は空っぽになる。平日は人が満ちているビルも休日出勤の灯が微かに見えるくらい。そのほぼ誰もいない町にちらほらと雪が降る。どこかの未来に本当に誰も居なくなっても降る。その光景は寂しくもあり、懐かしくもある。 

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