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泉御櫛怪奇譚 第二十五話


第二十五話『満開の桜 御櫛の宴』
原案:解通易堂
著:紫煙

――『他人は時の花』という諺がございます。桜の様に一時の間しか咲かない花の様な、顔見知り程度の他人を無暗に信用してはならない。と言う意味を含みますが、極端に隣人との会話が減ってしまった昨今、更に強くこの言葉を思い浮かべる人も多いでしょう。
しかし、この世界にはごく稀に、初対面から他人に気遣いが出来る御仁がおられます。それは貴方かも知れませんし、貴方の隣にいる誰かかも知れません。しかし、一時の花が長く続く場所が存在したならば、隣の他人も頼りになると言えませんか。ふふ……少し曲解が過ぎますかね。
今回は、そんな『他人』の物語……いえ、他人が『友人』程度に変化していく物語です――


 春雷も通り過ぎ、桜の並木道が若緑に色づく頃。和寿は今日も配達を終えて、職場のヤマネコ運輸で大きな溜息を吐いていた。
(畜生、この季節はとにかく通販の荷物が多くて疲れる……)
 更衣室のロッカーでうんと背伸びをすると、夜勤の準備をしている連中がビクッと肩を震わせて和寿を警戒している。彼は大柄で筋肉質な体系と、とても堅気には見えない容姿から、職場の大半の人間から距離を置かれているのだ。
「あ、大和さん。おつぁーっす」
 更衣室に入って来た三池だけが、唯一和寿に気さくに声をかける。三池は自身の研修期間中、和寿の『奇妙な縁』に巻き込まれ、彼の義理人情に厚い一面を知る数少ない後輩だ。
 和寿は軽いゲンコツと共に「お疲れ様です。だろ」と三池に返すと、自身の顔を隠す様にヘルメットを装着してから職場を後にした。
 大型のバイクに乗って、葉桜を眺めながら帰路へ着く。心地良い風に煽られながら、取り留めのない事を考える。
(ここ最近、桜よりも配達の忙しさで四季を感じる様になっちまったなぁ……今日の晩飯……泉の旦那の所にゃあ、昨日惣菜を作り置きしたから……)
「おぁ、鬼火だ……」
 赤信号でバイクを止めると、大通りの交差点を漂う、躰から朱色の炎を放ちながら彷徨う怪鳥を見付けた。思わず声に出して呟いてしまったが、ヘルメットと車やら遠くの電車やらの喧騒で、他人に聞かれる心配はない。
 和寿の『奇妙な縁』とは、この事である。不気味極まりない櫛の専門店『解通易堂』にて店主の泉と出会い、何故か気に入られてしまった和寿は、解通易堂へ配達や食事を作りに行くうちに 『妖怪』と言う存在を視認出来る体質になってしまい、こうして異形な物を見付けても、ちょっとやそっとじゃ驚かなくなってしまったのだ。
(いや、確か旦那が……広く知られている名は『鬼火』だが、鳥の成りをした灯は『ふらり火』だって言ってたな……ったく、俺が何か言う度に懇切丁寧に旦那が説明するもんだから、覚えちまったじゃねえか)
 ヘルメット越しに頭をかいて気を改めた和寿は、ふらり火を見なかったことにして、青に変わった信号に向かって再びバイクを走らせた。
 バイクが自宅のアパートに到着すると、まるで見計らったように和寿のボディバックの中に入っていたスマホが振動した。着信相手は、この老竹色のボディバックを気まぐれに贈って来た、件の『解通易堂の泉』である。
「チッ……どんなタイミングだよ」
(そもそも、なんで旦那は仕事用じゃなくて俺の私物のスマホに、通話アプリでもメールでもなく、いちいち電話番号にかけてくるんだよ。配達先とは極力関わりたくねえってのに……)
 面倒臭そうに通話ボタンを押して耳を傾けると、あの胡散臭そうな笑顔を貼り付けた様な、柔らかい声が耳元に届いた。
『こんばんは。和寿、お仕事……お疲れ様で、ございます』
「あぁ? 何の用だよ旦那。晩飯なら昨日、猫缶と一緒に届けただろうが」
 和寿はがなり声を利かせながら、肩でスマホを支えて鞄からアパートの鍵を探す。
『ふふ、私への用向きは……ミスタの食事の 、ついで……ですか?』
「俺からしたら似たようなもんだ。で、メシじゃなかったら、用件はなんだ」
『和寿、明日から二日間……休暇をお取りに、なられてい ます……よね?』
 泉の言葉に、和寿の動きがピタリと止まる。用心深く辺りを見渡しながら、苦虫を噛み潰した顔をしながら返事を返す。
「……なんで旦那が、俺のシフトを把握してんだ?」
『丁度、明日……出掛けたい場所が、あるのです』
 和寿の質問には答えずに、泉は心なしか楽しそうに声を弾ませて、会話と言う名の一方的な提案を持ち掛けてきた。
『お昼頃に、出発致しますので……そう、ですね……好みのお酒でも用意して、解通易堂前に……いらしてください』
「いや、旦那ァ。俺はバイクだから酒は飲まね……」
『和寿。お待ちして、おりますね』
 和寿が断る暇もなく、通話は一方的に切れてしまった。この解通易堂の番号の奇怪な所は、直ぐに和寿がリダイアルしても[この電話番号は、現在、使われておりません]と音声ガイダンスが流れてしまうのだ。
「……えぇ……?」
 溜息と共に最後の言葉を溢すと、ようやく見つけた家の鍵を握り締めて眉間の皺をより深くした。
(ったく、旦那はいつも俺の話を最後まで聞かねぇ‼ 放っておきゃぁ近寄ってきて、てめぇの都合もお構いなしに勝手に決めやがる)
 建付けの悪いアパートの扉を無理矢理開ける。埃と室内干ししている洗濯物の香りが鼻をついて、今の会話が悪夢でない事をより実感した和寿は、使い古された冷蔵庫を意味もなく開けながら独り言を溢した。
「そう言やぁ、仕事で酒を飲む機会が無くなってどれくらいだ? 俺も、久しく飲んでないな ……」


 翌朝、普段の休日よりも早めに起床した和寿は、バイクを走らせて頼まれた酒やらツマミやらの買い出しを済ませ、指定された曖昧な時間に合わせて解通易堂へ向かうと、出入口前で朧車と談笑している泉の姿が見えた。
 本来は鬼の顔をした牛車の様な異形の存在に驚くべきなのだろうが、中折れ帽にパーカー。その上に桜色の羽織と高麗納戸の着物を着ている泉の姿から目が離せない。
(くそっ! 文字通りの伊達男じゃねえか。でも何でパーカーなんだ? 帯も洒落たベルトで和洋がごちゃ混ぜだ。それに、なんで眼鏡をしてねえんだ? 情報が多くてどうリアクションして良いか分からねえ)
 しかし、喉まで出かけた声を寸での所で飲み込んだ和寿は、平静を装う為に咳で誤魔化した。
(いけねぇ。休日の、しかも仕事と関係ない用事とは言え、相手は配達先の御贔屓様だ。これは行楽でも観光でもねぇ。接待……そう、接待だ!)
 メットインから荷物を取り出して、重たい足取りで解通易堂の方へ向かう。和寿に目を向けた泉は、袖から懐中時計を取り出して満足そうに声をかけてきた。
「12時、ぴったりに到着とは……ふふ。和寿は、相変わらず……時間に厳粛、ですね」
「ヤマネコ運輸の『昼頃』は『12時まで』って暗黙の了解があんだよ。もっと早く来てほしけりゃ曖昧な時間指定はしないでくれ……ほらよ」
 和寿は押し付ける様にビニール袋を泉に寄越す。泉は彼の荷物を素直に受け取ると、期待した眼差しでちらりと中身を確認した。
「ふむ……頼まれなくても、お酒の他に……なにか一品用意してくるとは、流石……和寿ですね。それでは、参りましょうか……」
 泉は満足そうに微笑むと、優雅な所作で和寿を朧車の簾を上げて案内した。泉とは逆に、しかめっ面のまま朧車の中に入った和寿は、中に用意された座布団に腰を下ろした。
(めかし込んでんだかふざけているのか分かんねぇ旦那に、さもタクシーですと言わんばかりに待機している朧車……そう言えば、こん中は妖怪の体内なのか? それとも牛車よろしく輿の中なのか? ダメだ……気になり始めたらキリがねぇ……)
 だんまりを決め込んだ和寿と、対面に座って面白そうに眺めた泉を乗せた朧車は、ごろんなのかどろんなのか、不気味な音を立てて目的地へと向かい始めた。


 酷い揺れと戦いながら、二人を乗せた朧車が辿り着いたのは、 山脈がいくつも連なった僻地だった。
「さぁ、和寿……その青ざめたお顔を、どうにかなさい」
 軽やかに朧車から降りた泉を追い、ズドンと着地した和寿は、吐き気を消そうとゆっくりと深呼吸した。
(地方のおんぼろ電車じゃあるめぇし、あんなに容赦無く揺れる乗り物があってたまるか! 飛んでんだか走ってんだか、はたまた潜ってんだか訳が分からねえ!!)
「おい、旦那ァ……帰りもコレで移動するってんなら、俺ぁ……っ!?」
 文句の一つ二つでは足りない権幕で顔を上げた和寿は、空一面に咲き誇る山桜の群生地を見て、文字通り言葉を失った。都心部の御苑や恩賜公園な ど『桜』と検索すれば名所と謳われる観光地は数あれど、葉桜の季節になってもまだ満開に咲き誇る場所なんて無いと思っていたのだ。実際、本当に存在していたら、テレビニュース然り、数多のネット記事やSNSで話題になっていただろう。
 廃村の荒んだ風景をかき消す様に根を生やし、その地に住んでいた人がそのまま桜になったのではないかと疑ってしまう光景に和寿が唖然としていると、泉が舞い散る桜を掌で受け止めながら案内した。
「今は、なんと称して……いるのでしょうか。まぁ、いいでしょう……此処は秘境、妖樹桜の里です。巷では、そう……桜が咲き続けている場所で、有名な……観光地、なのですよ」
「お、おう……」
 桜に囲まれて微笑む泉の妖艶な姿に、和寿はゾッとしながらついて行く。
(どこの巷だよ! まさか、遂にあの世に来ちまったのか? 昨日見たふらり火の怨念で、うっかり事故ったとか……事故死は本人に自覚がねぇって旦那が……)
「大丈夫、ですよ……此処は、一夜山の伝説でも……有名な土地です。残念ながら、電波は届きませんが……今度、調べてみてください。ちゃぁんと、ホームページも……ございます」
「なんっ!? ……おぉう」
(あぶねぇ。うっかり、なんで俺の考えてることが分かったんだって聞いちまう所だった……いや、聞くのは別に構わねえんだろうが、なんて答えられても胡散臭くて気味が悪い!)
 和寿は、降り注ぐ桜の花びらを犬の様に身体から振るい落として、唯一現実味のあるスマホとボディバックを抱きしめた。
満開の桜の下では、さも当然の如く河童や化け狸等の妖怪。様々な神社や仏閣で、一度は聞いたことがある土地神の面々。一つ目や三本角の、和寿の語彙では表現できない異形な容姿の『何か』が、各々酒盛りに興じている。小さいものは小石程から、大きいものは桜の木よりも見上げる程まで、様々である。
 すれ違った鬼蜘蛛に目を奪われながら、和寿は開いた口が塞がらない。
(おお……俺よりでかくて柄の悪い輩が居るってぇのも、中々妙な感じだ。他人から見た俺って、きっとあんな風に見えるんだろうな)
 景色を見ていれば、移動などあっという間。二人は一番大きな桜の樹の下に空いているスペースを見つけると、泉がどこから取り出したのか分からないレジャー用の座椅子を使って、ようやく腰を下ろした。
「さあ、私達も始めましょう……酒盛りを」
「っ……そこは、花見って言ってくれ」
 反射的に出そうになった右手を左手で抑えながら、和寿は最低限気になった所だけ指摘した。
 小気味よい音でタブを開けて、どちらが音頭を取る訳でもなく乾杯する。普段は肩から胸元へ髪をまとめている泉が、持ち手の長いセット櫛を簪代わりにして後ろの方で器用にまとめ、躊躇いなく酒缶を煽る。その姿を眺めた和寿は、改めて情報量と違和感で眉間に皺を寄せた。
(お上品な盃でゆっくり飲むイメージだったんだが……っつーか、あのほっそい指で缶、開けられるんだな)
 和寿は少しぬるくなったビールを一気に飲むと、用意してきたビニール袋からきゅうりの漬物と割り箸を取り出した。
「やっぱ、ビールのつまみにゃコレが一番だな」
「ほう……和寿は揚げ物や、味の濃い嗜好品が……多いのだと、思っていました」
「ん? ああ、旦那に渡す惣菜がそんなんばかりだもんな。これだって、あっさりそうに見えてしっかり塩辛いぞ」
 感心する泉に漬物を入れ物ごと差し出すと、彼はついと指できゅうりを摘まんでペロッと食べた。
「本当ですね、確かに……これは、お酒に合いますね」
「お、おう……本当は、夏の屋台で買う一本漬けが好物なんだ…… 」
(コイツ、櫛を扱う時には細心の注意を払うクセに、他の所は無作法と言うか……雑だよな)
 割り箸ではなく、自前の箸を懐から出して、高級そうな日本食を口に運ぶ泉を想像していた事もあったが、解通易堂の開店前のだらしない寝間着姿や、閉店後に食事を摂ることも忘れて個室の櫛を眺めているマニアックな姿を見てしまった手前、スナック菓子を素手で食べる所までは容易に想像できる。
「ご相伴に、あずかりましたので……私も、お裾分けを……いたしましょう」
 二本目の酒缶に手を伸ばそうとした和寿をそっと片手で止めた泉は、袖の下から両手で抱えられる程の風呂敷を取り出した。
(いや、四次元ポケットかよ!? その袖の中にどうやったらその包みが入るってんだ! もう酔っている訳じゃねえよな、俺?)
 和寿が、すれ違う妖怪もギョッとする様なしかめっ面で頭をかいている横で、泉は風呂敷を広げて楽しそうに酒と肴を披露した。
「こちら、酒呑童子様……御用達の、地酒です……上等なお酒を選んで、いただきました。そして……一度、食べてみたかった……こちらの焼きそばを、ご用意致しました」
「いたしまた。って……旦那、それ熱湯が無いと作れねえじゃねぇか」
 地酒を出された時は心躍った和寿だったが、パッケージに『極激辛』と表示された即席麺を見た衝撃でつい本音が零れてしまった。
「パスだパス! 濃い味好きだとしても、そんな辛いモン食っちまったら、せっかくの良い酒とやらが不味くなっちまう!」
「そうですか……では、こちらも……封を開けない方が、よろしいでしょうか?」
 泉が次に取り出したのは『スコヴィル』と書かれた真っ赤なパッケージのスナック菓子だった。
(なんだよすこびるって! 旦那が辛い物好きなのは分かった。分かったから‼)
「……っく! なんかこう、普通のツマミはねぇのか? せめてキムチとか……」
「ああ……キムチでしたら、用意して……ございますよ」
 和寿の提案にポンと手を叩いた泉は、風呂敷の中から、更に液漏れ防止でビニールに包装されたキムチのパックを取り出した。
「おお‼ そうそう、そう言うので良いんだ。ビールは辛い物とも相性が良くてだな……」
 和寿がようやく肩の力を抜いて、取り分け用に買った筈の紙皿を探していると、泉はおもむろに袖から小さな小瓶を取り出して瓶の蓋を開けた。
 ふわりと香辛料の香りが漂い、嫌な予感がした和寿が慌てて振り向いた。残念ながら、和寿の予感は見事に的中し、目の前でキムチの上に七味唐辛子を一本全部振りかける泉の、それはもう楽しそうな笑顔が見えた。
(あーーーー‼ 唯一のまともなツマミがぁ‼)
 呆然とした和寿に、泉は当たり前の様に美しい所作で『普通のキムチだった物』を差し出した。
「さあ、どうぞ……こちらは、私も口にした事が……ありますので、美味しさは保証します」
「……」
(ああ、辛い物好きなんじゃねぇ……旦那はただの舌馬鹿だ。どうりで俺の作った味の濃い飯に文句ひとつ付けずに喰ってたわけだ)
「旦那……分かった。気持ちだけ貰っとく。だから先に飲もう。酒だけで俺は充分だ」
 和寿は紙皿の代わりにプラスチックのコップを取り出して、泉に酌を求めた。泉は不思議そうに目を瞬かせたが、直ぐにいつもの笑顔に戻って地酒の瓶に手を伸ばした。


 桜の里には、絶えることなく沢山の妖怪が行き交っている。ここまで獣も妖も居るのなら、中には自分と同じ人間もいるかも知れない。と、和寿が景色と共に行き交う観光客を眺めていると、以前配達した『ケセランパサラン』に似たフワフワの毛玉が群れを成して移動している様子が見えた。
「あれは……耳と尻尾があるから、スネコスリだな……?」
 いまいち確信が持てない独り言を溢す。ふと、以前配達先で出会った、おとぎ話に出て来そうな老婆を思い出して、感慨深く酒を飲む。
(そう言えば、毛玉と一緒にブラシを届けたばあさんも『見える』人間なんだよな……こうやって、配達先の客を思い出す様になったのも『見える』様になってからだな)
 美味い酒と、きゅうりが入っていたパックに残ったつけ汁を、箸の先で舐めながら肴にして、久々に花見を楽しむことが出来ている。おどろおどろしい妖怪のせいで泥酔までは行かないが、秋に観る常軌を逸したハロウィンのコスプレか何かだと思えば、幾分か平静を保つことが出来る。
 暫く眺めていると、毛玉の一つが和寿に気付いた様に、ポンと高く飛び跳ねた。
(お? もしかして、アイツがばあさん所の毛玉か? だとしたら、なんとまぁ律儀なもんだ)
 なんだか呼ばれた気がして、軽く片手を振って応える。気分よく酒を飲んでいると、
『こんにちは。泉様と、配達のお兄さん』
 視界と反対の方から艶やかな声がして、和寿と泉が呼ばれた方へ顔を向ける。すると、以前解通易堂から櫛を配達した雪女のひさめが立っていた。
「おや、ひさめ様……いつも解通易堂のご利用、誠にありがとうございます」
 泉は、顔色一つ変えずに立ち上がると、ひさめに向かって優雅に一礼した。ひさめはつられて立ち上がろうとする和寿を『気になさらないで』と止めると、泉にも座るように促した。
『ここは花を楽しむ場所……人も神も妖も関係なくってよ。私は、ちょっと知った顔を見かけたから、お裾分けしようと思って呼んだだけ』
 ひさめの白銀の髪には、和寿が配達で手渡した黄色い花の櫛が髪留めとして使われている。ヤマネコ運輸の女性社員が『コーム』と呼んでいた髪留めと似たような使われ方をされていることに感心する和寿の横で、泉は彼女から受け取った笹の葉の包みを早速解いていた。
「おや、桜餅……ですか」
『ええ、今年は一族揃ってお花見をしようと思ったのだけど、花冷えが早くて麓の桜は直ぐに散ってしまったの』
 ひさめは困った顔で微笑むと、桜の模様が散りばめられた薄手の羽衣をひらりとなびかせて『用事はこれだけ。御機嫌よう』と手を振って、色白の集団の中へ戻って行った。
「花冷えって……そういやぁ、開花宣言が流れて直ぐ。各観光地で雪が降ったってんで、配送業界が大騒ぎしていたな」
「ええ。雪桜も一興と、思っておりましたが……近年稀に見る、豪雪でしたね……」
(もしかして、雪女が原因。とか言うんじゃあるめぇな)
 和寿が背に悪寒を感じている横で、泉は美味しそうに桜餅を頬張った。
「和寿も、如何です? 甘味もまた、花見の醍醐味……ですよ」
「……いや、甘いもんは好きだが、酒にゃあ合わねぇ。俺は見るだけで良い」
 ふわりと香る桜餅を肴に、和寿は再び酒をひと舐めして桜景色を見渡した。先程の綿毛の軍勢は見えなくなってしまったが、妖怪の足は絶えず桜の下を行き来している。根の先の部分が二股に割れて足になったお化け大根たちが、酒を浴びて体をピンク色に染めた状態になって踊っている。
「ありゃぁ、スライスしたら文字通り『桜大根』になるな……」
(こうやって見ると、桜って想像していたより白に近い色してるんだな……大根の方がピンクに見えらぁ)
 中には、和寿の掌よりも大きい虫や蜘蛛。純粋に『妖怪』と形容しても良いかどうか疑わしい存在も酒に興じている。
「お、おい旦那……ここじゃあ、虫もでかくなって酒を飲むのか?」
 和寿が、遠くの枝垂れ桜の下で、御猪口に顔を突っ込みながら美味しそうに酒を楽しむカマキリを指さして、泉に尋ねた。
「あちらは……。あちらの御方も……当店のお客様、ですよ。 あの方は、いえ……櫛に宿った生き物は、細やかですが……持ち主に恩を、送ることが……出来るのです。そのお手伝いを、させていただきました」
 泉が緩やかに手を振ると、カマキリもこちらに気付いたのか、ご機嫌な様子で両手の鎌を大きく振ってきた。
「お、おう……『お客様』ねぇ」
(すまねえが、櫛からあのサイズのあれやそれが出てきたらって思うと、俺にゃあその櫛を持ち続ける自信がねえな。人間、何が縁で何を好きになるか、分からねえってもんだ)
「それと……あちらで賑わって、いらっしゃる御方も……」
「ん?」
 ついと動く掌を猫の様に目で追った和寿は、胴が絡まってもみくちゃになっている妖怪を見付けた。
『タロ兄ちゃん、ジロ兄ちゃーん‼ タスケテ~‼』
『ギューーーー‼ ギャーーーーッ‼』
 目元が黒いイタチかテンの化け物が、和寿にも分かる言語で叫んでいる。怒っている事だけ伝わる鳴き声でイタチに噛みつかんとしている白い化け物は、以前泉が『管狐』と呼んで煙管から出入りしていた仲間だろうか。小さな獣たちの収拾がつかない様子を見るに堪えかね、和寿は重たい腰を持ち上げた。
「お、おい……大丈夫か? 暴れるなって、余計絡まるぞ」
 キュウキュウ泣き喚く妖怪を宥めながら、絡まって硬くなったビニールテープを解く要領で胴体をいじくりまわす。
『キャー! 鬼ーーっ‼』
「鬼じゃねぇ、人間様だ! だぁってろ。そんで動くな……ったく、お前ら酒臭いぞ。どんだけ飲んだんだ?」
 必死に逃げようとするイタチの方はともかく、くてんと和寿の手に身を委ねている管狐は見事に酔っ払っている。大方、すれ違いざまにぶつかって、そのままお互い譲らなかった結果だろう。
「もう少し……おら、取れた」
 二体の躰がようやく分裂すると、管狐はそのまま挨拶もせずにふらりと他所へ行ってしまった。イタチの方はというと、何処からかやって来た仲間に縋りつき、情けなく泣いている。
『きゅ~。兄ちゃん達~、怖かったよ~!』
『サブロ、すまねえなぁ。オイラ達が手を出したら、もっと絡まっちゃうと思ってよぉ』
『お、おい、そこのニンゲン! れ、礼を言う。弟が助かった』
 両手を鎌に変形させて、化けカマキリと同じポーズをしたイタチが、和寿に向かって頭を下げる。
「いや、別に礼なんて……って、あれ……?」
 和寿が返答に悩んで頭を掻いている間に、鎌イタチ兄弟はどろんと姿を消していた。
 所在を探して辺りを見渡すと、リンと鈴の音が耳元で響いた。反射的に音の方へ視線をやると、仰々しい化け狐の一行が桜並木を練り歩く姿が見える。二足歩行で歩く狐達の先頭に居るのは、見目麗しい美男美女。
(あれは……人間か?)
「あの……っ!?」
 声をかけようと和寿が手を伸ばすと、不意に美女と視線が合った。
「あ……!」
(あの櫛、神社の社務所で届けた……確か、れんげさん)
 二足歩行の白無垢狐を思い出した和寿に向かって、人の姿のれんげは人差し指を口元に当てて『しー』と微笑むと、和寿達に気付かなかった振りをして、隣の男性と寄り添って遠くの景色へと溶け込んでいった。


「ったく……右も左も妖怪、バケモノ、付喪神……泉の旦那が真っ当な人間に見える日が来るなんてなぁ……」
 紛らわす様に酒を飲み干すと、空瓶を傾けて飲むものが無くなっている事に気付いた。
「ん? 酒が切れたな。旦那、他に用意はねえか?」
 首だけを動かして泉の方を見やると、泉は桜餅を素手で頬張りながらにこやかに微笑んだ。
「そうですね……。恐らく、もう直ぐ……」
「もう直ぐ?」
「もう直ぐ……ほら、聞こえてきました」
 泉がついと掌を向けた先から、花見には似合わない、おどろおどろしい音頭が近づいて来る。
「な、なんだぁ!?」
 上半身を起こして音頭の方を振り向くと、特徴的なサングラスをした女性が手を振っているのが見えた。
「あらぁ? 配達のお兄さんと泉様じゃなぁい。おひさぁ~」
 玉虫色に光る、近未来型のサングラスをかけた 一つ目のおらんに手を引かれて先頭を歩くのは、和寿ですら人生で一度は見たことのある歪に長い頭部の老人。次いで、息を吐く間もなくどこからか湧いて出てくる小鬼や、骨董品に手足が生えた化け物、 木霊に猫又。蛇腹の唐傘に小豆洗いなど、溢れんばかりの妖怪の 群れに、和寿は言葉を失って座りながら腰を抜かしてしまった。
「あ……はぁ?」
(百鬼夜行!? 嘘だろ……俺だって名前くらいは分かる……でも、あんな……! 『怖い』ってのは、声すら出ねえもんなのか!?)
 人間としての本能が、和寿を腕の力だけで後退りさせる。近づいてきた妖怪一向に、泉は再び立ち上がって優雅に一礼した。
「これは、これは……ぬらりひょん、御一行様に……おらん様では、ございませんか。 本日は、お日柄もよろしく……」
『嗚呼、よいよい。ただ花を愛でに来ただけじゃ』
 泉の挨拶を遮った総大将は、身体に付いた花びらをおらんに払い落としてもらいながら、腰に下げていた瓢箪を片手で外した。肩に控えていた小鬼が瓢箪の蓋を開けると、美味そうに中身を飲み込む。
『うむ。やはり桜は美酒と美女が良く映える。我が主もどうかと声をかけたんじゃが、未だに怖がられてしまってのう?』
 総大将が後ろを向いて問いかけると、最後尾からついてきたがしゃどくろが、悲しそうにカラカラと骨を鳴らした。
「御一行は確か、度々櫛の……ご主人様と、交流を試みて……いらっしゃるのですよね?」
『応。この一つ目の姉ちゃんみたいに、一歩下がって主を支える。なんて古い新妻みたいな柄じゃあなくてね? 主の面白い企みに、やれ加勢しようかと顕現したら……どうやら初対面を失敗したらしいのう』
『あらぁ、総大将さんったらぁ、お口がお上手なんだからぁ』
 おらんがサングラスを少しずらして、つぶらな瞳を嬉しそうに 瞬かせながら総大将の肩を叩く。妖怪達が楽しそうに笑っている中で和寿ただ一人が、
(一歩……下がってるか? どっちかってーと俺の世代のギャルじゃねーか。妖怪の冗談わかんねぇなぁ)
 と、眉間に皺を寄せている。 泉は触れたら肌が爛れてしまいそうなつるべ火にも臆することなく、総大将の冗談に笑って対応している。花見を待ちきれない後ろの妖怪達が手持ち無沙汰に顔を出し、泉の後ろに隠れている和寿を見つけると。
『やれ、ニンゲンが居るぞ!』
『ニンゲンとな! ニンゲンが忘れた秘境の里に、まだニンゲンがいるのか』
『おいニンゲン、酒は好きか? ほれほれ、天狗の酒を注いでやろう』
ひょうすべ、唐傘、一反木綿。名前の無い小鬼達も、興味津々に和寿へ近づいて来る。
(昼からなんだぁ? 本物すら見たことない牛車の妖怪に、一瞬でもあの世なんじゃねえかって疑いそうな桜の里。右も左も訳分かんねえ化け物、ばけもの、バケモノ……極めつけに百鬼夜行だぁ!? 情報が多過ぎて……頭が、脳の処理が追い付かねえ……っ‼)
「お……お……」
 和寿は小刻みに肩を震わせ、青ざめた顔で百鬼夜行を睨みつけた。
『おぉ? どうしたニンゲン?』
『さては、恐ろしくて声も出ぬか?』
 唐傘と琵琶の妖怪が、カラカラ、ケラケラと笑う。
 小鬼の一体が面白がって和寿を突っつき始めたその瞬間。我慢していた感情が一気に爆発した。
「お前ら……いい加減にしろぉー!」


 桜の里に、和寿の怒号が轟いた。面食らった百鬼夜行と「おや……」と振り返った泉を無視して、和寿は思いの丈を全て吐き出した。
「怖えに決まってんだろ! 現代社会の妖怪離れ舐めんな‼ 化け車に乗ってからずっと震えが止まらねえんだよ。酒を飲んでも桜を見ても、俺より柄の悪い輩やら虫やらがわんさかいるもんで、ちっとも泥酔出来やしねえ‼」
 巻き舌でまくし立てる和寿の形相に、小鬼達は一目散に総大将の後ろへ逃げ隠れる。箍が外れた男の言葉は止まらない。
「特に旦那ァ! お前さんはいつも、いっつも言葉が足りねぇ! 黙ってりゃあタクシー感覚で朧車を呼ぶ! この世かあの世かも分かんねえ場所に連れて来る。罰ゲームみたいなツマミしか持ってこねえ!」
『ヒィ! あの解通易堂の頭に噛みついておるぞ』
『恐ろしや、恐ろしや……』
『ぬらりひょん様。アイツは鬼ですか?』
 さっきまで和寿をからかっていた妖怪達が一同に震え上がる。しかし、和寿は間髪入れずに百鬼夜行を指さして、眉間の皺を一層深くした。
「こちとら生粋の人間様だぁ‼ いっつも同業者や配達先のお客様にカタギじゃねー目で見られてるけどなあ、俺だって、てめえの面より怖いもん見たらビビるわ‼ お前らの方がよっぽど怖いんだ! わあったかぁ‼」
 最後の方は、勢いが過ぎて呂律が回らなくなっていた。
『……はーい』
 息を切らせて、ようやく静かになった和寿に向かって、小鬼達が小さい手を控えめに挙げる。和寿が人間である事実だけを汲み取った唐傘だけが、カラカラと穴だらけの傘を開いて長い舌で笑った。
『やっぱりニンゲンじゃないか。だったら飲め飲め! そんでもっと叫んでしまえ!』
 唐傘の快活な笑い声に、総大将もつられてニヤリと笑って和寿に目を向ける。
『そうじゃのう。ワシらはニンゲンの面白い反応が大好物なんじゃ。今日一番の酒を用意してやるから、一杯付き合え』
「お……おう! 何杯でも付き合ってやらあ‼」
 啖呵を切った和寿に、再び妖怪達がわんさか群がって来る。和寿は容赦なく「だから怖ぇよ。寄んな!」と酒を注ぎ続ける小鬼達を片手で追い払うと、
「唐傘妖怪は知ってるから、お前は良い。こいつら面倒だからなんとかしろ」
 と、和寿自身もよく分からない立場から唐傘を顎で使って、妖怪達の大宴会を開催した。


 休む間もなくコップに酒を注がれながら、和寿は無根拠で怖がっていた百鬼夜行の実態にあきれ返っていた。琵琶の付喪神が聞いたことのない音楽を奏で、横笛の付喪神が鶯の鳴き真似をすれば、小鬼達は人間と変わりなく笑い転げ、軽快に小躍りして騒いでいる。
 酔いが回って機嫌が良い唐傘が、無い手を和寿の肩に回して、全体重を彼にかけながら管を巻いている。
『……んでなぁ? 約500年前までは、百鬼夜行ってぇのは、天狗や鬼の群行を総称する言葉だったんだ。それがぁ、チラッとだけ見たニンゲンが勝手に絵巻物にしてぇ、やれ俺様だって描けらぁと、今度は見たことも無いニンゲンが、百鬼夜行は器物から生まれた付喪神の行列だの、器物に化けた狸の群れだの! 特例として狐の嫁入りが生まれて、結果的に総大将ぬらりひょんが率いる妖怪軍団として、現代に語り継がれてきたってぇワケよ!』
「おう……よーっく、分かった」
 何杯目か分からない酒を一気に飲み干しながら唐傘の説明を聞いていた和寿は、うんうんと頷いた後、
「3回聞いて、分かった。明日になったら全部忘れそうってんだけ、分かった!」
 と、隣にいた太鼓の妖怪を、片手でポンと叩いて言い切った。
『なんでぇ! 泉様は妖怪よりそこら辺詳しいぞ。なんでお前は分かんねえんだよぉ!』
 どどぉっと唐傘が地面に転がると、つられて周りの小鬼達も転がる。まるで安いお笑いの喜劇の様な光景にくすりとも笑わない和寿は、ただひたすらに太鼓を叩きながら自分の事を考えていた。
(ああ……最近、仕事でもプライベートでも飲む機会無くなっちまったけど、そういやぁ俺、酔うとこうやって手近なもんを弄ってたなぁ。成人式の時、そこら辺の割り箸の袋とか、手当たり次第折って馬とか鶴とか作ってたっけ)
 心地良い温かさと賑やかな雰囲気に浸っていると、いつの間にか隣にいた泉が和寿の手からそっと酒の入ったコップを取り上げた。
「和寿。少し『飲まれ』過ぎです」
「あぁ? 俺はまだ旦那に突っ込んだ事も、自分が妖怪が怖えって叫んだ事も、覚えてるぞ」
 睨みつける和寿に向かって、泉は「お酒ではありませんよ」と胡散臭く微笑んで、周りの妖怪達に一礼した。
「皆様、申し訳ありません……和寿を、お借りしますね。少し、風に当たって……参ります」
『え~。これからもう一回、そのニンゲンに百鬼夜行の歴史ってぇヤツを教えようとしてたのに』
『ちゃんと戻って来いよ~』
『まだニンゲンに飲ませていない酒、あるんだからな!』
 妖怪達は和寿を気に入ったようで、彼が足を振るうまでしがみついている小鬼までいる始末。大宴会の席から少し抜けると、桜の隙間から見える空が既に暮れている事に気付いた。
「おぅ……もう夜だったか……」
「ええ。彼らの雰囲気に、飲まれてしまいますと……こうして、人としての時間を……忘れてしまう……ものなのですよ」
「ほ~ぉん……」
 昼過ぎに観た華やかな景色とは打って変わり、途端に幻想的な雰囲気を纏う桜と少し冷たい風に煽られて、ずっと騒がしかった和寿の心もスッと落ち着いていく。
「あんなに腹の底から叫んだの、いつ以来だ……?」
「おや……先程、妖怪の皆様に叫んだ……記憶が、 お有りで……本当に、お酒はお強いのですね……」
 相変わらず、お互い視線を合わせる訳でもなく、ただ同じ景色を眺めながら会話が続いていく。
「旦那こそ、下戸な顔して馬鹿みてぇに飲むじゃねえか」
「馬鹿……とは、心外ですね。嗜む程度……ですよ」
「馬鹿だ馬鹿。そんで舌馬鹿だ! 酔ってる時くらい好きに言わせろ」
「ふふ……酔っているのだか、いないのだか……和寿は、お酒が入っていても……両極端、なのですね 」
 泉は面白そうに微笑むと、後ろでひとまとめにしていた櫛を抜いて髪を解き、大して癖になっていない黒髪を胸元で整える。必要なく三つ編みにしてみたり、かと思えばセット櫛で解きほぐしたり。
(旦那も、手持ち無沙汰になると手近なモノを弄るのか? いや……旦那の場合、櫛と興味のある娯楽以外はとんと興味が無い。とどのつまり、今の旦那はてめぇの髪が気になってるだけだ)
 そう考えると、髪に花びらが絡まないように帽子を被っていた事にも頷ける。櫛のこと以外何を考えているのか分からない、気味の悪い笑顔を絶やさない、人かどうかも分からなかった泉の思考を少しだけ理解できた和寿は、ちょいと指で鼻をかいてから桜に向かって再び口を開いた。
「……結局、旦那の采配で上手く丸め込まれちまったな」
「聞こえが、悪いですね……私は、切っ掛けを与えた……だけですよ」
 泉は嫌味な視線を和寿に向けると、弄っていた髪を手ではらりと風に委ねて櫛を差し出した。
「解通易堂の櫛に、妖怪や神格の類が宿るのは……今日の酒盛りの様に、お互いが……『分かりたい、分かって欲しい』と、思う……切っ掛けに、過ぎないのです。今回は、たまたま……その縁が、私と和寿……だった、だけなのですよ」
「……仕方ねえな、そう言うことにしてやる」
 和寿は櫛を受け取らずに、自分の頭を雑に掻いて花びらを落とすと、宴会の席に向かって一歩踏み出した。
「旦那。帰りはバイクごと俺ん家に届けてくれよ。絶対に安全運転でな」
「ふふ……構いませんが、揺れや容量は、朧車様次第……ですね。バイクは、飲み込めるのでしょうか……?」
「げぇ……輿に入った時から 思ってたんだが、やっぱあの中って体内判定なのかよ 」
「さぁ? 私に、聞かれましても……飲み込む、と……表現はしましたが、どうなんでしょう……ね?」
 涼しい風に煽られながら、他愛のない会話は続く。
『おお! ニンゲンが帰って来たぞ!』
『早く来い! 酒が終わっちまうぞー‼』
 改めて異形だらけの宴会を俯瞰した和寿は、初めて声を溢して笑った。
「くっはは。こんな奇妙な縁……何度もあってたまるか!」

【完】

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