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不登校先生 (23)

しばらく湯船でぶくぶくした後に、ようやくお風呂から上がると、

気持ちのいいさっぱり感は、何とも言えない心地よさで、

ああ、なんだかちょっと生き返ったな。

そんな気持ちを久しぶりに自覚できた。

全身をバスタオルでよく拭いて、ユニットバスの湿った壁も

体をふいた後に、良く拭き上げて水滴をしっかりとって。

【お風呂の湿気には気を付けて。】

アパートに入った時にもらった注意事項に書いてあったので、

4月の初めに入居してから、病むまでの半ばまでは、毎回やっていたことが

もう自分のお風呂上がりの習慣になってくれていたのは、嬉しかった。

2週間空いても、お風呂の入り方と出方は

自分でそうしようと思ってしていた通りに体が動いたのだ。

灯りだけ灯った、腐海の底は、ちょっとだけどこからか

水が湧き出て小川が流れ始めたかのように、

灯りの近くで、小さいけれどたしかに聞こえる音で、

生きるを支える音たちが、聞こえ始めていた。

体を拭いて、洗濯機を動かし始めたら、水がたまる音と一緒に

ぐぅぅぅ~ぐぅ。

こちらも本当に久しぶりに。

お腹が大きな音を鳴らした。

ああ、おなかが減った。お腹減ったなぁって気持ちもしばらくぶり

なんだかこの二週間は、本当にただ生きているだけで、

ハムやらちくわやらチーズやら、ただ口に放り込んで、

豆乳と烏龍茶だけ飲んで、何とか命をつないでいた。

美味しいとか、食べたいではなく、何とか生きるために

朝眠りから覚めても、眠れなくても、

もう一人の僕が確実に、ゴミ出しと同じように自分に必要最低限として、

7時になったら冷蔵庫を開けて何かを口に入れて、

また部屋に戻って一日過ごす。

だけだった。処方された薬を飲むために食事をせねば。

そんなことがふとよぎっても食べる気力もなく。

過ごしていた2週間余りから、ようやく一歩前進、いや半歩か

わずかだけど空っぽのロボットのような自分が、

意識して進んで、お腹減ったと思って、

鍋に水をためて、ガスコンロの火をつけて。

ごそごそとうまかっちゃんを取り出した。

冷蔵庫を開けると、

さつま揚げ、ちくわ、厚揚げ、ハム、ベーコン、チーズに

きゅうりと、玉ねぎ、豆乳に烏龍茶。

本当に、【そのまま口に放り込める】ものだけが中途半端に開けられて

冷蔵庫に入っていた。

くつくつとわきだした鍋の中に、さつま揚げとベーコンをそのまま入れて、

湯気が立ち、器まで熱い、うまかっちゃんが出来上がった。

調理時間はほんの7分ほど。

ただ、インスタントラーメンを湯がいて冷蔵庫の中のものを入れただけ。

でも、温かい。

アツッ!っと言いながら、眼鏡を曇らせながら食べるうまかっちゃん。

温かさに、すするスープのとんこつの味、

一緒にゆでてあったまったさつま揚げとベーコンの塩加減、

どれも口に入れるたびに、ゆっくりと胃に入っていく。

これまでの生活で、超早食いの癖が沁みついていたのに。

スープがぬるくなるまで時間をゆっくりかけて、少しずつ運ぶ食事に

体の中から温かくなって、心も少し温かくなってきた気がした。

温かくておいしいものは、人を笑顔にする。

久しぶりに笑顔になっていたのではないだろうか。

「美味しいなぁ。」

ほっとした言葉が自然と出てきた。

↓次話


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