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不登校先生 (52)

一枚のはがきの繋がりが、自分を助けてくれるかけがえのない繋がりになる

そんなことを、今年ほど感じたことはなかっただろう。

退職をして、自分の生活を維持する準備もあらかた整理がついてきた頃、

Sちゃんのお母さんから、3度目の畑のお誘いがある。

退職直後の週に、二度一緒させてもらってから、

3週間ほどたったお盆明けの八月下旬。

台風などもあり気になっていた畑へのお誘いが嬉しくて、

待ち合わせ場所で待っていると、Sちゃんのお母さんの車がやってきた。

・・・止まった車を運転していたのは、帰省していたSちゃんだった。

「せんせー、おはよー。」

車に乗り込むと、後ろの席にSちゃんのお母さん。

「今日はよろしくお願いします。」

そういったものの、何とも言えない感慨深いものが湧いてきて止まらない。

「Sちゃん、畑に連れて行けるように声をかけてくれてありがとう。」

「うん、私も高校生ん頃お母さんに連れて行ってもらって元気出たから、ととろんも、もしかしたらいいかなって。よかった。」

お母さんはにこにこして話を聞いている。

風の谷のナウシカのワンシーンで、ナウシカの父である王様が、

剣士ユパに向けて語り掛けた言葉が頭で響いた。

「負うた子に助けられたか。」

まさしく、その通り。そんな気持ちになった。

「Sちゃんの運転する車に乗せてもらえるなんて。泣きそうだ。」

頷きながら微笑むお母さんと、ミラーでちらっと確認して笑うSちゃん。

大げさだなぁ、ととろんは。そんな風に思われたかもしれない。

だが本当に、それくらいの大きさの感動が、内から込み上げてきた。

それは僕が担任の先生としてSちゃんと過ごした場所が、

小学校であるということも関係しているのだろう。

送り出した子どもたちが成長して大人になっていくのは当たり前ではあるが

それでも、ランドセルをからって卒業していった子の、

運転する車に乗せてもらう。しみじみと、感じ入ってしまった。

畑までの大通りを、Sちゃんの運転する車で走る。

周りから見たら車道を走る車の中の一台。

だけど、今日は、畑に行く元気とはまた別の元気の素を、

Sちゃんと、お母さんから頂けたような気持ちになった。


畑は台風で大変だったとのことだったが、

2週間ぶりに来させてもらった畑の作物は、力強く伸びて実っていた。

1回目、2回目と、作業をさせてもらった茄子は、

大きく、そして2週間前とは見違えるほどたくさんの実を付けていて、

この夏の暑さと日差しの中で、たくましく成長する力が

茄子から触れる手に直に流れ込んでくるようだった。

↓次話




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