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僕の価値観〜元推しに宛てた届かないALT〜

出来ればまっすぐ誠実に生きたいって昔から思ってて、学生の時に聴いたビリー・ジョエルの『オネスティ』に涙が止まらなくなって、映画好きも相まって渡米した人間です。推し事も含めた僕の価値観の話。
※写真はアメリカじゃなく茅ヶ崎です。

夢は行動しなければ掴めない。語らなければ叶わない。でもだからって何かを犠牲にして、誰かを欺いたり、蹴落としたりまでして手に入れるものかって考えたらそれは違う。そんな事して手に入れたものは、正しく手に入れたものの百分の一の価値も無い。思い焦がれ、ようやく手に入れた夢を価値の無いものに変えてしまうのは他の誰でもない自分だ。

でも、自分がしなくても、騙され、蹴落とされるかもしれない。真面目な人間が損をする世界と言われる程、世の中は生きにくいかもしれない。僕もそう思っていた時があったけど、今となっては大切なのはやはり自分がどうあるべきかで、真面目に生きれたならば、それは自分にとって誇りであるし、結果的に自分にとっていちばん良い生き方になると思っています。

こういうある意味、真面目過ぎる人間なので自分の好きな人もまたそうであって欲しいという気持ちがある。自分の好きの判断はたぶんそれなので、知っていくうちに価値観が合わないとわかったなら、ただ好きをやめるだけ。特に価値観の押し付けも、相手を理解する頑張りもする必要が無い。昔はそれでも抗って好きになろうとしていたのかもしれないけど、ひとりだけに依存していないという点で無理をして好きにならなくても良くなったのだろう。

長々と書きましたが、言いたい事は僕の物事の価値基準は『誠実さ(オネスティ)』であり、そうかそうでないかで好き嫌いを決めていて、誠実さの無いものはもちろん、それを肯定するものもまた好きじゃなくなってしまうところがあるという事で、逆を言えば僕の好きな人は皆『誠実さ』を持っていると信じて(あるいは騙されて)います。

どうでもいいオタの戯言をここまで読んでくれてありがとうございました。少し遅くなりましたが一応、誰かに宛てて書いた久しぶりの長文ALTでした。対象が誰かもわからずボヤけまくっていると思うけど、届かなくても一度は書いておくべきと思いました。

(2023/12/5)

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