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『われら闇より天を見る』(クリス ウィタカー )

「それが、ここに流れてるあたしたちの血。あたしたちは無法者なの」 アメリカ、カリフォルニア州。海沿いの町ケープ・ヘイヴン。30年前にひとりの少女命を落とした事件は、いまなお町に暗い影を落としている。自称無法者の少女ダッチェスは、30年前の事件から立ち直れずにいる母親と、まだ幼い弟とともに世の理不尽に抗いながら懸命に日々を送っていた。町の警察署長ウォークは、かつての事件で親友のヴィンセントが逮捕されるに至った証言をいまだに悔いており、過去に囚われたまま生きていた。彼らの町に刑期を終えたヴィンセントが帰ってくる。彼の帰還はかりそめの平穏を乱し、ダッチェスとウォークを巻き込んでいく。そして、新たな悲劇が……。苛烈な運命に翻弄されながらも、 彼女たちがたどり着いたあまりにも哀しい真相とは――?人生の闇の中に差す一条の光を描いた英国推理作家協会賞最優秀長篇賞受賞作。解説:川出正樹
商品解説より

全体的に暗い雰囲気の作品。しかし、その闇の中で輝くダッチェスという少女の存在と、彼女を包む風景の描写が美しい。

また、様々な葛藤を抱えた警察署長のウォークと、どこまでも純朴な弟ロビン、ウォークの幼なじみで囚人のヴィンセント、不気味な存在のダークなど、その他にも多く登場人物が出てきますが、どの人も魅力的。

しかし何より輝くのは、ダッチェスの存在です。寂しさや悔しさを秘めた強さと隠した弱さ、その不安定さを包む弟や祖父・友人に対する気持ち。ダッチェスの感情がとても丁寧な粒度で描かれていると感じます。

海岸に面した田舎町の光景や農場の様子などの風景や、登場人物の人間性の描かれ方がとても素晴らしく、重苦しいテーマでありながらも、憂うつな雰囲気に陥らない良い作品です。

あと、強調したいのは、翻訳がすごくいい、ということ。英語が原文の作品に翻訳されている、という感じがしません。かといって、まるで日本語で書かれた本だと思う、という意味でもありません。

翻訳を通して、物語の世界に入り込むのではなく、物語の世界と私が直に触れているような感じがして、翻訳の存在を感じさせません。

作家も翻訳家も存在が透明になって、ただ作品と私だけが存在する。そういうふうに感じるこの作品が、私は大好きです。


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