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「椿姫」 デュマ・フィス著 感想文

引用はじめ

「わたしはただ一筋にこういうことを信じている。神は教育によって善というものを教えられなかった女のために、彼女らをごじぶんのもとに導く二つの道をほとんどつねに作っておかれるものである。その二つの道とは、悲しみと恋である。
これはいずれも困難な道で、彼女らが一歩そこに踏み込むと、足は血にまみれ手は傷つけられるであろう。しかしそれと同時に、悪徳の飾りはこれを路傍のいばらになげすて、神の御前にまかり出ても恥ずかしくない清浄の裸身で目的の善に到着するのである」新潮文庫  p.35.36

引用終わり

椿の花しか持たない美しく華麗な娼婦、「月の25日間は白、残りの5日(生理期間)は赤い椿を身につけた、「マドモアゼル・ゴーティエ(マルグリット)は椿姫と呼ばれた。

彼女が闘病した二ヶ月、名前も名乗らず毎日見舞いに通った誠実な青年アルマン・デュヴァルとの出会い。
「血まみれになり深く傷つき」ながら彼を愛し抜き、命尽きたマルグリットの悲しい「死」までのお話しだった。

囲われの身であるマルグリットが唯一お金とは無縁の存在としてアルマンを愛そうとするが、彼の嫉妬と誤解に彼女の真の心が伝わらないもどかしさに苦しむマルグリット。

ラストには嫉妬の為のアルマンの執拗な復讐にも静かに耐えたマルグリット、その嫉妬は愛するが故と冷静に理解している彼女の美しい真の魂を見た気がした。

豪奢な生活を維持するために、もはや自分は人間ではなく物であると自覚し、援助を受けるマルグリットが、人間としてアルマンを愛する。
虚栄と金で出来ている男の世界で、嫉妬や独占欲に身も心も奪われて行くアルマンが、まだうら若いマルグリットより遥かに愚かであると感ぜずにはいられない、すぐ気の変わる彼の幼さが目立っていた。

魂で愛することを想像しても、現実が二人を許さない。経済の維持を、決してアルマンに心配させないように、また侯爵や伯爵の援助を受けようとするマルグリットの計画に、アルマンは何も言わず信じてついて行けば、彼女が亡くなるまで一緒にいられたのではなかったかと、現実の汚さ残酷さに胸塞がれる思いがした。

プージヴァルでの自然の中の夢のような二人の生活を胸に思い描いたが、そんな世界は長続きはしないのだ。

ラスト近く、嫉妬の為に彼女に復讐するアルマンをマルグリットは当たり前のように冷静に許す。

「父性愛が全ての感情を支配している」p.429 正しく堅実なアルマンの父。
息子から手を引くように、マルグリットに会うシーンは印象的で、彼女の真の「犠牲」を父が心から理解した感動の一瞬であった。

「あなたの心には、あるいはあなたをさげすんでも、ほんとはあなたの足もとにもおよばない世間の女たちの知らないような、さまざまの美点がある」 p.390

マルグリットの心の美しさを見抜いて理解した父、彼女は真に救われたに違いない。
マルグリットのアルマンへの深い愛情を理解したのはこの父であったと、その存在は彼女にとって最後の償いの助けとなったであろう。

「あなたの恋を犠牲にする」との父の要求であったが、マグリットは、父に彼を返そうとずっと考えていたのがわかる。

「自尊心」と「独立心」のあるマグリット。

マノン・レスコーを読んで、
「女が恋したら、マノンのようなまねはできる物ではない」p.275
と、いつも言っていたマグリット。

明らかにマノンとは生き方が違う。デ・グリューの一途な愛情とアルマンとを重ねていたのではないか。

美しい美術品のようなマグリットのその美しい魂は、見事に償いを果たし天に昇って行ったのだと思った。

「でもあたしは、ごらんの通りのマルグリット・ゴーティエよ」と、彼女の声が聞こえて来そうだ。


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