本庄の朝

6月に入ったある日。

いつものようにバイトからあがって終電に乗ろうとしたが、どうしても帰りたくなかった。

今日帰ったらまた横浜の妻子持ちに連絡してしまう。

そして、何より寂しかった。

気付いたら彼に電話していた。

「あの…今日帰りたくなくて。まだ終電間に合うんですけど」

「どうしたん?俺は今日たまたま早く帰って来てるけど。話聴こうか?」

とにかく誰かに話さないと壊れそうだった。

「茶屋町のロフトまで行きます。着いたら連絡します」

彼に電話をすると、
「そこからタクシー乗って。報知新聞前のコンビニでおろしてもらって。お金ある?後であげるから」

学生の自分にはそんな気前の良さもイチイチ大人に映った。

2つ年上の広告代理店で営業をしている彼。
出会いはバイト先だった。

コンビニに着くと、千円札を渡された。

彼のマンションは梅田からタクシーで5分ほどの本庄という街にある。

コンビニで飲み物を買って部屋に行った。

今の彼氏のこと。
不倫というどうしようもない状況に疲れたこと。
私のこれから。

彼は「若いからそれもいいとは思うけどな」と否定もしなければ厚かましい説教もしなかった。

ただ必死な私の訴えを聴いていた。

彼が「もう寝る?」と言ったが眠くなかった。

布団に入っても結局、頭の中は横浜でいっぱいだった。

「ハマってんな」

一言残して彼は眠りについた。

隣にいるのに一切触れてこなかった。

なぜか私にも危機感はなかった。

心が病んでいたため、外界から何をされても動じない自信もあった。

全くもって不感な私に誰も手など出せないだろう。
そのくらい心は停止していた。

朝が来て1回目の目覚ましで彼は起き上がりシャワーを浴びた。

「まだ寝てていいけん」

ネクタイを結ぶ姿に少しドキッとした。

「もう今月いなくなるんですよね?」

「うん。今週は出張だらけやし。また話そう」

ソファーに座りニュースを見ながらたわいもない話をした。

彼は昨日からこんな言葉を何度も口にしていた。

「俺はもういなくなるから」

その言葉が何を意味するのか分からなかったが、一緒に居る間はあまり深くは考えなかった。

サラリーマンを横にして朝のビジネス街を歩くのも悪くない。

むしろ学生の自分には、スーツ姿のしゅっとした男と歩くのは気分がよかった。

「俺も昔、人妻と付き合ったことあるんよ」

「へぇ。可愛いかったんやろうな…」

あくまで女目線の話をしていた。

人妻からすれば“あなたが”さぞかし可愛く見えたんでしょうね、そんな意味だったにもかかわらず

「そう!鈴木あみにそっくりやってさ」

と言った。

まぁ、いいか。

「何で別れたん?」

「子どもができたから」

「だからそういう恋もいいんじゃない?」

彼は笑っていた。

あたしの恋の重さとは違う気がした。

過去の話だからそんなにさっぱりしているのかとも思ったが、あまり突っ込まなかった。

ヨドバシカメラの交差点に着いた頃、阪急電車に乗るため彼にさよならを言った。

「またメールします」

彼の余裕がズルかった。

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