【短編小説】良心の呵責がない人
春の雨が窓を叩く。オフィスビルが並ぶ通りは、調子外れのピアノが音を奏でているようだ。
俺は、傘もささず雨に濡れながら、会社から帰る道を歩いていた。頭の中では、先週のできごとが何度も何度もぐるぐると回っていた。
「私、もう、疲れたわ。別れましょう」
彼女の唇から、信じられない言葉が放たれた。
俺は彼女と結婚するつもりでいた。彼女もそのつもりだったと思っていた。しかし、突然、彼女から別れ話が投げかけられた。
「俺の何が悪いんだよ。言ってくれよ、なおせばいいんだろ」
俺は、必死に理由を尋ねた。
「今まで、あなたに何回も言ってきたわよね。それでも、あなたは何も変わらなかった。もういいの」
彼女の言葉が頭から離れない。頭の中は彼女のことでいっぱいだ。重い足をなんとか引きずりながら歩いていた。
「そこの、あなた。傘も刺さずにどうしたの」
振り向くと、派手な衣装に身を包んだ女性が立っていた。占い師だろうか。
「彼女に振られたんです。理由がわからなくて・・・」
「私、占い師してるんだけど、今日は雨が降ってきたから帰ろうとしてたの。私でいいなら話を聞くわよ」
「ありがとうございます」
俺は、彼女との馴れ初めから最後までのことをかいつまんで話した。
「それだけだと、なぜ彼女があなたと別れようと思ったのかわからないわね」
「ええ。そうなんです。俺は彼女を傷づけるようなことはしていないんですけどね。確かに、彼女は時々私への不満を話してましたが、俺からすると、彼女の言うことは理不尽で納得できないものでした」
「彼女は、あなたへのどんな不満を話していたの?」
「デートの約束の2時間前、友達が急に、チケットがあるからサッカーを見にいこうと誘ってきたのです。せっかく友人から誘われたんだから、普通、それを優先しますよね。結局、俺は2時間も遅刻してしまいました。約束を破ったことにあれこれ言ってましたが、いつもじゃないだから、ちょっとくらいしかたないと思うのです」
「・・・。他には?」
「ああ。あります。彼女の誕生日、サプライズパーティーを計画していたんです。でも、当日は仕事が忙しくて疲れ切っていて・・・うっかり忘れてしまいました。彼女が泣きながら電話をしてきた時は、怒鳴りつけてしまいました。私は毎日仕事で疲れているんだから、それくらい許すのが普通の人間ですよ」
「そ、そう・・・」
「あ、他にもあります。忙しかったからというのもあるのですが、一時期、休日はゲームに没頭してました。新しいゲームが出れば、彼女との予定をキャンセルしてでもプレイしていました。これも、約束を破ったことを責めてきましたが、趣味なんだから仕方ないです」
「それで終わり?」
「まだ、あったかも・・・。あ、そうだ」
「まだ、あるの?」
「会社の同僚の女の子たちと、よく遊びに行ったりしてたんですが、それが気に入らないらしくて。でも、同僚ですよ。何が起こるというのです」
「ふぅ・・・」
しばらくの間、二人の間に沈黙が流れた。
「まあ、あなたが振られたのは仕方ないわね」
「え?どういうことですか?」
「ねえ。本当に彼女が別れる気持ちになった理由がわからないの?」
「ええ。だって私、何も悪いことしてないですよね。どれを聞いても、女性のわがままですよ」
(終わり)
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