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【短編小説】新卒の絶望

「おはようございます!」

私は精一杯の笑顔で同期の佐藤さんに挨拶した。

「おはよう!」

佐藤さんは元気よく返してくれた。

私は大手IT企業に新卒として入社し、早くも2週間が経過した。しかし、この2週間は、これまでの人生で経験したことのないものだった。



「昨日の報告書、課長に褒められたよ!」

隣の席の田中さんが嬉しそうに話している。

(私なんて、まだできてもないよ・・・)

私は心の中でつぶやいた。

この会社の労働環境の良さには驚かされる。定時になれば、総務課で職員の退庁状況を担当する係長以外は全員が一斉に退社し、休暇も取りやすい。社員食堂では、無料で美味しい食事も提供される。そのほかの福利厚生もしっかりしている。ハラスメントなどないだろうと確信するくらいの職場の雰囲気。職員一人一人が仕事に邁進しながらも、周りの職員を気遣う余裕。こんなに恵まれた職場は珍しいのではないかと思う。

「山田さん、今日の企画書、とてもわかりやすくまとめられていましたよ!」

上司の鈴木さんが、同期の山田さんを褒めている。

私は、彼らのようにはなれないのではないかという恐怖に襲われた。今までの自分は、能力の低い人間を見下すことで、優越感を得ていたのではないか。そう思うと、さらに自分が惨めになる。そして、自分の無力さを嫌というほど思い知らされるのだ。

「佐藤さん、今週の営業報告、素晴らしい内容だったよ」

課長が佐藤さんに声をかける。

「ありがとうございます!でも、まだまだ先輩方には及びません」

謙虚に答える佐藤さん。

会社を批判する要素が何一つない。批判は会社や上司・同僚ではなく、どうしても自分自身に向かってくる。

「なんでみんなそんなに仕事ができるんだ・・・。それに、人格も文句のつけどころがない。私には無理だ・・・」

私は独り言をつぶやきながら、ため息をついた。

私はだんだんと自分が追い込まれていくのを感じていた。毎日が辛く、会社に行くのも苦痛になっていた。通勤電車に乗ることに恐怖を感じるようになった。それでもなんとか仕事をするために会社に行った。

しかし、ある日、仕事をしていた私は、自分の中で何かがプツンと切れた。

(私は、一生懸命頑張ってる。新入社員だからできないのは仕方ない。でも、こんなに追い込まれるのは会社のせいだ!)

私は、やっと解放された気がした。そうだ、私は悪くないんだ。

「うちの会社はハラスメントがないというハラスメントだ!!」

私は、席を立ち大声で叫んだ。

(終わり)

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