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箱のハコは歯

貨物列車が通り過ぎていく。暗い高架下でタカハシは脂汗まみれの顔をゆがませた。口の中は血と唾液でいっぱいだが、なぜか抜歯の痛みはもう感じない。舌で探ると親不知があった場所に穴が開いている。生臭い塩の味に思わず血混じりのつばを吐くと黒ずんだ唾液の中からヌマエビが数匹飛び出し、湿ったアスファルトの上をのたうった。
タカハシは慌てて薄汚れたジャージのポケットからスマホを取り出す。ヒビだらけの画面に指を滑らせ連絡先に登録された何人もの名前をスクロールで飛ばし『山口順平』の名で指を止めた。

「ジュンペイ」

もう何年も会っていない友の名だ。その下に表示された電話番号を叩くと指が崩壊し、透明な魚が絡み合う塊となった。シラウオの黒い瞳がすべてタカハシの方を見ている。

「あ…」

取り落したスマホが路面で跳ね、淡い光がタカハシから遠ざかっていく。見開いた目がぐるりと反転して小さなモグラに変わる。眼窩を抜け出したモグラは土を求めて這う。踏み出した右足が縦に割れて熊笹に変わる。どこにも根付いていないそれは高架下を通り抜ける風に吹かれて散っていく。

「ああ……」

口の中からゴマサバが何匹も飛び出して車道を跳ねまわった。短髪はイナゴに、爪はサクラ貝に、腸はニシキヘビに。やがて肋骨と背骨が一羽のダイサギに変化して飛び去る。残された魚たちは跳ね、虫はうごめいた。

不在着信に残る『高橋』の名。ヤマグチは嬉しさとそれ以上の申し訳なさを感じていた。地元の高校に通っていた頃にはよくつるんでいたのに、ヤマグチだけ街の大学へ進学してからは忙しさを理由にして段々と会わなくなっていた。
アパートの郵便受けに突っ込まれていた小さな段ボール箱を手元に置いて、履歴に真っ赤なフォントで残るタカハシの名前をタップする。
段ボール箱に貼りつけられた送り状には依頼主としてタカハシの名前がある。品名欄には『ハコ』と書きなぐられていた。

(つづく)

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