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全身改造人間キシワダ

「キシワダ君は私を殺してどうするつもりだい?」
「さあな!お前が死んでから考えりゃいい。撃て!」

俺はニシの声で引き金を引いた。先生は血を流して動かない。俺は怖れに震える爪先で脱力した先生の手のひらをつつく。

「バーカ。もう死んでるって」

ニシが先生の横腹を蹴った。コンクリ床にビッと血の跡がのびただけで先生は静かだ。殺したかった先生が死んでいることに俺はなぜか驚き、重たい銃を取り落とす。へらへらと笑いながらニシが泣いている。俺も泣きたいがすでに涙が出ない体だ。

先生が俺と友達のニシを改造した。俺は両方の眼球を失った。ニシが言うには頭の中もいじられているらしいけれど、俺にはわからない。こうなる前のことを一つも覚えていない。本当はこのニシが友達かどうかもわからない。

俺の両目玉からチキチキチ……と妙な機械音がする。乱れた心臓の鼓動と連動するように、瞳孔が勝手に収縮と拡大を繰り返すので、先生の部屋の風景が明るくなったり暗くなったりする。

「おい………大丈夫か」

ニシが俺の目を覗き込む。俺はこめかみをぐりぐりと押した。カチッと音がした。

何かが頭蓋骨の中で噛み合った……と思う。とたん、ずっとぼやけていたニシの顔がくっきりとこの目に飛び込んでくる。俺の顔を覗き込む猫背。ひどく痩せていてざんばら髪に白が混ざっているが老人ではない。潰れた声のわりに皮膚にはシワひとつなかった。多分見た目は俺より若い。

「ニシは子どもだったのか」
「は?歳なんかしるか」

ニシはこめかみにある俺の手をつかむ。

「あんまり押すな。なにが起こるかわかんねえ」

ニシは俺の手を無理やり下げ、死んだ先生をもう一回蹴った。先生の死体は人間の形をしてるが、パーツは人間のそれではない。右手の指は細い触手に置き換わっている。鱗だらけの体のあちらこちらに返しがついた長い棘があり、それがシャツやズボンを突き破っている。しみ出し続ける血液で先生の白衣はもう真っ赤だ。

「血は赤いんだな、こいつも」

ニシは何度も何度も先生の腹を蹴る。粗末な貫頭衣からのぞくニシの木の枝みたいに細い脚には、いく筋も縦に切れ目があって、その皮膚の切れ目を無理やりホッチキスの針でとめてある。

ばっちんばっちんという音とニシの潰れた悲鳴が今も耳に残る。先生がニシの足をやった。
俺はあのとき間近にいたのにニシを助けられなかった。

「ニシ……」
「たのしいい先生のいええええ!燃やそう!!!」

ニシの後ろの壁が、ニシごと爆発した。

「やあやあやあ同志キシワダ!先生の葬式だよ!共に祝いだ!」

ごりごりと炭化したように真っ黒な坊主頭を天井に擦りつけ、ミチナガが瓦礫の後ろからヌッと顔を出した。空気が燃えるような熱さだ。大柄なミチナガが真っ白な歯を打ち付け笑うと火花が散り、その体表を這う血管のようなオレンジ色の筋が白熱光を放つ。

「先生!先生!!火葬がいいな!!先生を燃やそう!!」
「ニシ!!」

俺は床に這いずったままニシの姿を探す。ミチナガは俺達に目もくれずに踊っているような奇妙な動きでひょこひょこと先生の周りを回っている。

「ニシ……」

吹き飛ばされ、重い本棚の下敷きになってニシは目を閉じている。俺はニシの両脇を持ってひきずり出した。異様に軽い。俺は不安で吐きそうだ。
手応えがおかしい。ニシの下半身はどこにもなかった。血も出ていない。アルミホイルみたいな色の肋骨の下から、ズルズルと途中で千切れた背骨がぶら下がっている。俺は思わずニシの身体を床に落とした。

「ひっ………」
「キシワダ!!おまえも祈れ!先生を燃やし先生とさよならだ!」

ミチナガは祈り、手を合わせ、先生の胸に両手のひらを置く。ミチナガの胸を中心に体中に白銀の光が走り、それが両手のひらに集まった。まばゆい光を放ち、先生の体が内側から爆ぜ燃えた。

「先生!もういないなあ!!?あっけないなぁあ!ついでにキシワダとそこの半分のやつも燃やしたいなあ!!」

ミチナガが手を叩いて喜ぶたびに、空気が熱をはらんで波打つ。俺はニシの体を抱き寄せた。どうすればいい?ニシのもう半身を探す?銃でこいつを殺す?

「ニシ………」

何が起こるかわからない、それはニシの言葉だ。ニシはいつも正しい。少なくとも俺よりは正しい。
俺は自分のこめかみを殴った。カチンともう一度スイッチが入る。目の内側が一瞬刺すように痛み、視界に赤い輪が2つ浮かんだ。俺が首を傾げると輪もいっしょに動く。

「…………?」
「キシワダぁ……!先生のための祝いだ………よく燃えろおお……」

俺を焼こうとするミチナガの白熱した手の甲を直視すると、目の中で赤い輪が重なり点滅する。胃の奥からのあらがいがたい痛みと吐き気。俺は口を大きく開く。胃液と食事の残骸と一緒に太い光の線がほとばしり、ミチナガの手のひらが蒸発した。

「ぐがあああああ!!!」

ミチナガが沸騰した体液を撒き散らしながら床をころがりまわる。床が溶け出し、大量の書類や記録ディスク……先生の遺品が煙を上げる。
俺はニシの下半身を諦め、ニシの上半身を抱え、銃を拾い走りだした。

「どうしたら……」

先生の部屋からの黒煙がどんどん湧き出し、俺たちを追ってくる。煙の向こうからオレンジや白に明滅するヒト型が、怒り狂ったミチナガが施設を燃やしながら追ってくる。
あの光線はもう出そうにない。胃が空っぽだからきっと出ない。

「水でもぶっかけろ!!」

脇に抱えたニシが叫んだ。生きていた。思わず足を止めると、ニシは背骨をしならせて俺の尻を叩いた。

「げほ……ここの電源が生きてるうちに…。おい走れ……消火栓が壁にあるだろ。起動させろ!」
「おお…わかった」

煙が天井を伝って迫る。ミチナガが先生のよくわからない装置群を壊す音が近づいてくる。俺の心臓は脈打ちすぎて破裂しそうだ。

「よしあった止まれ!」

ニシは下半身がないのに動揺することもない。そして俺に抱えられた状態で壁に光る赤いランプを見つけだし、傷だらけの腕を伸ばして黒いボタンを押した。ぶーぶーとブザーが鳴る。

「ほら早く中のホースを出せ………おい一回、銃と俺を床におけ」
「わ、わかった」

白い金属の扉の横にニシを置いて銃を預ける。ニシは銃を受け取ると青白い顔で息をついた。

「ホースの横の丸いバルブを回せ。それからホースを引っ張りだして、あいつに向けて手元のコックを引け。反動に気をつけろよ」

ニシは何でも知っている。俺は何も知らない。ニシのことも覚えていなかった。ニシは本当に俺の友達だったのだろうか。硬いバルブをなんとか回しながら、足元の小さくなったニシを見る。ニシはミチナガを見ていない。暗い窓の外を睨んでいる。

「祈れぇぇ!キシワダ!!おまえは呪われた!!!先生のもとには行けないいい!」
「やれ!キシワダ!!」

炎のよだれを垂らしたミチナガが黒煙のなかで腕を大きく降る。燃える体液が俺の頬をかすめた。ニシの声。震える手でコックを引く。水圧に逆らい、必死にミチナガの白熱した心臓のあたりを狙う。

「がぁぁぁあ!!いだい!!!いだい!!せんせい!!!」

爆発的な水蒸気が俺とニシを襲い、俺はホースを取り落とし吹き飛ぶ。ミチナガの泣き声が猛烈な熱風にかき消された。熱にやられて息もできない。

「おい!生きてるか?」
「ニシ……」

目を開くとニシが両腕で這って俺の顔を覗き込んでいる。ゆっくり体を起こすと、あちこちが痛むが動きに支障は無いようだった。手足の焼け焦げたように見える皮膚も、こするとただ煤で汚れていただけだ。先生は俺の体をどこまでいじったのだろうか。

「這うのは結構つらい。悪いが運んでくれ」

ニシを抱き上げ、俺は静かになった暗い廊下を見つめる。ミチナガのいた場所には炭の欠片が散らばるばかりだ。

「ちょっと予定どおりじゃねえが先生は殺った。さっさとこんな場所からおさらばだ」
「これからどうする……?」
「今から考えるんだよ。おまえも考えろ」

俺は粉々になったミチナガのために祈ろうとしたが、何に向かって祈っていいのかわからなかった。だから残骸に向かってペコリと頭を下げた。

電源が死んだ暗い廊下を歩く。俺に抱えられたニシは背骨をぷらぷらと揺らした。

【終わり】

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