全身改造人間キシワダ2
「キシワダ!走れ!振り返るなよ」
ニシを背負って、俺はとにかく走った。行き先などない。
ひと気が無い暗い街並みに見覚えはなかった。俺はどこから来て先生の家で改造されたのだろうか。
長い坂道を下り、やっと振り返ると星ひとつない夜空がオレンジ色に染まっている。先生の家が巨大な壁のような建物の一部分だったことを、俺は初めて知った。爆発音が何度も聞こえる。壁面に空いたいくつもの窓から炎が吹き出ている。
「俺らに必要なのはまず飯。あと服だなこのままじゃ目立ちすぎる」
俺の肩にしがみついたニシが俺の服の袖を引っ張る。薄い青色だった被実験体用の簡易服はあちらこちら焦げてしまている。それにおそらく裸足で街をうろつくやつは普通じゃないんだろう。
「金も無え。と言うか俺らがノコノコ行って、なんかを売ってくれる店があるとも思えねえ……」
「ニシ……」
「なんだよ」
話を遮られたニシがごすりと俺の側頭部に頭突きする。あまり痛くは無い。
「大丈夫なのか。その……傷は」
「しらん。痛くはないな」
ニシはブンブンと露出した背骨の一部を振って見せる。ミチナガが起こした爆発に巻き込まれて、ニシの下半身はみぞおちから下がゴッソリ千切れた。恐ろしくて傷がどうなっているか俺は直視できないが、ニシは気にした様子もない。
「それより銃はまだ持ってるか」
「ある」
手の中の拳銃をニシに見せる。先生の持ち物だ。ニシに言わせると旧式らしい。
「よし。じゃあそれをこう……かまえてあの建物に入れ」
ニシは腕を伸ばして手を組み、人差し指で銃口を模す。その先はこの辺りで唯一灯りがついた建物に向いている。
「……ニシ?」
「ちょっと脅して飯と金とできれば服をもらおうぜ。命取らなきゃノーカンだ」
ひひひとニシは不気味に笑った。
金色のベルがついた木製の扉の前に俺は立つ。恐る恐る取手に手をかけると、ニシがすんすんと鼻をひくつかせた。
「飯のにおいするな。ちょうどいい。おいなんでフツーに開けようとするんだよ。景気良く蹴り破れ。こう言うのは最初に怖がらせるのが大事なんだよ」
「わ、わかった」
「やれ!」
俺は銃を強く握って、かかとで扉を蹴った。あっけなくドアは内側に弾け飛んだ。狭い室内。カウンターのむこうにポツンといる女と目があった。
「命が惜しけりゃ手をあげろ!そんで、すぐに飯と金を用意しろ!」
ニシが一息に叫ぶ。(はやく銃をかまえろ!)ニシが焦ったように囁くから俺は慌てて銃を構える。女は目を見開いた。白髪混じりの長い黒髪を後ろで括った疲れた顔の女だった。俺の顔とニシの顔を交互に見るとふふと力なく笑った。
「先生の犬ね。私に何の用?さっさと殺せば?」
「は?いや……別に殺さない……」
「おい!キシワダ!……おい、おまえ何で俺らが先生の所から来たってわかった?俺らの見た目はバケモンだが……あいつの所行は極秘だったはずだ」
女はカウンターに寄りかかると蛇口をひねり、コップに水を注いで飲んだ。その手は震えていた。
「先生ね……あいつが街にこなければよかったのに。あいつがけしかけたバケモノが研究所の人間を食い殺したの」
ベタベタベタと水道水がシンクを叩き続けている。多弁なニシが黙っている。
「先生は……何者なんだ?」
「はは……あんたが私にそれをきくの?先生はね」
キィィィと耳ざりな音と共に窓ガラスが外側から破裂した。女が耳を押さえて床にくずおれる。ニシも思わず耳を塞いだせいで俺の背中から転げ落ちた。俺にはただの耳障りな音にしか聞こえない音が、店のグラスや酒瓶を次々と割って行く。
「くそ!これは……やばい」
ニシが背骨でびたびたと床を叩く。ごぶごぶとどこからから変な笑い声がした。
「キシワダ!にげ〜て〜もむだだ」
ごぼごぼごぼとシンクで水が渦巻く音がする。覗き込むと出しっぱなしの水がぐるぐると渦巻き、ゼリー状の老人の顔になった。老人は水を吐きながらごぶごぶと笑う。
「おまえのい〜ばしょは、ヨルヒコにお〜しえた〜。ヨルヒコがころしにく〜るぞ」
「ぐわあああ!てめえはスイコ!!生きてやがったか」
「げぷげぷげぷ……わしは〜せんせいのてからにげだ〜し〜このまちのみずとひとつになったあ〜」
「くそったれが!便所に流してやる!!」
ニシが叫ぶ。俺はとっさに蛇口を閉じた。スイコはくるくると回って排水溝に消えていった。
「ヨルヒコがくるぞぉ〜」
キィィィキィィィと空気が震える。割れた窓の向こう、透明な羽を広げた生き物がナイフのような両腕をすり合わせ音もなく着地した。
【続く】
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