我らはふかふかではない人間
カイブシは本物のチンチラを知らない。知っているのはのんきな顔をしたチンチラのぬいぐるみの柔らかさだけだ。破壊しつくした街でそれを拾い上げたカイブシは「捨てろ」と命令した上官を即座に殴って真っ二つに折った。
外骨格に覆われたケラそっくりの巨体を震わせカイブシは休むことなく硬い爪で土を掘り続けている。懲罰は機能停止するまで地下トンネルを掘り続けること。その背中を栗色のくせ毛の合間から赤い枝サンゴ状の生体アンテナを伸ばした男がぼんやり見ている。監視役の通信兵カシマは脳を震わせる不快な地上からの通信におびえていた。
「き、緊急、すべてに優先し首都に帰還せよ……帰還!?」
アンテナが不随意に震え、カシマはうめく。カイブシは土まみれの腕を止めた。
「終戦か?」
「さあ……。でももう軍人なんか辞めてやる!こいつを除去して普通の人間に戻るんです」
カシマが赤い角を掴んで引っ張る。カイブシは外骨格をきしませながらカシマを見おろした。
「俺は人間には戻らん」
「は?」
「人間!うんざりだ!俺をこんな姿にした技術も何もかも。だが…」
カイブシは胸部の外骨格の隙間に爪をかけ一気に開いた。桃色の筋組織の中に血色が悪い男が埋まっている。男はやせ衰えた手の中にあるビニールパックに包まれたぬいぐるみをゆっくりと揉んだ。
「その技術を奪い、俺はすべてを……柔らかくかわいい存在に変えてやる」
口を真一文字に結んだ人間の顔の上にある虫の顔が喋り続ける。カシマはひゅと息をのんだ。
■
ライモンが徴兵されたその年、彼の母国は陥落した。力尽きた兵士を敵軍友軍かまわず原料にして作った異形の兵器を戦地に投入したにも関わらずだ。制御不能となったそれらの処分が彼らにのしかかった重い戦後処理の一つだ。
打ち捨てられた首都でライモンはライフルを構えている。そのスコープの先では人間と虎を繋ぎ合わせたような異形が山の稜線に沈んでいく夕日を見つめている。
つづく
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