見出し画像

往生!月面コンビニ事故物件 #パルプアドベントカレンダー2022

月に人間が住みだした経緯についてはWikipediaでも見てほしい。そこには住みだしたものの月の不便さにあっという間に過疎った経緯も書かれているはずだ。
デイリーヤマギシ モスクワの海店は今日も客がこない。その上、事故物件なので出る。
今だってヘルメットの残骸を頭に引っかけた黒焦げの人影が店の中をうろうろしている。

ほんの数年前、ここモスクワの海にポリミテ星人の船が軌道計算の誤りで墜落した。もちろん乗員は即死だ。墜落現場のクレーターを含む土地は安く買い上げられて日系人の居住ドームが建造された。そしてすぐにクレーターは綺麗にならされ慰霊碑一つとコンビニが一件立った。それがここだ。

地球の古臭いクリスマスソングがむなしく流れる店内。黒焦げの人影が期限切れのゲル握り飯を廃棄しているキイチのことをじっと見ている。ポリミテ星人は地球人に近い体つきをしていたらしい。幽霊は二本の腕をだらりと前に下げ、二本の足らしきもので歩き回る。黒焦げでさっぱり細部はわからないが。

うろんな影につい目をやってしまうと、キイチはゴールデンレトリバーのような人懐っこい顔でレジカウンターに寄ってきた。お前のことは見ていない。俺はこのいぬっころのように人なつっこい後輩が少し苦手だ。

「コウジさん!例の幽霊でました?」
「いやいない…」

俺は咄嗟に嘘をつき、キイチは露骨にがっかりした。

「先輩に幽霊の写真撮ってくるって言っちゃったんすよー」

キイチは軽薄なモテを擬人化したような顔と性格をしている。長めの頭髪をチャラついた桃色と金の縞模様に染め、耳にはいくつもピアスが付いている。こいつは夜になるとクラブに出入りしDJをやっている。そこで自慢するために幽霊の写真が欲しいなどと、へらりと話すようなやつだ。

「おいやめろ!!札を剥がすな!」

キイチはレジカウンター裏の目立たない場所に貼られた魔除けの札をカリカリと爪でこする。

「コウジさんは見たことあるんすか?」
「さあな。お前には絶対に見えないと思う」
「あーおれ霊感ないんで。でもクラブでいいものもらったんすよ。これ、なんか感覚?とか霊感?が鋭くなるお香!」
「は?」

キイチはさっと謎の棒をポケットから出し、ライターで火をつけた。止める間も無い。束ねられた線香はまるで墓に供えるあれだ。その棒からもこもこと紫色のくさい煙が立つ。キイチのアホはゲラゲラと笑っている。

「うわー本当にいる!!こういうのエフエフとかに出てくるやつじゃん!」

キイチが指さす先にはバケツのようなヘルメットを被った西洋甲冑が立っていた。鎖帷子の上から袖のない真っ黒なコートのようなものを着て真っ赤なマントを羽織っている。そして胸に輝いて見えるのは太陽のような形をした勲章。いくつも誇らしげに輝いている。おかしい。このコンビニに出るのは異星の宇宙飛行士の幽霊だ。いくら焼け焦げていたといっても、こんな世界史の教科書に載っていそうな姿ではないはずだ。

「異国の商人よ。ついに我が声が届いたか!私はポリミテのニュルゲンというものだ」
「わ!」

割れ鐘のような声で甲冑が喋り出す。キイチがぴょんと後ずさった。ポリミテ?やはりこいつは何時もコンビニの中をうろついている幽霊なんだろうか。

「しゃべってる!コウジさん、ちょっとこれ持っててくださいよ」

キイチは俺に線香を押しつけると制服のケツポケットから携帯端末を取り出し、あやしい西洋甲冑に向け始めた。

「おいばかやめろ!」

線香が吐く煙の甘辛い臭いが目と鼻と刺さって痛い。コウジは無遠慮にレンズを甲冑に向け、液晶画面を連打している。西洋甲冑は鎖帷子をきしませながら俺の方に目を向けた。いや、ヘルムの目の部分にあるスリットは闇で本当に目があるかどうかはわからないが。

「商人よ。武装を解くことができぬ無礼を許して欲しい。この下はとても見せられるものではない……」
「い、いやお気になさらず……」
「あっ!コウジさん!なにするんすか!」

俺はコウジの手から携帯端末を取り上げると自分のエプロンのポケットに突っ込んだ。

「コウジ殿。貴殿は名のある商人とお見受けする。どうか私に千年の薔薇を用意してくれないか」

鎧姿のポリミテ星人がひざまずき、俺に頭を下げた。

「我が祖国ポリミテは神の怒りに触れた。炎が迫り、まもなく滅ぶだろう。私は光の馬の騎士団を率い、新天地をもとめポリミテを発った」

ポリミテ星人はマントをひるがえし、甲冑で覆われた指で天頂を指す。つられて見上げるが俺には薄汚いコンビニの天井しか見えない。キイチはぽかんと口を開けている。

「光より早く千年。我が愛馬は駆けた。勇猛なる部下たちを引き連れ新天地たり得る緑と青の国へと」

コンビニの外には地球と同じ成分の大気を閉じ込めた透明なドームがある。その向こうには昼も夜もない暗闇の宇宙と瞬かない星が散らばっている。甲冑姿のポリミテ星人が鎖帷子の上から羽織っているコートはその空の色そっくりだ。

「だが我々は新天地へたどり着くことは叶わなかった・・・・・・。あと一歩というところで馬は頽れた」

コンビニの裏手には御影石で作られた柱状の小さな慰霊碑が建っている。クレーターから回収された宇宙船の部品がはめ込まれた表面には日本語で『慰霊』と彫り込まれている。ポリミテ星人に日本語が読めるのか?
だがポリミテは遠すぎて、その文化形態は宗教も含めてほとんど地球に伝わっていない。だから毎年、墜落日がくるとコンビニのエリアマネージャーが坊さんを連れてきて慰霊碑に経をあげさせている。

「すでに部下たちは懐かしきポリミテへの帰路にあるだろう。だが私は帰るわけにはいかない」
「なんで?」

キイチが口を挟む。西洋甲冑はキイチの方へと向き直った。その背筋はピンと伸びている。

「妻との約束を果たさねばならない。ポリミテの国で待つ妻に薔薇を贈ると約束をしたのだ」
「へえ!奥さんいるんすか!」

なぜかキイチが満面の笑みを浮かべて身を乗り出す。

「すでに守るべき名誉も無いが、せめて私は妻の願いを叶えたい。千年の薔薇をたずさえなければ私は帰路につくことができぬ。商人よ!緑と青の国に咲く薔薇を!千年の旅でも枯れることのない薔薇をどうか探してくれ!」
「せんねん?そんなバラあるんすか?」

キイチが俺の方を見る。何でも俺にきけば解決すると思うな。

「ドライフラワー?いやそれじゃ千年ももたない……」
「どうか……」
「うわ!コウジさん、なんとかならないっすか」

甲冑姿のポリミテ星人に詰め寄られ、キイチは俺を前に押し出す。

「コウジ殿!どうか薔薇を!」
「そんなこと俺に言われても……ぶあっち!」

じゅうと皮膚が焼ける痛みに俺は叫んだ。思わず掴んだままだった線香を放り投げる。紙で束ねられた線香は傷だらけの床に落ちてバラバラになった。

「コウジさん何してんすか!あ~あ、これ早く冷やした方がいいっすよ」

キイチが俺の手のひらをつかんでわーわー言う。

「あれエフエフがいないんだけど?」

キイチはあたりを見回している。エフエフとは多分、あの甲冑姿のポリミテ星人のことだ。甲冑姿は消え失せたが、同じ場所に黒い人の形をしたものが立っている。俺はポケットから携帯端末取り出しキイチに返してやった。キイチはいそいそと画像フォルダを確認している。

「あっ……何も写ってない。うわ~みんなに幽霊の写真、見せたかったのにな」

がしゃがしゃと痛んだピンク金髪をかきむしりながらキイチはうろうろと歩き回る。ちょうど黒い影がわだかまっているところで足を止め、端末から何かメッセージを送信している。くだんの先輩とやらにだろうか。
キイチとポリミテ星人の幽霊はぴったり重なっている。お互いを認識していないようだ。

「エフエフ、まだどっかにいるんすか?」
「いる」
「やっぱコウジさん、幽霊見えてるんじゃないですか~」
「……お前と同じところに立ってる」
「うわ!マジで?嘘でしょ?!」

慌ててキイチはその場を退くと、きょろきょろと前後左右、上下まで見回している。俺は立ち尽くすポリミテ星人をよけて便所にこもると、ヒリヒリと痛む手のひらのやけどを水道水で冷やした。


「ありがとうございっした~」

たばこを購入した星間長距離トラックの運転手の背中にキイチはやる気の無い礼をする。月は365日暗いままだが、時間で言うなら地球時間の明け方にあたる。地球から一日遅れで届いたジャンプを検品する俺にキイチはあくびをしながら話しかけてきた。

「エフエフはポリミテ星人?の幽霊なんすかね?なんかポリミテの国~って言ってましたけど」
「多分な。なんで甲冑姿になって出てきたかわからんが。あの臭い線香のせいか?おまえ、あれ違法なやつじゃなだろうな?」
「合法っすよ多分。てか、いつもあんな姿じゃないんすか?」

黒焦げの人型がカウンターにいる俺たちの方を向いているので、俺は目をそらす。

「宇宙飛行士の格好してる」
「へえ~。そういやエフエフ、奥さんがいるっていってましたね。なんかかわいそう……。別に薔薇なんかなくても家に帰ってやればいいのに。きっと奥さん心配してますよ。でも幽霊だしな~帰っても奥さん、気がつかないかな?」

キイチはアホだ。

「ポリミテ星と地球がどれくらい離れてるのか知ってるのか?」
「いやしらないっす」
「千光年」
「こうねん?なにそれ!」
「光の速さで千年かかる距離だ」
「はあ?!千年!じゃあ奥さんは」

たとえポリミテ星人の船が光速で進もうと、ここにたどり着く頃には千年経っている。ポリミテ星人の平均寿命なんかWikipediaにも乗っていない。だが人間と近い姿と生態なら、きっと人間と同じぐらいじゃないかと俺は思う。

「とっくに死んでる。それにポリミテ星ももう無い」
「ない!?」
「近くの恒星の膨張に巻き込まれて消滅したんだよ……。ここに墜落したポリミテの宇宙船は移住先を探してたってハナシだ」
「どういうこと?恒星ってなに?」
「太陽。太陽みたいな自力で光ってる星が寿命を迎えると膨らむんだ。そんで周りを回ってる地球みたいな星を飲み込んじまう。ポリミテ星の太陽が寿命で膨らんで、ポリミテ星を飲み混んじまったんだ」
「怖!おれらの太陽は大丈夫なんすか?」
「安心しろ。少なくともおまえが生きてる間は大丈夫だ」
「よかった……」

何千年も前。まだ地球人が月にさえ到達していなかった頃にポリミテ星人は宇宙のあちらこちらに移住先を探す船を飛ばしていたという。彼らの努力が実っていくらかはどこかに避難ができたかもしれない。だが、やつの妻とやらが逃げおおせたとしてもきっともう生きてはいない。なんで薔薇なんか欲しがったんだ。生きて再会できる見込みなんかないのに。

「じゃあエフエフはどこに帰ろうとしてるんすか?」
「しらん」
「そんな……」

デイリーヤマギシ モスクワの海店は今日も客が少ない。何時もうるさいキイチが静かになると店内に流れている浮かれたジングルベルの音量が大きく感じる。

「やっぱあいつかわいそうですよ。バラだけでもなんとかならないかな……」

キイチは叱られた犬のような顔をしている。

「そんなこと言ってもな……根っこ付きの薔薇でも渡すか?幽霊に世話ができるとは思えん」
「枯れない……地球に千年前の薔薇とか売ってるんすかね。化石とか?俺とコウジさんの手持ちのカネで買えるかなそれ……」
「千年じゃ化石にはならん……いや!」

俺の鈍った脳に光が差す。もう十数年も経つ小学生時代の理科室の記憶だ。ごそごそと端末をズボンのポケットから出し、『薔薇 石』と入力して検索をかける。

「もしかしてこれのことか?デザートローズ……少なくも枯れはせん」
「すげえ石の薔薇だ!すげえっす!コウジさんさすが!」

キイチが俺の手から携帯端末を奪い取り、拝むように天に掲げる。画像検索欄には満開の薔薇が連なるような形をした砂色の奇石が何枚も写っている。

「でもなんかバラって言うわりには地味っすね……土色っているか砂色。女の人がこんなので喜ぶのかな?もっと綺麗なアクセサリーとか贈った方がいいんじゃ?」

キイチが首をかしげる。

「うるせえ。俺にきくな」
「なんで怒ってんですかコウジさん!」


鷲は降り立った。人類が初めて月にたどり着いたのはWikipediaによると1969年7月20日。出発は7月17日だから月にたどり着くまでに3日もかかったことになる。今では片道18時間程度ですむ。いや18時間もかかる。地球であれば月曜日にコンビニに並ぶ週刊少年ジャンプが、月面では火曜日発売だ。万事がこの有様でそりゃ人口も減る。

あのおかしな幽霊騒ぎで何時もの倍疲れて帰宅し、おれは飯も食わずに寝た。キイチが持ってきた謎の線香の臭いが服に染み付いていて、そのせいか布団の中で嫌な夢を見た。コンビニが宇宙を飛び、なすすべもなく月面に墜落する夢。
疲れを残したまま地球時間の夜になってまた出勤だ。月の昼と夜はそれぞれ15日続くが、そんなものに人間は体を合わせられない。だから居住区『モスクワの海』では地球の東京と同じ時間を採用している。

静かな居住区の上のくすんだ透明ドーム越しに瞬かない星がじっとこちらを見ている。もうすぐクリスマスだっていうのにここには雪も降らない。

深夜帯とはいえ今日も客はほとんど訪れない。この時間に店を開けている意義も見当たらないので、そろそろ時短営業になって俺はクビになるのではないかと思う。キイチのやつはなぜか出勤してこない。電話もつながらない。まあまた寝過ごしだろう。
俺はあらかた雑務を終え、カウンターの内側で携帯端末の液晶画面を人差し指でスクロールしまくっている。
砂漠の薔薇……デザートローズは俺の薄給でも充分購入可能な値段だ。そう珍しい鉱石でもないようだ。

「クソ……どこも送料の方が高い」

石自体が安かろうと、とにかく地球から月までの送料が高額だ。離島料金など目ではない。未練たらしくいくつもの店を確認し、一番送料が安い店のバスケットにデザートローズを一個ぶち込んだものの、俺は購入ボタンを押せないでいる。
相変わらずポリミテ星人の幽霊はこの店内にいる。もう店中を歩き回ることはなく、出入り口の側でおとなしくしている。真っ黒に焦げてひしゃげたヘルメットの方向から、かろうじてコンビニの外を眺めていることがわかる。

「キイチのやつと折半するか……?」

あいつが何とかしてやりたいとか言ったのだ。半分ぐらい払ってもいいはずだ。


俺の口座から高額送料込みの石代が引き落とされてからちょうど一週間、俺は地球からの小包を受け取った。角がひしゃげた両手に乗るほどのサイズの軽い段ボール。送り状には英語で知らない国名から始まる差し出し先の住所が記載されている。知らない国から海路やら空路を通って日本にたどり着いた後、種子島から月にやっと送り出され、そこから月面車にのってモスクワの海の俺のアパートに届いた。……ポリミテ星人ほどではないが長い旅路を通ってきたらしい。

あの騒ぎの翌日からキイチのやつが出勤してこなくなった。全然連絡がつかない。何度も電話をかけてみたが圏外。あいつがよく使っているメッセージ送信アプリなら連絡がつくかと思ったが、あいにく俺はそれをダウンロードしていない。連絡をとる必要がある知り合いがほとんどいないからだ。
さすがに心配になりアパートにも行ってみたがドアには鍵かかっていた。いくら呼び鈴を押しても反応がない。恐ろしくなり警察経由で大家に連絡をとり、鍵を開けてもらったがキイチの姿は見えなかった。
きっちり棚にしまわれた音楽ディスクやら壁に掛かったヘッドホン……あんまり勝手に覗いていいもんでもないだろう。俺は大家にひとこと挨拶してアパートを後にした。

「あんた、まさかキイチを呪ったりしてないだろうな?踏まれた腹いせに……踏んだというか重なった腹いせに」

丑三つ時、俺は出入り口の側でたたずむポリミテ星人の影に問いかけてみる。祟りの線を疑ってみたが、ポリミテ星人は身じろぎの一つもしない。

「ほら、あんたが欲しがってた千年の薔薇はこれか?あってるか?」

地球から届いたばかりのデザートローズ、三つの花ひらいた薔薇が肩を寄せ合っているような形の石をポリミテ星人の黒い顔の前で振ってみるが、何の反応もない。
デザートローズなど用意してしまったが、あの晩の騒ぎはこいつとは何も関係なく、ただキイチが持ってきた怪しい線香による幻覚だった可能性も充分あるのだ。

「どうすんだこれ……」

ピンポーンと自動扉が安いチャイムを鳴らしながら開く、俺は脊髄反射でそちらの方を振り返り「イラッシャイマセ-!」と口にした。入り口の足拭きマットの上にキイチがへらへら笑いながら立っている。

「ちょっと地球行って買ってきました!」

キイチは俺に紙袋をおしつける。二重に重ねられた紙袋の中にはごろごろといくつものデザートローズが無造作に入っていた。

「いや~俺、地球に行ったのはじめてっす。めっちゃ遠かった。あとクソ寒かった!」

ぶかぶかのパーカーに色あせたデニムズボン。防寒はマフラーのみ足下はサンダルという、それこそ月面のコンビニに行くような格好でキイチは地球行きのシャトルに乗ったらしい。12月の地球の北半球に降り立つというのに。

「おまえ地球行きのチケット代はどうしたんだよ……」
「……やばかったっす。もう有り金全部はたいてなんとか……いやちょっと足んなかったから先輩に借りました!はは、明日からどうしよ」

ぐうとキイチの腹が鳴る。ホリデーシーズンも近い12月の地球行きシャトルの往復チケットはこのコンビニで深夜週五日働いて約一ヶ月分だ。キイチは馬鹿だ。

紙袋はずっしりと重い。俺は自分で買った、たった一個のデザートローズをそっとエプロンのポケットにしまった。キイチはへへ……と笑いながらパーカーの前ポケットから紙で束ねられた紫色の線香と百円ライターを取り出した。

「待て!ちょっと待て!まだ火をつけるなよ」

俺はそっと紙袋を床に置き、ポリミテ星人の横を通ってバックヤードに走る。乱雑に積み上げられたキャンペーン販促セットの段ボールをかき分け、真っ白な陶器の皿を取り出した。ヤマギシ秋のゲルパン祭りの賞品であるサラダボールのサンプル品だ。

「こいつの上で火をつけろ!」
「オッケーっす!」

キイチが線香に火をつけ皿に置く。もくもくと噴き出す煙が目にしみた。俺は皿ごと線香を幽霊の足下に置いた。瞬きするまもなく、その場に西洋甲冑が立ち尽くしていた。

「おお……千年の薔薇は見つかっただろうか?」
「いっぱい買ってきたぜ!奥さんによろしくな!」

キイチは紙袋を拾い上げると胸を張って西洋甲冑に差し出した。小手と革手袋に包まれた手がゆっくりと紙袋を受け取り、中をあらためる。かたかたと石同士がぶつかる小さな音がする。

「大地の息吹だ。なんと美しいカタチ……これが千年の時を耐える薔薇!」
「やった!」

キイチがガッツポーズをする。鎧はなぜか首を傾げた。

「だが……これは散りかけ?」

西洋甲冑がデザートローズを一つ手のひらですくい上げる。薔薇の形をした石は花びらが何枚も欠けていた。

「うっかり空港のエスカレータで紙袋ごと落っことしたのが悪かったかな……?」
「割れ物を紙袋にナマでいれるなよ……」
「すいませんコウジさん……」

気まずそうにキイチが後づさっていく。西洋鎧は欠けたデザートローズを紙袋にそっと戻すと首を左右に振った。

「……散りかけであろうと薔薇は美しい。妻はきっと許してくれるだろう。私はここに長居しすぎてしまったようだ。もう潮時であろう?」
「ま、待ってくれ!少ないがこれならどうだ」

顔も見えない、もう死んでしまったポリミテ星人。俺はポケットにしまっておくつもりだったデザートローズを差しだしてしまった。三つ連なった完全な薔薇の花を。

「コウジさんも用意してたんじゃないですか!つーかそれ、月でも買えたんです?!」
「その話は後でしてやる!なあこれで心残り無く帰れるか」
「……十分だ。感謝する」

がさがさと毛羽だった革手袋がそっと薔薇を受け取る。デザートローズの表面のざらついた砂粒がバラバラとこぼれ、幽霊の足下のサラダボールの中で煙を吐き続けている線香に降り注いだ。砂がきらきらと輝き出す。

ピンポーン!と自動扉の開放をしめす間抜けな音がした。顔を向けると自動扉の向こうには誰もいない、コンビニの正面の産業道路の向こうに広がる団地の四角いエッジの向こうからあかね色の光が差している。

「こ、コウジさんあれなんすか?!」
「しらん!!」

西洋甲冑が薔薇と紙袋を抱えて、自動扉のほうに歩き出す。あかね色の光の中から白銀の馬が何頭もこちらに向かってくる。その背中には緋色のマントに包まれた西洋甲冑を乗せていた。馬たちは団地の屋上や工場の屋根の上をぴょんぴょんと跳ねながら近づいてくる。先頭の一番大きな馬は誰も乗せず、空の鞍だけを背負っているようだ。

「懐かしき愛馬よ!おお!そして我が団員たちの姿、なぜだ!先に帰還せよ命じたはず!」
「馬?!あの馬おかしくないっすか?」

キイチが悲鳴を上げた。ポリミテ星人の愛馬は全身を白熱灯のように輝かせ、絡みそうな八本の長い足を器用に動かしてコンビニの駐車場に降り立った。黒目のない瞳はねずみ花火のようにパチパチと火花を飛ばしながら主人を見つめ、青いガス火のように揺らめくたてがみをまとった頭をすっと下げた。

「団長!お待ちしておりました!」
「さあ帰りましょう!懐かしいポリミテへ」

同じようなバケツヘルムを被った甲冑姿の人影が何人も、異形の馬から下りてくる。輝く馬たちがいななき、蹄でアスファルトを削るように地面を掻いている。

「お前たち!先に故郷に帰れと言ったはずだ!国で待っているものたちがいるだろう!」
「千年の旅です。ここでの時間など誤差のようなもの。私たちには団長のお力が必要なのです」
「お前たちを導くことができなかった私の力など」
「あなたが導いたからこそ、ここにたどり着けたのです!」

甲冑の一団の中から胸に一つだけ勲章をつけた者が進みでて、ポリミテのニュルゲンの前にひざまずく。そしてニュルゲンの手からからデザートローズが詰まった紙袋を優雅な仕草で受け取った。

「見事な薔薇です……。きっと奥方様もお喜びになります。さあ我々と参りましょう」
「ああ。我らが国へ」

キラキラと輝く砂を振りまく石の薔薇を抱いたまま、ポリミテのニュルゲンは俺とキイチに向きなおった。

「コウジ殿、キイチ殿、深く感謝する。これは礼だ。受け取って欲しい」

ニュルゲンは胸から太陽の形をした勲章を外すと、俺とキイチに一つずつ差し出した。

「うわめっちゃ綺麗だな……」

キイチがつぶやく。シンプルな意匠の勲章は表面が虹のように輝いていた。角度を変えるといくつもの色の輪が現れたり消えたりする。不思議な物質でできている。

「道中気をつけてな……ポリミテのニュルゲン」
「奥さんによろしくな!」

手の中の勲章を握る。キイチはなぜか泣いていた。

「さらばだ。地球と月の友よ」

ニュルゲンを乗せた馬が高くいななき、地面を蹴る。喜びの声をあげる団員たちを乗せた馬がその後を追った。馬たちの足の動きはどんどんと加速し、前へ前へと進んでいく。輝く白銀の毛皮の表面で雷光がバチバチと跳ね、騎士たちの真っ赤なマントの表面もオレンジ色に輝いている。

「あいつら大丈夫かな、ドームの天井にぶつかんないかな」

光の馬たちが天に昇っていく。その輝きでドームの中は地球の真昼のように明るい。夜闇が支配するこの月で、俺は初めて星が浮かばない空を見た。

「大丈夫かな……」

キイチが弱々しくつぶやいている。俺は瞬きすらこらえて光をにらむ。馬たちが塊になって湾曲した透明なドームに頂点にぶち当たった。

真っ白だ。

あまりに強い光に一瞬意識が飛んだ。

「雪?これ雪?」

光り輝く騎士団がいたことが嘘のように、くすんだ透明ドームの向こう側には代わり映えしない闇が広がっている。だがその内側にはふわふわした白いものが舞っている。ゆっくりと降りてくる羽毛に似た物体は、確かに雪に見える。キイチが頭の上で手を叩いて白い浮遊体を捕らえた。

「うわ!溶けた!コウジさん、これ雪っすよね!」
「雪だ、信じられん」

月生まれのキイチは雪など見たことがない。月の疑似天候システムに雪などという手間がかかるシステムは仕込まれていない。

「うわすごいこれ!雪!」

キイチが車一つない駐車場を犬のように走り回っている。雪はゆっくりと地面に降り立つと風に吹き上げられてドームの側壁を伝い、天頂に戻っていく。そしてまた降り注ぐ。まるで巨大なスノードームだ。


ポリミテ星人の幽霊騒ぎからあっという間に日々は過ぎ去り、今日はクリスマスらしい。俺は狭い六畳一間のアパートで袋麺を鍋からすすり、旧式のパソコンで求人サイトを眺めている。あれからコンビニに焼け焦げたポリミテ星人の幽霊は出なくなったのだろうか?知らない。俺とキイチは職務放棄等々で即日クビになったからだ。謎の煙を吸って店の床に転がっていた俺たちをめったにこない客が発見し、警察に通報した。

正直、クビで済んで良かったと思っている。

ニュルゲンの勲章は目覚めると手の中で謎の金属片に変わっていた。アルミのように軽く、見る方向によって虹のように色を変える奇妙な金属だ。なんとなく捨てる気になれず、窓際に置いてある。
机の上で携帯端末がぷるぷる震えだした。俺はちぢれ麺をすするのをやめ、端末に手を伸ばす。キイチだ。出なければよかった。

「コウジさん!ライン!ちゃんと見てくださいよ~!なんで既読つかないんすか!」
「なんの用だ」
「コウジさんの話をクラブでしたんすよ。そしたらめっちゃウケて……」
「人を勝手に酒の肴にするな」
「先輩が連れてこいってうるさいんすよ」
「絶対に行かん」

通話を一方的に切る。すぐにピンポンピンポンピピピピピンポォンと呼び鈴が鳴り響いた。

「やめろ!近所迷惑だ!ここを追い出されたら行くところがねえんだよ俺は!」

このアパートにはチェーンロックすらない。俺はやむなくドアを少し開け、顔を出した。髪を桃色と金から、浮かれた赤と緑の縞に染め変えたキイチが犬のような人なつっこい顔で立っている。

「なんかクラブの便所に女の幽霊が出るらしいんすよ。それがめっちゃかわいいらしくて……俺は見えないんでわかんねーんすけど。先輩が幽霊に惚れちまって話がしたいって。コウジさんなら見えるっしょ。おねがい!助けると思って!」

なるほどこいつはクラブに行く途中らしい。キイチの髪は何かワックス的なもので固められ、缶バッチやらピンバッチがじゃらじゃらついたジャケットを羽織っている。クリスマスだからと言って浮かれ散らかしている。
ふとみると、派手なジャケットの胸辺りにピンバッチに加工された虹色の金属片が輝いていた。

「……」

クラブなんかうるさいし、キイチみたいなやつらがたむろしていると思うと絶対に行きたくない。

「着てく服がない」
「どっかで買えば大丈夫っす!まかしてください」

キイチのアホが胸をはった。

おわり

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?