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テトリタス

 人が死ぬと肉体はとろけて土にしみこんでいくが、魂は肉体を離れて天に昇る。人の形した魂は上昇とともにゆっくりと分解して、その欠片はやがて累積の丘に雪のように降り積もっていく。累積の丘は地球から一番遠いところにあり、砕けた魂の色、黄褐色のなだらかな曲線を描いて何処までも続いている。

 累積の丘どこかでテトロは二本の杭の間に巨大な蜘蛛の巣のような網を張り、分解しきらなかった魂のかたまりが引っかかるのを待っている。つぎはぎだらけ服を着たテトロは杭に寄りかかって座り、正方形のタイルをつなぎ合わせた多角形のオブジェクトを組み合わせては様々な形を作って暇をつぶしている。
 金属同士がぶつかり合う音にテトロは顔を上げた。網にクラゲのような物が引っかかり、網の端に結わえた鈴が鳴っている。テトロがゆっくりと手を伸ばす前に、その側で横たわっていた屈強だが半透明の男が網に引っかかった人間の左側頭部を取り上げた。男は眉をひそめ、右目は睨むように誰ともしれない魂の欠片を見つめている。男の左目は側頭部ごと削り取られたかのように失われている。

「わたしは……を助けなければならない!」

 魂の声はその一部が欠損している。男は手の中の左側頭部を自分の欠けた頭に押し当てた。

「わたしは柴犬ふかふかの尻……違う!」

 男がなじまない左側頭部をもぎり捨てるとテトロがそれを拾い上げ、小さくちぎってガラスの破片のような小さな牙が並ぶ口に入れた。甘みあるよい魂の味にテトロは微笑み、もう一度ちぎって大きい方の欠片を男に差し出すが、男はいらんと一喝する。

「テトロよ!そんな物が食えるか!わたしが食べたいのは……」

 空白だ。名前はおろか味すら思い出せない。男は大きく首を横に振った。テトロは困ったように首を傾げる。二人の上に灰色の影が落ちた。魂の細雪の間から背骨がはみ出たマッコウクジラの鈍くきらめく上半身が落ちてくる。
 
つづく

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