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ナボコフ 詩抄 (32) Translated by Toshiya Kawamitsu

  リリス


わたしは 死んだ アイオロス
灰色 通りに 吹きつけて
シャッター沿いには オオカエデ
わたしは 歩く ファウヌスと
牧神 ひとり 見つけだす
楽園にいると 確信し
顔を かくして 太陽は
火花 ちらして 腕をあげ
出口に立って 赤裸々に
少女が ひとり 存在し
巻き毛に スイレン しとやかに
やさしく 胸に 花は咲き
地上の春を 思い出す
川辺のハンノキ すかし 見る
粉屋の娘 もう 近い
かるい足どり 水面から
はなれて こがね 雲にのり
昨日の夜に 殺されて
その日と同じ ドレス 着て
くま手は 肉食 きら きら と
リリスに わたし 近づいた
みどりのひとみで 肩越しに
ふりかえるとき 火に のまれ
灰となる 部屋 すみのほう
毛足の長いソファ ワイン
ザクロ フレスコ 壁いっぱい
つめたい指が 残り火を
残り火 無邪気に つまみあげ
わたしと いっしょに 来なさい と
ゆったり 歓喜の 身のこなし
つばさのように ひざ ひらき
なんて きれいで かぐわしい
見あげた 彼女の 赤い顔
腰を ひとつき つらぬいた
串ざしになる 幼年期
ヘビのなかのヘビ 皿の皿
予感は 高鳴る 胸の奥
ことばにならない よろこびに
彼女は 手をひき あとずさる
両足 そろえて ベール ひき
体 よじらせ 足までも
かくして ひとり 残されて
奇妙な風が 背中 押し
ふるえて さけぶ 入れさせて
だけど わたしは ちりのなか
立ちつくす 外 子供 泣き
じっと見ていた 脈 鼓動
ヤギのひずめと 銅 まげて
人は 集まる 入れさせて
わたしは さけぶ 入れさせて
そうでなければ 狂わせて
ドアは とざされ くるしくて
痛くて 種を こぼしたら
わたしは 地獄にいると知る

Lilith
Translated by Toshiya Kawamitsu


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