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21世紀のサンバ・ソウル〜ファンク

この記事は、namaoziさん主催の楽曲オタク Advent Calendar 2020_15日目の記事です。
ここまでの音楽語り記事もそれぞれの視点がとても興味深く、毎日更新を楽しみにしていました。記事執筆の機会をいただいたことに感謝です!


はじめに

初めまして。奴.a.k.a. sendaguinha(やっこ a.k.a. せんだぎーにゃ)と申します。普段はブラジル音楽中心にラテンアメリカ音楽を聴いてまして、あとベネズエラ音楽を歌ったり、DJをやったり。

今年はコロナの関係で楽しみにしていたライヴやフェスがほとんど中止になり、部屋の中で過ごす時間が多かったわけですが、そんな中、家でライヴ感を味わったり、DJの選曲をイメージしたりする中でよく聴いていたのが、今回紹介するサンバ・ソウル、サンバ・ファンクというジャンルの音楽です。


サンバ・ソウルって?サンバ・ファンクって?

サンバといえば、リオ・デ・ジャネイロや浅草の大規模なカーニバルの印象から、大人数で華やかなダンサーが沢山いて、打楽器が沢山あって、、、という印象が強いかもしれません。確かにそうした大掛かりなパレードで演奏するスタイルもサンバの重要な一類系なのですが、少人数で演奏するスタイルもあり、ロック、ソウル、ファンク、ジャズ、ヒップホップなど他のジャンルと融合したり、その展開を見ていくだけでもむちゃむちゃ幅広い(*)。

(*)サンバがどのように成立し、またそれがどのようにブラジルの国民音楽となっていくかについては様々な研究がありますが、もっとも一般的な立場は、奴隷として連れてこられたアフリカ系の太鼓歌や儀式のリズム、ヨーロッパ系の室内楽の影響のもと都市部で演奏されていたショーロなどのジャンルが融合し、成立したというものでしょう。1930年の軍事クーデターによるヴァルガス政権成立後、国民統合の象徴としての国民文化の形成が急務であり、アフリカ系・ヨーロッパ系文化の混交によって都市部で生まれたサンバがそのニーズに合致、ラジオ時代の到来を機に一気にブラジルの国民的音楽となっていったという経緯があり、このあたりの歴史については「ミステリー・オブ・サンバ」などに詳しいです。

その歴史とスタイルの変遷を追っていくだけでも記事が何本も書けてしまいそうですが、今回のテーマであるサンバ・ソウルサンバ・ファンクに話を戻すと、そのルーツとなるのは1970年代、(公民権運動に端を発する黒人文化のエンパワメントの波を背景に)アメリカのソウルやファンクの影響を消化し、ブラジル音楽の中で表現しようとした一連のアーティスト達の音楽です。駆け足で紹介していくと、


サンバの内なるアフリカ性を追求した結果、徐々にアフロファンク的な世界観にも接近していったJorge Benjor(ジョルジ・ベンジョール)。セルジオ・メンデスのカバーにより世界的なヒットとなった”Mas Que Nada”でも知られます。


アメリカ留学経験で得たフィーリングをブラジル音楽シーンに注入、ブラジルにおけるソウルの第一人者、Tim Maia(チン・マイア)


1970年代に結成され、ブラジルにおけるファンクの代表的存在であるBanda Black Rio


など。いずれも今なお引用される強度があります。


21世紀のサンバ・ソウル〜ファンク

さて、ここからが本題。
21世紀のサンバ・ソウル〜ファンクは、先ほど挙げたアーティストなどの影響を消化しつつ現代的なサウンドを取り入れており、とても興味深いシーンが形成されています。
(どこまで入れていいのかと悩みつつ、)推薦したい曲とアーティストを紹介していきます!


Burguesinha / Seu Jorge

まずはこのジャンルを語る上で、セウ・ジョルジを欠かすことはできないでしょう。

彼はリオデジャネイロのファベーラ(スラム街)の出身。抗争で弟を亡くしてから7年間の路上生活を経験するなど過酷な時期を経て、演劇グループを経て音楽活動を開始。以後、俳優としても(*)ミュージシャンとしても国際的な成功を収め、2012年ロンドン・オリンピック閉会式、2016年リオ・パラリンピックの閉会式でパフォーマンスするなど、このジャンルのみならず、21世紀のブラジル音楽を代表する一人と言えます。

音楽的には先述のジョルジ・ベンジョールの影響を強く受けたスタイルで、彼が確立した弦のカッティングを中心にグルーヴを表現するスタイルをより現代的に進化させています。

(*)俳優としては、ファベーラの過酷な現実を描きアカデミー賞にもノミネートされた『シティ・オブ・ゴッド(2002年ブラジル製作。原題”Cidade de Deus”)』や、作中でデヴィッド・ボウイの曲をカバーした『ライフ・アクアティック(2004年アメリカ製作。原題”The Life Aquatic with Steve Zissou”)』など、こちらでもキャリアを積み重ねています。

今回紹介したい一曲は、そんな2008年作”América Brasil”からの一曲(動画はライブ)。口ずさみやすくて耳に残るシンプルなフレーズ「ブゲジニャ、ブゲジニャ...」、Godinによる小気味好いカッティングとバンドのグルーヴ、お客さんも気持ちよく踊っていて、ステージパフォーマンスも一体感があるし、多分この会場にいたら多幸感で倒れるんじゃないかというぐらいハッピーな雰囲気。ですが、よくよく歌詞の内容を読み解いていくとなかなか一筋縄では行かないことが分かってきます。

実際、僕も最初は単にハッピーでロマンティックな曲だと思って(上記のようなキャリアを辿ってきた彼が、そしてシリアスな曲調が多い彼にしては珍しいなと若干の違和感を覚えつつ)聴いていたのですが、“Burguesinha”Bourgeois、つまり「ブルジョア娘」だと気づいた瞬間、あっと声を上げてしまいました。

Vai no cabeleireiro 彼女は出かけて行く、ヘアサロンへ
No esteticista エステ店へ
Malha o dia inteiro 一日なんにもせず過ごし
Vida de artista 芸術家を気取って絵を描く

Saca dinheiro 彼女は金を引き出す
Vai de motorista スポーツカーを
Com seu carro esporte 自ら運転して
Vai zoar na pista サーキットを騒がせる

Burguesinha, burguesinha ブルジョア娘、ブルジョア娘、
Tem o que quer 欲しいモノは何でも手に入る
(訳はライナーノーツの国安真奈氏によるもの)

この曲は、ファベーラの出である彼が、何でも手に入る「ブルジョア娘」を通して貧富の差を皮肉った歌だったのです。それを踏まえて改めて曲を聴いてみると、夢見るようなメロディと二重写しにされるブラジル社会への批評性が浮かび上がってきます。
というか、よくよく振り返ってみればアルバム中のこの曲は”Trabalhador”(労働者)と連続する位置に置かれており、その意図するところは明らか過ぎるほどだったのですが。。。表層的なイメージだけでなく、歌詞やその曲が置かれた文脈を踏まえて聴かないと痛い目に会うこともあることをつくづく痛感しました。


Meu iê iê iê / João Sabía


筆者一押しのリオデジャネイロ出身のSSW。小粋でソウルフルなサンバランソの路線から、ドリーミーな空気を漂わせるアコースティックなソウルまで、リオの街のポピュラー音楽文化の豊かさを伝えてくれます。
この人の歌の素敵なところは粋だけれどもキメ過ぎない普段着の暖かさが感じられるところで、例えばジャック・ジョンソンのようなサーフミュージックや、コリーヌ・ベイリー・レイの1stのようなオーガニック・ソウルが好みの人にもアピールするサウンドかと。

オススメのアルバムは2014年の3rd “Nossa Copacabana”(僕らのコパカバーナ)。彼の出身地であり、リオを代表する海岸地区であるコパカバーナを行き交う人々の人生がアルバムを通して綴られます。全体に賑やかさが少し収まった夕暮れ時のビーチの雰囲気が漂っていて、暖かさと切なさが胸にくる作品です。

その中でも"Meu iê iê iê"は泣ける。 "iê iê iê"はそのまま"Yeah Yeah Yeah”、60年代にブラジルを席巻したロックのムーヴメントの名前ですが、ラジオを聴きながら、といったノルタルジーを喚起させるフレーズと、愛しい人を失った歌の主人公の言葉にならない心の叫びが二重に写し出され、暖かみがありちょっと切ないメロディと相まって涙腺にきます。今年一番聴いた曲かもしれない


Eu já notei / Paula Lima

このジャンルの女性シンガー代表とも言える、サンパウロ出身のパウラ・リマ。最近はタレント発掘番組"ブラジリアン・アイドル"の審査員を務めたり、サンバのルーツを探求したりしていますが、キャリア初期にジョルジ・ベンジョールのバンドでコーラスをしていたように、サンバ・ソウルがそのキャリアの中心です。
2006年”Sinceramente”からのこの曲はクラブで流しても映えそうなカッコいいサウンド。


Vício Perfeito / Clube do Balanço

このバンドはこの記事を書き始めてから見つけたんですが、軽妙なサンパウロのサンバのエッセンスを現代的なセンスで表現していて素晴らしいです!キャリア自体は90年代からあるようなので、上記のジョアン・サビアもこの系譜にあるのかも。
2014年作”Menina da Janela”収録のこの曲はメロディも美しく、とてもツボです。


Smile / Ed Motta

エヂ・モッタは1980年代デビューだし、この曲は英語詞だしで迷ったんですが、2013年に”AOR”という名盤を残しているのでここで紹介。
彼は先ほど紹介したブラジルにおけるソウルミュージックの祖チン・マイアの甥で、デビュー以後その音楽性の正当な後継者として活躍しています。
正直に申し上げると、この人の作品で一番好きな作品は”Manuel Práctico Para Festas, Bailes e Afins, Vol.1”(1997)か”As Segundas Intençoes do Manuel”(2000)と20世紀の作品なのですが、”AOR”はそのものズバリAORをテーマにした作品で、全体にモロにスティーリー・ダンが香る。ブラジル音楽の文脈というより、シティポップや70年代リバイバルの文脈の中で聴かれるべき作品かもしれません。


Minha casa / Daniel Carlomagno

近年はチェンバー・ポップ的な方向性に踏み出していますが、2001年のセルフタイトル作はマルコス・ヴァーリなどシティ系の影響が強く、メロディやシンセの使い方にスティーヴィー・ワンダーの影響も感じます。
"Minha Casa"はぶっといシンセベースに重なるコーラスとギターのカッティングがカッコいい一曲。


Sublime / Gal Costa

ガル・コスタは60年代のデビュー以降、ブラジルを代表する歌手として主にMPB畑で活躍してきた押しも押されぬ大御所ですが、そんな彼女が2018年、72歳にしてリリースした”A Pele do Futuro”は70年代のソウル・ミュージックに寄せた作品。しかし懐古趣味なんて趣きは全くなく、21世紀デビューの若い作曲家の曲を多く採用した挑戦的な一枚。

アルバムの冒頭を飾る”Sublime”は、芸歴50年を超えてなお力強さを増すガルのパワフルな歌声とグルーヴィーなトラックが印象的な作品。作者のDani Blackは2000年代に頭角を表したサンパウロのNovos Compositores(新しい作曲家たち)と称される新世代の作曲家集団の中から頭角を現した俊英で、現代ブラジルを代表するシンガー・ソングライター集団によるバンド5 a secoの元メンバーでもあります。

このアルバムは他にもSilva, Tim Bernardes, Paulinho Moska, Marília Mendonça, Adriana Calcanhottoといった若手〜中堅からGilberto Gil, Djavan, Erasmo Carlosといったレジェンドまで幅広い作家を取り上げており、作家のショーケースとしても一級品。取り上げられた作家を追っていくだけでブラジルポピュラー音楽の伝統・現在・未来を俯瞰できるという点でも優れた作品です。


Imagem em mim / Bruna Mendez

内陸部の都市ゴイアニア出身の注目アーティスト。2020年”Corpo Posível”は電子音のスペースの中に声が浮かんではたゆたうサウンドで、The InternetToro y Moiが好きな人にもおすすめ。

音の系譜的にもサンバ・ソウルというより同時代の欧米のエレクトロ、R&Bに連なるサウンドで、一見ブラジル音楽の要素は見えにくいですが、2020年代のサウンドを予見する作品になりうるかと思い選出しました。
”Imagem em mim”にはブラジル的なメロディ感を感じるかも。


ここまで駆け足で紹介してきましたが、この記事が皆様にとってもブラジル音楽への入口になってもらえれば嬉しいです!