西園寺命記~拾ノ巻~ その22(終)
* * *
紫装束の男性に声をかけられた紗由は、彼の姿をじっと見つめると言った。
「おにいさんは…布でお顔が見えませんけど、紗由の知ってる人ですね?」
「ノーコメントだな」笑う男性。
「あ…! わかった!」
「わかったんだ」苦笑いする男性。
「えーと、何て呼べばいいんですか?」
「奥の君と呼ばれてる」
「ふうん。もったいぶったお名前ですねえ」
紗由が鼻で笑うと、奥の君は少々不機嫌そうに答えた。
「そういう立場なものでね」
「そうだ。それ、見せてください」
紗由は奥の君が差し出したものを点検しながら聞く。
「何でこれが紗由のさがしものだと思ったんですか?」
「キラキラしてたから、かな」
「おいしそうだから、って言うかと思った」笑う紗由。
「これ、美味しそうかい?」
「卵のカケラだから、卵でしょ? おいしいに決まってます!」
「そうだね」楽しそうに笑う男性。
「たぶんこれ、紗由がさがしていたものです。どんどんキラキラしてくるし」
男性から差し出されたものを受け取り、ポーチに入れる紗由。
「そう。それはよかった。じゃあ」男性は踵を返して歩き出す。
「またね!…××」
紗由の声はそこで、ビューっと吹いて来た突風にかき消された。
「ああ…××」
振り返った男性の答えもかき消されるが、二人は笑顔で別れた。
* * *
赤子流怒の儀式が終わった後、誠が追った男性は、池の傍まで淡々と歩いて行く。
それを追った誠と、誠に抱かれた凛は、すぐに追いついた。
凛は、眉間にしわを寄せたまま両手を彼に向かって伸ばしている。
「ごめんね……君が欲しいものは、さ……西園寺の姫が持っているんだ」
「君はまさか……」
誠の言葉を遮るように、紫装束の男性は、その袖を大きく振った。
辺り一面に吹き渡る突風。
凛をかばうように彼に背中を向けて体を丸める誠。
「凛…大丈夫か…」
風が止んだ時、紫装束の男性の姿は消えていた。
そして、さっきまで険しい表情だった凛が、笑みを浮かべている。
「紗由ちゃんに会いに行こうか」
誠の言葉に、凛はきゃっきゃと笑った。
* * *
誠は、配られたお菓子を食べている子供たちのもとに急いだ。
だが、紗由の姿が見当たらない。
「紗由ちゃんは…?」
誠が尋ねると充が答えた。
「蔵に行ったでござる。師匠は後片付けがあるゆえ、その手伝いに」
「そうか。ありがとう」
「あの…紗由ちゃんから伝言がございます…」
立ち去ろうとした時、史緒の声に振り向く誠。
「伝言?」
「“宅急便で送りましたから”だそうです」
「宅急便?」
「ポーチを宅急便やさんにわたしてたよね」真里菜が言う。
「キラキラしてました。外側からでもわかりました」微笑む奏子。
「“15年後に届きます”だそうです」伝言を追加する史緒。
「え?」
誠は戸惑い、子供たちを見つめた。
* * *
蔵の中では、飛呂之と翔太だけでなく、鈴音や光彦も道具を片づけていた。
紗由は蔵の中にはいたものの、道具の片付けではなく、蔵の中を掃き掃除している。
どうやら、道具に関することは、旅館の人間でないとできないらしい。
「翔太。あとはやるから、もういいぞ」
飛呂之が声を掛けると、翔太は難しい顔で答えた。
「せめて、これくらい、させてもらわんと…カケラの問題片付いておらんし…」
「それなら、かたづきましたよ!」紗由がニッコリ笑う。
「え?」
「カケラは集めて、宅急便でおくりました」
「どこにや?」
「15年後のここに」
「はあ?」
「あたまの中でおばあさまに相談したら、必要なところにとどけなさいって言われました」
「それが15年後なん?」
「さいしょはね…いま凛くんにあげるのかとおもってたんです」
「そうしなかったんは、なんでや」
「凛くんは、うけとるのが、あんまりじょうずじゃありません。だから、黄龍さまに気をいただいても、たいへんなことになりました」
「カケラいうのは、力があるもんなんか、紗由ちゃんから見て」
「翔太くんだったら、すんごいピカピカって言いますね」
「青龍さまの卵のカケラやったら、その力が今行くのは、凛くんのところがええんやないんか?」
「もっと向こうがいいって」
「誰が言うたん? 命さまか?」
「紗由の…とってもたいせつな人」
紗由はキラキラした笑顔で、翔太に微笑んだ。
* * *
祭の後片付けが一通り済んだ翔太は、池のほとりに出向いていた。
「心配は無用じゃ」
青龍に言われ、複雑な表情の翔太。
「凛くんのを吸う時…かなりお疲れになったんちゃいますか」
「誰の怒りであれ、相手を疲弊させる。それは神も人間も同じこと」
「今回の凛くんは事情が特殊いいますか…」
「事実と、それに対する解釈を区別せよ」
「は、はい…」
「黄龍さまとの戦いで我は疲弊した。それは事実。凛は黄龍さまの采配によって命を一度失い、獣神たちの力によって命を復活した。それも事実。だが…」
「だが…?」
「その先、こうなるのではという懸念はすべて、そなたたちの解釈。そして解釈は未来の事実を作る」
「では、僕が今の青龍さまを、元気だ、大丈夫と解釈すれば、そうなるいうことですか?」
「然り」
「では、そういたします。青龍さまは、いつまでもお元気に清流旅館をお守りくださいます!」
「よかろう……我はいっとき伊勢に帰るとする。次なる龍が生まれしは…」
青龍が言いかけた時、強い風と共に、青龍の背後に黄龍が現れた。
「黄龍さま…!」
黄龍は驚く翔太に近づき、その髭で翔太の頭を撫でた。
「そなたたちは、カケラを追い続けるがよい。我らはそれを見守ろうぞ」
黄龍のその言葉に、翔太はわけもわからず、ただ頭を下げた。
* * *
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