西園寺命記~青龍ノ巻4~その1
* * *
『拾ノ巻』を読み終えたミコトとメイは、しばし考え込んでいた。
「ねえ、ミコトさん。紗由さんが清流旅館に送った“カケラ”を集めたものは、紗由さんたちが大学生の時に受け取ったっていうことよね?」
メイは『拾ノ巻』の終わりのほうを開き、指さした。
「そうだね。でも、その頃の話、『紗由・翔太之巻』には、カケラに関する記述はなかったような…」
腕組みして天井を見上げるミコト。
「そもそも、カケラは誰が受け取ったのかしら…」
「清流宛てだから翔太じいちゃんじゃないのかな」
「そうかしら。清流にはいろんな人が来るのよね。紗由さんや探偵事務所の人たち、龍おじさん…華織さんだってまだご存命だったでしょ?」
「そう言われればそうだね」
「一条家の人だって来たかもしれないし」
「送った本人のばあちゃんかなあ」
「そうだわ!」いきなり立ち上がるメイ。
「どう…したの」
「神箒の入っている宝箱、あの中にポシェットがあったはず。ミコトさんは、そこからシルクの布を取り出して、神箒を拭いてたわ」
「ああ…」ミコトが大きく頷いた。「あったよ、ポシェット」
「…ていうことは、ミコトさん、カケラの力を浴びちゃってない?」
「え…。でも、だったら、俺の力、開いていてもいいんじゃないの」
「一回開きかけていたような…あー、でもあれは宝箱を開ける前だし…」
「もし、ばあちゃんが受け取ったんなら、きっと取扱説明書を作っておくと思うんだよなあ。モノは誰にでもわかるように整理するっていう人だったから」
「それらしきもの入ってた?」
「いや。箱の中にはなかったよ」
「遺品の整理、なさったんでしょ?」
「遺品の中にもなかったと思う。あれば祭が気づくだろうし…」
「どこかに預けてあるとか?」
その時、部屋に入って来たのは龍だった。
二人の読書の進み具合が気になっていたらしい。
「どうだい。読み終わったかい」
「はい」メイが答えた。「でも、またいろいろ疑問が出てきちゃって…」
「そうだ。おじさん、ばあちゃんから何か預かってたものはないですか」
「預かったというか…紗由は私の家に…まあ、紗由の家でもあった場所で、紗由の部屋はずっとそのままだった。
時々遊びに来ては、物を出し入れしてたようだが…」
「その部屋に関しては遺品整理はされてないんですか?」メイが尋ねる。
「そのままだよ」
「その部屋、見せてもらっていいですか」
「かまわないよ。明日、清流に戻る前に立ち寄ろう」
龍はニッコリ微笑んだ。
* * *
翌日、ミコトとメイは、龍に連れられ、龍の自宅に向かった。
「せっかくだから、裏から行こうか」
「裏?」不思議そうなミコトとメイ。
「隣の敷地にある西園寺涼一研究所と、地下道でつながってるんだよ、うちは」
「へえ…知らなかった」
西園寺涼一研究所は、龍と紗由の父、涼一の研究所だった。
広い玄関ロビーの隅には、画用紙サイズの額縁がいくつか飾られている。
真ん中の額縁には、ひらがなで“さいおんじりょういちけんきゅうじょ”の文字と、建物の絵が描かれていた。
「これは…?」
「紗由が書いたものだよ。とうさまの誕生日にプレゼントしたんだ。とうさまがいっぱい研究できるようにって」
「うわあ…俺だったら絶対に泣く」
「うれしかったでしょうねえ…本当に建てちゃうのもすごいし」
「とうさまは研究に行き詰ると、これを見て、自分を励ましていたみたいだった」懐かしそうに微笑む龍。
「自分の研究室じゃなくて、ここに飾ってあるのは何でですか?」ミコトが尋ねる。
「みんなに紗由からのプレゼントを自慢したいから」
「かわいい…」クックと笑うメイ。
「こっちだよ」
龍は奥にある鉄の扉を開けて、階段を下りて行った。途中の踊り場のところにまた扉があったが、龍が開けたのはその扉ではなく、その横の壁だった。
壁をずらすと、もうひとつの扉が現れ、龍はそれを押し開いた。
「私も入るのは一年ぶりぐらいだなあ」
中は2メートルほどの高さの通路だった。
壁にはところどころ凹んでいて、そのスペースが棚になっている。
「ここは、紗由が若い頃から、考え事をするときによく使っていた場所だ。壁にいくつか棚があるから、それも見るといい」
ミコトは、龍に言われる前から、棚の物を手に取っていた。
「この、青龍のぬいぐるみって…」
「ドラゴちゃんじゃないかしら!」
「俺のぬいぐるみと同じデザインだ…」
「しゃべるかしら、“イイモノ、ヤル”って」うふふと笑うメイ。
「ドラゴちゃんにカケラ残ってるのかなあ?」
「紗由さんが集めて宅配便で送った時、ドラゴちゃんは弟龍さまが持っていたのよね?」
「そうだね。どうしてここにあるんだろう」
「“ジブンデ、キタ”」
「わっ!!」
「しゃべったわ…!」
「龍おじさん…」ミコトはドラゴちゃんを撫でながら聞く。「ドラゴちゃんを清流に持って行ったらだめですか?」
「いいよ。ここにあるのは紗由のものだし」
「ミコトさん。この棚…後ろが開くわ」
メイは、ドラゴちゃんが置いてあった後ろの壁を押し開けた。
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