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西園寺命記~拾ノ巻~ その1

 いよいよ、久永社の雑誌企画「ベイビーサーチャーズ」の撮影が始まることとなった。

 かわいい赤ちゃんたちが、おしゃれな洋服探して探検するというCMムービーである。久永社の通販部門で売っている子供服を宣伝するのが目的だ。

 撮影場所に選ばれた四辻八角堂は、八角形の建物のうち、6面が窓になっており、自然の光が屋内に入るため、撮影にはもってこいの場所だった。

 撮影ディレクターを務める高橋進が、一同に説明を始める。

「まずは、撮影の前にお着換えでーす。まーくん、まこちゃん、華音ちゃ~ん」

「はい!」元気に返事をする聖人と真琴。

 そして、「うーたん!」と手を挙げる華音。

「はーい。みんな、いいお返事ですねえ」小指を立てながら、微笑む高橋進。

「それでは、スタイリストさんとヘアメイクさん、あちらの控室風ブースのほうで、お子ちゃまたちのお着換えとお仕度、お願いしまーす」

「はい。作業入ります」

 久永社から先ほど到着した、雑誌の専属スタイリストの女性が、子供たちの前でパペットを動かしながら、ブースへと誘導していく。

 別の若い男性も、子供たちの後からブースへと向かって行く。

「あの男性、ヘアメイクさん? 夕紀菜さん、今回はヘアメイクしないの?」四辻響子が尋ねた。

 聞かれた久我夕紀菜は、うふふと笑う。

「今回、外してもらったの。せいちゃんも出るし…」ベビーベッドで寝ている、甥っ子の星也を遠目に眺める夕紀菜。

「スタッフさんだと、ゆっくり眺めているわけにもいかないわね、確かに」

「それにほら、真里菜がいろいろダメ出ししそうだから、スタッフさんたちの御機嫌うかがいなんかもね…」

「大変ねえ。久永社社長の娘にして、雑誌編集長の妻、そして影の実力者ディレクターの母親としては」響子がケラケラと笑う。

「生意気に見えると思うけど、真里菜は悪気はないの。先々…20年後くらいに、その辺、よろしくお願いします」ぺこりと頭を下げる夕紀菜。

「私、真里菜ちゃんのはっきりしたところ大好きよ」微笑む響子。「的を射ているし、無駄がないし、ビジネスのセンス抜群よねえ、あの年で」

「ありがとう。将来のお姑さんが優しい人で本当によかったわ」

 夕紀菜が嬉しそうに笑って、娘の真里菜のいるほうを見ると、ちょうど進と真里菜が話をしているところだった。

「進子おねえさん。せいちゃんのお洋服はピンクでお願いします」

「ピンク? 咲耶ちゃんじゃなくて、星也くんを?」

「はい。咲耶ちゃんは白がいいと思います。大斗くんは水色」

「凛くんは?」

「まりりんは、グリーンが似合うと思うんだけど…」腕組みして考え込む真里菜。

「思うんだけど?」

「黄色にしないといけないような“匂い”がするの」

「うーん…」同じく考え込む進。「まりりんちゃんのお鼻を信じましょう。凛くんはレモン色ね」

「せいちゃんは、色が白くて、ぼんやりしたお顔でしょ? うちの俊おじちゃまとか、大地おにいちゃまとかの感じ。ああいうお顔は、かわいい色が似あうの」

「そうねえ。賛成だわ、まりりんちゃん。そうしましょう!」

 二人の様子を心配そうに眺める夕紀菜の肩をポンポンと叩く響子。

「大丈夫よ」

「そうね…そうそう。赤ちゃんたちの着替えを頼まれてるんだったわ。色が決まったら、さっそく支度しないと」

「手伝おうかしら?」

「大丈夫。りおちゃんと一緒にやることになってるから」

 りおちゃんというのは、夕紀菜の妹で星也の母親の梨緒菜だ。

「そう。じゃあ私は奏子たちのほうに行ってるわね」

 響子は手を振りながら、その場を離れた。

 途中、ベビーベッドが置かれているエリアを通る。

 ふと、奇妙な空気を感じる響子。

“獣神様の気配…?”

 響子は、振り返りながら通り過ぎると、その視線の先に、ベビーベッドで眠っている凛を捉えた。

  *  *  *

 真里菜の提案通りの色に赤ちゃんたちが着替え、同時進行で聖人たちの撮影も進み始めていた。

 赤ちゃんたちの様子を見るように言われた梨緒菜は、ベビーベッドスペースにいた。後から、有川恭介の母親、崇子も来る予定だ。

 ベッドは梨緒菜の座る回転いすを中心に、十字型に配置されていた。くるくるとイスを回せば、赤ちゃんたちの様子がすぐにわかるという工夫だ。

「凛くん、ぐっすりおねむりさんねえ」

 微笑む梨緒菜の傍らで微笑んでいたのは、凛の家、一条家の守護神、黄龍だった。

“我が御子は安らかに眠っておる…”

 機嫌よく、凛の様子を探っていく黄龍。

 だが、ふと違和感に気付く。

“一条の先の宮…央司の力が感じられぬ…何故…?”

「あら、せいちゃん、目が覚めちゃったの?…ああ、泣かないで…」星也をなでる梨緒菜。

 黄龍は周囲の気配も探り、華音に目をやる。

“この姫が央司の力のすべてを受け継いでいる…我が御子は、あの若姫に比べ、力が足らぬ…”

 黄龍は、自らの気の塊を凛に一気に流し込んだ。

 数秒後、凛の心臓は止まった。

  *  *  *

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