西園寺命記~拾ノ巻~ その2
* * *
黄龍が自分のしたことの過ちに気付いたのは、そのさらに数分後だった。
“我が御子は…我の力にも耐えられない…?”
その数分の間、“力”のない梨緒菜には、何も察することができなかった。
しかも、龍が危機に陥った一件の後だったため、赤ん坊の周囲には結界が張られ、逆に、黄龍のしたことが、能力者たちに届かずにいた。
そして、“力”のある赤ん坊たちの間では、さまざまな出来事が起こっていた。
黄龍が凛を探っていた時、その気配に最初に反応したのは、奏子から咲耶に与えられた四辻の“封じ石”だった
そして、四辻奏人によって、咲耶の能力開化に準じて能力が開くように設定されていた星也が、その石に反応する。
結果、黄龍が凛に与えた気の幾ばくかを吸い込む星也。
一連の出来事を目の当たりにした大斗。進の次男であり、悠斗の弟である赤ん坊は、思い切り泣き出した。
その声に反応し、駆けつける大斗の母親、未那。
だが、結界の中に入れず、その外で足が止まる。
「…私では入れない……進ちゃん!」
助けを求められた進が、異変を察知し、結界を強制撤回しようとする。
“申し訳ございません、華織さま。緊急事態のようです”
“そうね…凛くんが…”
“結界を解きます”
次の瞬間、大斗に駆け寄り、抱き上げる未那。
梨緒菜が驚き、振り返る。
「何が…あったんですか…?」
その言葉には答えず、大斗をいったんベッドに下ろすと、他の赤ん坊を確認していく未那。
「…凛ちゃんの脈がない…」
甥っ子の心臓マッサージを始める未那。だが、脈が戻る様子はない。
「未那先生…凛ちゃんは…」うろたえる梨緒菜。
汗だくになりマッサージを続ける未那の元に進がやってきた。
「重治先生から連絡があった。先生の別荘…ここから車で5分程度だ。そこに運べと」
「わかったわ!」
未那は凛をそっと抱き上げると、入口へと向かった。
* * *
進が、赤ん坊たちの周囲の結界を解くと、まず、龍、翼、充、大地の4人が反応した。
「凛くんが…これは…大地の担当だな」
「未那どのが応急処置をしているようでござるが」
移動する龍、充、大地を、翼が留める。
「“石”が、近づくなと言ってる…」
「どういうこと?」
「奏子が咲耶ちゃんにあげた、四辻の封じ石が、今、頑張ってる最中なんだ。他の子たちに影響が及ばないように」
「集中して作業に当たらせたほうがいいでござるな」
「あ…未那先生たちが出て行くよ」大地が入口を指さす。
“龍、よく聞いて”
“おばあさま…!”
“凛くんを重治先生のところに連れて行きます。私と央司さん、進ちゃん、未那ちゃん、誠さん、麻那ちゃん、そして風馬、澪ちゃん、華音は、ここを離れます。
だから、後のことをお願いしたいの”
“何をすればいいの?”
“他の人たちの、この出来事に関する記憶を封じてちょうだい”
“それって…おばあさまの力は全部、凛くんのほうに使いたいってことだね”
“それでも足りないかもしれないわ”
“わかった…でも、ちょっと遅かったかも。奏子ちゃんが20個くらいある他の石を全部使ったようだ。これじゃあ、場の記憶を消せない”
“消せる部分だけでいいわ。後で辻褄を合わせます”
“OK”
龍は、自分たちに向かって猛ダッシュしてくる紗由たちに向かって、右手をかざした。
* * *
黄龍は、人間たちの動きを見ながら混乱していた。
“我が御子は…なぜ…?”
黄龍の混乱が強まると、八角堂内の気の流れが竜巻のように激しさを増す。
その様子を見ながら龍は思った。
“この状態を鎮められるのは…”
その時、龍の頭の中に声が響いた。
“これは我ら四神が仕事”
“青龍さま!”
“幼子たちを建物の外へ”
“承知しました…”
* * *
龍の指示で、バーベキューを準備するため、一同は庭先に出ていた。
撮影の準備中ではあったが、龍が機材に“細工”をしたため、先に食事の準備をすることにしたからだ。
真里菜がちょうど、「汚れても、すぐにおちるお洋服だってわかるように、バーベキューの動画もとるといいと思うの」と言ったので、皆、それに従った形だ。
そして、紗由たちがうれしそうに肉や野菜を運んでいる頃、室内ではバトルが繰り広げられていた。
「にいさま…今、地震あった?」
「気のせいだろ」
「ふーん…」腑に落ちない様子の紗由。
その様子を見ながら龍は思った。
“確かに“気”のせいだよ、紗由”
「黄龍さま。お鎮まり下さいませ」
「我が御子は…我が御子はなぜ…」
「黄龍さま!」青龍が他の三神に合図を送る。「致し方ない」
次の瞬間、白虎、朱雀、玄武の三神が、黄龍と青龍の周囲に結界を二重に、六芒星の形に貼り、青龍は黄龍を吸い寄せ自分の体に巻き付けていく。
「何をいたす!」
当然、黄龍は抵抗するが、青龍もありったけの力で応じる。
「あなたさまがこの状態では、一条の血を引く者、一条の力を与えられた者、皆、御子のために治癒の力を使えませぬ!」
「承知…」
ぼんやりと答える黄龍だが、その力は弱まらない。すでに暴走していて、自分でも制御がきかなくなっている。
「青龍!…もう少しだ」
玄武が前足で黄龍を押さえつけると、朱雀は黄龍の気をその羽で吹き飛ばし、白虎がそれを吸い込んでむしゃむしゃとかみ砕いた。
「かたじけない…」
黄龍が、ふわりと青龍から離れると、青龍はその場に崩れ落ちた。
「青龍!」
だが、何とか体を立ち上げる青龍。
「加勢してくる」
「それ以上は…!」
引き留めようとする三神を後に、青龍は飛び立った。
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