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西園寺命記~拾ノ巻~ その21

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  *  *  *

 飛呂之と翔太は舞台で一通り舞うと、今度は舞台を降り、赤ん坊たちを怒らせる神事の舞台、土俵へと向かって行く。

 その後をついてくる獣神たちと観客たち。

 飛呂之と翔太は土俵へ上がり、飛呂之は神箒を土俵の真ん中へ立てた。

 翔太は激しく鈴を振り鳴らす。

 その音が鳴りやむと、祝詞を唱える飛呂之。

 それが終わると、飛呂之は胸元から紙を取り出し、赤ん坊たち全員の名前を読み上げた。

 そして、最初の赤ん坊が土俵へと招かれる。九条咲耶だ。

 母親の清子と、清子の妹である史緒も一緒に上がる。

 史緒は大きな板のようなものを抱えていたが、土俵にあがるとそれを広げた。

 習字をするための持ち運び文机のようだった。

 リュックから、硯と墨を取り出す史緒。

 机の前に咲耶を座らせると、その後ろから咲耶の体を支え、右手を後ろから重ねて墨をすり始めた。

 しばらくすると、うなりながら体を左右に振る咲耶。左手で机をバンバン叩き出した。

「怒ってるわねえ…」

 真里菜がつぶやくと、清子が咲耶を抱き上げ、飛呂之に「怒っております」と告げた。

 咲耶の背中に塩をかける飛呂之。

 すると青龍が咲耶の背後に近づき、その周りを回り出した。

 しばらくすると、青龍は咲耶から離れる。

「終了いたしました」

 飛呂之が告げると、土俵を降りていく清子たち。

 次に上がった星也は、土俵に置き去りにされても泣く様子もなく、梨緒菜はハラハラしながら我が息子を見つめていた。

 ふと、翔太が近づくと、その衣装をつかもうとする星也。

 翔太が、ひょいとよけると、またつかもうとする。

 それを何度か繰り返した後、唇をかみながら、翔太を追いかけようと、猛ダッシュでハイハイし始める。

「お、怒ってます!」

 そう言いながら、梨緒菜は土俵に駆け上がり、星也を抱き上げた。

 以下、同様の手順で事が進むが、星也の時に現れたのは、朱雀だった。

 そして、次は大斗の番だった。

 進が、頬ずりするために大斗を抱くが、まだ何もしないうちから、大斗は口をへの字に曲げて、進の顔を叩き始めた。

 気の毒そうな眼差しで進を見つめる観客たち。

「怒っています…」泣きそうな進。

 大斗は自分の周りを白虎が回り出すと、途端に機嫌よくキャッキャと笑い始める。

 紗由は、土俵を降りてきた進に近づき、その上着のポケットに、キャンディをそっと入れる。

「うわあ。紗由ちゃんがお菓子あげるなんて、最大級の同情だ…!」

 恭介が叫んだことで、進は観客たちから、さらに気の毒なまなざしを送られた。

 そして最後の、凛の番となった。

 予想に反して、凛は土俵に上がる前から、唸り声をあげ、一方を見つめて眉間にしわを寄せていた。

 慌てて土俵に上がり、「怒っています」と告げる誠。

 凛の元には玄武が現れた。

 一通り済んで、誠が土俵を降りると、飛呂之が儀式の終わりを告げ、翔太が、無事に終わった祝いの干菓子をまき始めた。

 子供たちは、キャーキャー言いながら、その菓子を拾おうとする。

 誠は、翔太が自分のほうへ投げた菓子をキャッチし、凛の顔の前で振るが、凛は自分の右側を見つめながら、唸り声に近いものを発していた。

「どうした、凛。今日はご機嫌斜め……」

 凛が見つめている方向の気配にハッとする誠。

 その先には、紫の装束の男性がいた。

 口元に面紗をまとっているので顔は見えない。

“あの気配は…”

 結界を張りながら、誠はその男性に足早に近づいていった。

  *  *  *

 飛呂之と翔太の舞が始まる前、紗由は池の周りを物色していた。

 池の周りに敷き詰められている大き目の白い砂利を、少しずつ手に取っていく紗由。

 紗由は青龍の言葉について、こう解釈していた。

「隠さねばならない」ということは、皆の見えるところにあるはずだと。

 そもそも、ぬいぐるみの中で“カケラ”なのは、ドラゴちゃんだけとは限らないが、あの子だけがしゃべれるということは、特別であるには違いない。

 ぬいぐるみは最初100個あって、全部一緒に運ばれて来た。

 どうして、ドラゴちゃんが“カケラ”になったのだろう。

 ぬいぐるみが搬入されるところを見ていた紗由には、ひとつ思い当たることがあった。

 ぬいぐるみは、段ボールに入れられ、台車で運ばれていたのだが、運んでいた係員が突風でよろけたときに、ぬいぐるみのひとつが、段ボールから落ちたのだ。

 ぬいぐるみは、風にあおられるように池の近くまで転がり、係員は慌ててそれを拾い上げていた。

 池の近くに落ちていた“カケラ”が、ドラゴちゃんにくっついて、入ってしまったのではないだろうか。

 そして、池の周囲の白い砂利よりも、もっと外側の土の部分は、翔太が毎日箒で掃いて掃除している。特別なものであれば、翔太はその気配に気づくはずだ。

 ということは、掃かない部分にあるもの。池の周囲の白い砂利が怪しい。

“でも…翔太くんが、目立つもののぴかぴかに気づかないことってあるのかなあ…”

「探し物はこれかい?」

 後ろから声がして振り向いた紗由の視線の先には、紫装束の男性の姿があった。

  *  *  *

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