西園寺命記~拾ノ巻~ その8
* * *
池の淵で倒れていた翔太を、何者かが抱きかかえ、支えていた。
意識を取り戻した翔太は、そこに青龍がいるのに気づき、驚いて身を起こす。
「青龍さま!…お身体の具合は大丈夫なんですか…?」
「大丈夫じゃないのはおまえのほうだろ」
「なんや、水やと思うて飲んだら、お酒でした」照れたようにニーっと笑う翔太。
「飛呂之が気をきかせて酒を置いてくれたのだ」
「びっくりしましたわ…舐めたことくらいはありますけど…」
「気を付けるがよい。お酒は二十歳になってからと申す」
「はい。じっちゃんに、よーく言うときます」腕組みして神妙な顔で答える翔太。
「そうだな」
「でも青龍さま。うちをご心配いただくのはありがたいですが、きちんと伊勢でご静養なさってください」
「ふむ。紗由が用意してくれたこの池で、しばし静養するとしよう」
「あきまへん」
「なにゆえ」
「青龍さまは、祭になったら、きっとご無理をなさいます。その後に、お倒れになるくらいなら、今きちんと体を治してください」
「…今、おまえを説得するのは無理そうだ」
青龍は髭をビューっとなびかせ、文字を書き始めた。
「……?」その動きの速さについていけない翔太。
「祭で会おうぞ」
青龍は、その髭を巻き上げると、天に昇り消えた。
* * *
清流旅館の隠し部屋では、関係者たちが集合していた。
そこには誠も呼ばれている。
そして、ホワイトボードを前に、紗由が指示棒を手にしている。
ボードに大きく書かれていたのは「おまつり」の文字だ。
「それは来週の赤子流怒のことかな?」
躍太郎がたずねると、紗由は元気に答えた。
「いいえ! その前にする、おまつりのことです!」
「その前?」首を傾げる一同。
「怒りん坊まつりの前に、獣神さまたちのおまつりをします」
「え?」さらに首を傾げる一同。
「えーと、青龍さまは、お疲れで…“気”が足りないんですよね?」
「せやから、伊勢で療養してもらうんや」
「でも、翔太くん。断られましたよね、青龍さまに」紗由が翔太をじっと見つめる。
「青龍さまは、旅館のために、つい無理してしまわれるんや…」
「答えになっていなくてよ、翔太くん」
「“命”さま…」
「青龍さまは、清流旅館のためや翔太くんのためにはたらくのが、うれしいんだと思います」ニッコリ笑う紗由。
「翔太に目を掛けていただいて、本当にありがたいことです」飛呂之が誰にともなく言う。
「だから、青龍さまのために、ほかの龍神さまから“気”をあつめようと思います」
「“気”を集める…?」翔太が紗由を見る。
「ほかの龍神さまたちを、ここに呼びます。みんなで楽しいだしものをして、“気”の寄付を龍神さまたちからいただきます」
「面白い案だね」躍太郎が微笑む。
「出し物って何をするんだい?」風馬が尋ねた。
「ふふふ…」紗由は不遜な笑みを浮かべる。「なにをするかは、このプリントに書いてあります」
紗由はリュックから取り出したプリントを皆に配り始めた。
プリントを読んだ一同は、表情に差がある。
不満げなのは華織だ。
「紗由。この、“おばあさまキャバクラ”というのは何なの」
「おばあさまが、龍神さまたちにお酒をふるまって、楽しくなってもらうんです」
「…せめて“バーおばあさま”にしてちょうだい」
「わかりました。そうします…で、次いきます」
「話はまだ終わっていなくてよ、紗由。」
「あ。わすれてました。おばあさまには、踊りもおどってもらいます」
「は?」
「龍神さまたちは、お酒ときれいな女の人がだいすきなんだそうです。おばあさまがおどったら、寄付がいっぱいあつまります」
「そんなこと、誰から聞いたのかしら」
「えーと…」紗由が自分の胸元から黄色い何かを取り出した。「これです! 黄龍さまにいただいたウロコに書いてありました!」
紗由の手元の黄色い紙を見つめる一同。
「黄龍さまは、すごいです。きっと賢ちゃんが、ぷらんなーというのにスカウトしに来ます」
「他にどんなことが書いてあるんだい?」興味津々に尋ねる躍太郎。
「翔太くんと、にいさまと、まーくんと、まこちゃんが、龍の着ぐるみで踊ります。龍神さまたちは、こどもの龍がだいすきらしいです」
「え…」龍の顔が曇る。
「あとは、誠おにいさんの手品です。アシスタントは紗由がします。たりなければ、充くんを呼びます」
「手品…するの?」困惑する誠。
「いちばんすごい手品は、怒りん坊まつりが終わってから、一条のおうちでやってください。そこで、凛くんにあげる“気”の寄付をあつめます」
「気に入ったわ、紗由。そこにつなげる布石なら、やらせていただくわ」
「紗由ちゃん…華織さん…」誠が言葉に詰まる。
「わかった。それなら僕もやるよ」龍も言う。
「それとね、おくの手っていうのがあるんです」
紗由は翔太を見ながらニッコリと笑った。
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