西園寺命記~拾ノ巻~ その10
* * *
誠が黄龍に恭しく頭を下げた。
「黄龍さま。ご提案とはどのようなことでございましょうか」
「ライブ配信である」
「は?」大きく首を傾げ、黄龍を見つめる一同。
「他の獣神たちは、今までそれぞれの“集”の中で過ごして来たわけだからな。我のように軽く身動きできるものばかりではあるまい」
「つまり…」龍が言う。「同じ“集”の獣神同士で、他の獣神の動きを見計らってから動くかもしれないということでしょうか」
「左様」
「いばりんぼさんが、行くなって言ったら、来ないかもしれないですね…」悲しそうな紗由。
「だから、最初は祭の様子をライブで配信して、それを見せるのだ」
「気に入ったら来てください!って言うんですね」
「いかにも」
「その手のイベントだったら、進子おねえさんとか弾さんとかに手伝ってもらったほうがいいよね」
龍が言うと、風馬が考え込む。
「でも…進にいさんは、重治先生の葬儀もあるだろうし…誠さんもだけど」
「葬儀でしたら、身内だけで明日の午前中に済ませることになっています。本人の遺志です」誠が言う。「それ以降でしたら大丈夫かと」
「重治に関しては、神命医として尽くしてくれた功績について配信するのだ。獣神たちも世話になっておる。興味を引くだろう。いわゆるお別れの会のようにすればよい」黄龍が言う。
「さいようです!」
紗由がうれしそうに叫ぶと、それが合図であるかのように、華織の電話が鳴った。
「…噂をすれば、進ちゃんだわ…はい、もしもし…」
華織の傍らで、電話を気にしている紗由。
「…明日の午後、こちらに来るそうよ」
電話を切ると、やれやれといった顔で紗由に告げる華織。
「悠斗くんを重治せんせい係ににんめいします!」
紗由の言葉に、一同は笑顔で頷いた。
* * *
“会議”が終わった後、紗由は大好きなおやつもそこそこに、あちらこちらに連絡をし、“おまつり”の手配をしていた。
その様子に目を細める龍。
「進子おねえさんの跡を継ぐっていうのは、悪くなさそうだね」
「適性ありありやな」笑う翔太。
「清流の人たちは忙しくなっちゃって申し訳ないけど」
「まあ確かに仕事量は増えるやろうけど、少し肩の荷がおりたわ」
「翔太でも、肩の荷なんて感じちゃうことあるんだ」龍が噴き出す。
「もっとちんまい頃は、祭になれば、ようわからんと踊ったりしてたけど、そろそろ自分の役割とか、しっかり考えんとあかん思うてな…」
「期待の跡継ぎは大変だな」
「大変さなら龍のほうが上や。あの西園寺華織の跡継ぎで、あの西園寺保の跡継ぎや」
「僕の場合は、楽なほうに逃げるっていう手もあるけど、翔太は一択だし、逆に大変だと思うよ」
「前は、大変さも楽しかったんや。でもなんや今回は、プレッシャーいうか、少しばかり気が重かったん」
「いろいろあったからな、ここんところ」
「まあでも、紗由ちゃんの元気のおかげで何とかなりそうや。皆で楽しみながら準備が出来る」
「そうだな。自分の立場を楽しんだもんがちだ、紗由みたいに」
龍と翔太は顔を見合わせて笑った。
* * *
翌日の午後、進と悠斗、未那、大斗が清流旅館にやってきた。
進が華織に差し出した書類を見て、目を見張る一同。
「進子ちゃん…仕事早すぎやで!」
驚く翔太に向かって微笑む進。
「言われてからやったのでは、我が主の気が変わってしまうからね」
「…進ちゃん。私、そんなに飽きっぽくなくてよ。気も短くはないし」
「失礼いたしました」
「でも、すごいよ、進子おねえさん…」
龍が、華織の手から書類を奪い取り、丹念に見始めた。
進が華織に持ってきたのは、アンケートの集計結果だった。
紗由が、華織と風馬に配布をお願いしようと思っていたものである。
すでに、その結果がまとめられ、分析もされている。
それを生かしてイベントの構成をしようということらしい。
「華織さまが、獣神さまたちの“集”の外への自由な外出をご提案された時、何らかの形で交流させることもいずれご提案されるだろうと考えまして、僭越ながら、先に自己紹介用のアンケートを取っておきました。
“命”システムの規定の中に、他の“集”の獣神さまへの接触禁止はございませんでしたので」
「さすがですね! 進子おねえさん!」
「そもそも、アンケートに答えていただきやすくするために、神命医との関りについての質問も入れておいたのです。
獣神さま皆さまが、重治先生についてお答えいただいていました」
「重治せんせいも、さすがです!」
「史緒ちゃんのお仕事なくなっちゃったね」龍が笑う。
「だいじょうぶです。大地くんとらぶらぶでいいと思います」
「せやな。小学生にとっては、京都と東京は遠いわ」
「静岡と東京もとおいですけど…紗由はヘリコプターに乗ってがんばります!」
「…うちのヘリは遠距離恋愛支援のためにあるんじゃないのよ?」
「すんまへん…」
「翔太くんを責めてるんじゃないの」焦る華織。「と、ところで紗由。獣神さまたちへのご褒美はどうするのかしら」
「探偵事務所のみんなで考えることにしました」
「皆に学校を休ませるのかい?」苦笑いする躍太郎。
「インフルエンザというのがはやっているんだそうです」自信満々な紗由。「みんなは奏子ちゃんちの病院で、おやすみ届けを書いてもらいましたので」
「日本一有名な小児科病院だよね、四辻記念病院。そこをそんな風に使っていいものなのかい?」
風馬が素朴な疑問を投げかけた時、鈴音が現れ、告げた。
「西園寺保探偵事務所御一行様がお見えです」
* * *
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?