花菱草2

神様のお守りも楽じゃないわと彼女は言った~西園寺命記 肆ノ巻~ その15

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  *  *  *

 華織、保、飛呂之、疾人の4人が別室で話し合いをした後、一同は解散になった。

 保、涼一、周子、紗由と、疾人、響子、翼、奏子の8人は、東京行きの新幹線に乗るため、誠が運転する大型のバンで華織の家を出た。

 龍は静岡にもう一泊すると言い出し、涼一も周子も、それを止めなかった。

 弦子は近所の知人のところに寄るからと言って一人で帰途に着いた。

 飛呂之、鈴音は、しばらくして現れた賢児と玲香を交え、二体の龍が置かれたリビングで談笑していた。

 部屋の反対側のソファーでは、華織と龍と翔太が話をしている。

「龍のおかげで動きが出てきたわ。嘘をつかせてしまったけれど、必要なことなの。わかってね」華織は龍をじっと見つめた。

「…うん。わかってる」

「あの、“命”さま。僕もできることがあったら、しますさかい」

「ありがとう、翔太くん。じゃあ、さっそくだけど、来週、飛呂之さんと一緒におつかいを頼まれてくれるかしら」

「じっちゃんとですか?」怪訝そうな表情の翔太。

「ええ、そうよ。届け物をしてほしいの」

「何を届けるんですか?」

「…来週になってからのお楽しみよ」華織はにっこり微笑むと、翔太の頭を愛おしそうに撫でた。「そうだわ。鈴音さんがモデルをしていた本、見せていただこうかしら」

「じゃあ、もろてきますわ」

 翔太は鈴音のところへ駆けて行った。

  *  *  *

 澪は集まりの翌日、カウンセリングの予約を取るため、疾人のところに連絡をした。

「昨日はどうも。電話で話すのは久しぶりだね、澪ちゃん。…調子が悪くなった?」

「昨日の儀式で、ちょっと疲れたというか、“焔”が隙を見ては出てきそうな気がして…。なので、もう一度、見ていただこうかと思って。私、今の生活を壊したくはありません」

「そうだね。君が努力して掴んだ幸せだ。継続できるよう、僕も精一杯協力するよ」

「明日、空いているお時間はありますか?」

「…ちょっと待って…午後3時からなら空いている」

「じゃあ、そこでお願いします」

「では、明日の午後3時に」

 電話を切った二人は、それぞれに笑みを浮かべた。

「パパ。おちゃがはいりましたよ」

 ドアをノックして、奏子がお茶を運んできた。

「ああ、ありがとう、奏子」

「パパはきょう、ごきげんなの?」嬉しそうな様子の疾人に尋ねる奏子。

「ああ、そうだな。なあ、奏子。お願いがあるんだ」

「おねがい?」奏子が疾人を見上げる。

「奏子は探偵事務所の一員だろ。調べてほしいことがあるんだ」

「じゃあ、さゆちゃんと、まりりんと、3にんでしらべるね」

「うーん。今回は、奏子一人で調べてくれないかなあ。ママにもおにいちゃまにも内緒だ。パパと奏子だけの秘密」

「ひみつ…」困惑する奏子。

「お願いだよ、奏子。奏子はいい子だから、パパの言うこと聞けるよな」

 奏子はしばらくうつむいたままだったが、「いいよ」と小さい声で答えた。

  *  *  *

 同じく翌日、玲香が懐妊したこともあり、清流では前祝を兼ねた祝宴が催されていた。

「俺もとうとう、従兄弟持ちになるんやなあ…」腕組みしながら感慨深げに言う翔太。

「なに、妻子持ちみたいなこと言ってるのよ」玲香が笑いながら翔太を見る。

「妻子はちゃーんと決まっとるから、ええねん。紗由ちゃんと、“みこと”ちゃんや」

「あら。もう子どもの名前まで決まってるの?」

 微笑むものの、目が笑っていない鈴音の矛先をそらそうと、翔太は飛呂之に話を振った。

「え、えーと…ほれ、その、あの、じっちゃんは、どないなんや?」

「どないって…何が聞きたいんだ?」

「こ、子どもの名前であります」すがるような目で飛呂之を見る翔太。

「鈴音と玲香の名前の付け方なら、宿の法則に従ったんだよ。あとは“令”の字を名前の文字に入れたかったんだ。“命”から“口”を除いた“令”だ」

「言うてることが、ようわからん」

 文字が思い浮かばない翔太に、玲香がメモを取り出して説明をする。

「ふうん…何で“口”がいらんの? 口は災いの元、いうから?」

「…まあ、そういうことだな。当時は、“命”の世界と関わらずに生きて行きたいと思っていたから、それを口に出さずに済むようにだよ」

「とうさん…」戸惑う玲香。

「あ、いや、今はそんなふうに思っているわけじゃない。でなければ、宿を復興させることを了承したりはしないし、お前を“命”さまの血筋につながる賢児くんに嫁がせたりはしない。…鈴音や玲香が生まれた頃は、たまたまそんなふうに思っていたというだけだ。今となっては、玲香もいい人と一緒になれたし、もうすぐ母親だ。ここまで来れば安心だよ。鈴音に清流を任せれば、私ものんびりできる」

「お義父さんも、いい人がいるんでしたら、第二の人生をというところですか」

 にこにこと言う賢児に一同はぎょっとしたが、皆、飛呂之の返事を待っていた。

「ははは。唐突だな、賢児くんは」

「笑っている場合じゃないわ、とうさん。ちょうどいい機会だから、はっきりさせておきましょうか。玲ちゃんのお式の前に結婚話があるって噂を耳にしたんだけど、本当なの?」

 鈴音が問い詰めると、飛呂之は苦笑いしながら答えた。

「噂は意図的に流したものだよ。“命”さまからのご指示だ」

「何で伯母がそんなことを?」

「清流が“宿”を完全に復興させるにあたって必要な“石”が、ひとつ足りないんだそうだ。それを返してもらうためだよ」

「何で、じっちゃんが結婚する言うたら、石が帰ってくるん?」

「さあ…“命”さまは、ああいうお方だからな。聞いても答えてくれん」

「“いずれ、おわかりになってよ、飛呂之さん”いうやつやな」

 翔太の物まねに一同が笑い出した。

「そうだったの…。で、その“石”は戻って来たの?」玲香が尋ねる。

「いや、まだだ…と思う。“命”さまのところに来ていても、こちらにはわからないが」

「でも、その噂のせいで色めき立ってる女性が何人もいるそうじゃない」鈴音は追及の手を緩めない。

「組合の連中が面白がってただけだよ。事実無根の噂が飛んで申し訳ないと、彼女たちには詫びも入れた。もう済んだ話だ」

「3人振っちゃったんですか…」

 羨ましそうな目をする賢児を、玲香が鋭い目つきで見つめると、翔太が慌てて賢児をつついた。話題を逸らさねばと思ったのか、翔太が少し話の矛先を変える。

「じ、じっちゃん。俺のばっちゃんになるんやったら、ちゃんと俺好みのおなご選んだってな」

「あら。紗由ちゃんみたいな人なんて、そうそういるもんじゃないわよ」玲香が言う。

「おかんに似とるんが、ええなあ」

「あら、そう?」翔太の言葉に、少し機嫌をよくする鈴音。

「そういや、一昨日のパーティーで、おかんに感じが似たマダムがおったで。なあ、玲ちゃん」

「ああ…マダム花津ね」

「そうか! 何か誰かに似てるような気がしてたんだよな。鈴音さんだ!」賢児が叫ぶ。

「マダム花津?」飛呂之が聞く。

「昨日、おかんがモデルをした着物の雑誌を“命”さまに渡してたやろ。あの着物作った人や」

「最近、女性誌で評判のデザイナーですよ。今は洋服中心のようですけど」

「じっちゃんも会うたこと、あるんちゃうか。昔、清流に来たことあるて言うてたで。でな、俺にちいとばかし惚れとるみたいなんや」腕組みして何度も頷く翔太。

「おまえと三角関係はごめんだぞ」

 真面目に呟く飛呂之に、皆が思わず吹き出した。

「でも、あのマダム、ええ人やで。ぴかぴかが、やさしい色しとった」

「一昨日も、ぴかぴか観察してたのか?」賢児が尋ねる。

「そうや。だって俺、そのために呼ばれたんやもん。大変なんやで。ご婦人の胸ばっかり見ちょるわけいかんやろ。コサージュ配って、それをチェックするふりして、ぴかぴかチェックや」

 静岡駅で、飛呂之が送ってきた翔太と合流したとき、翔太は紙袋にいくつものコサージュを入れていた。賢児は感心半分と呆れるの半分とで大笑いしたものだが、翔太には翔太なりの考えがあったのだ。

 その時、居間に入ってきたのは光彦だった。

「義父さん、すみません。昨日、手紙来てたんです。出る前に渡すの忘れちゃってて…」

「お帰り。ありがとう」飛呂之が封筒を受け取る。

「義兄さん、お疲れ様」

「美味い魚持って来たから、ちょっと待っててね」

「おとん。俺も手伝う!」

 翔太はテーブルの下にあったエプロンを握ると、光彦の後を追って部屋を出た。

「差出人の名前がないな…」

 怪訝そうに封を開けると、飛呂之の顔が険しくなった。

「花菱草?」

 封筒から出てきたのは2枚の絵葉書だった。

「この前、翔太に送られてきたものと同じだわ」覗き込む鈴音。

「何て書いてあるの?」

「それぞれ、“AKO”“KAN”と書かれている…どういう意味だ?」

「最近、なぞなぞが多いわねえ。確か花言葉は…」

 鈴音の言葉を遮るように玲香が言う。

「“私の希望を叶えてください”“私を拒まないでください”」

「じゃあ、何かお望みがあるのかしら、ハガキの送り主には」

「望みを伝えて来ないことには、叶えようがないな」飛呂之が言う。

「とりあえず、拒まずに受け入れろということでしょうか」難しい顔になる賢児。

「拒みようもないですよね。現れていないんですから」

 玲香がくすりと笑うと、飛呂之はハッとしたようにハガキをじっと見つめた。

  *  *  *

 静岡から戻った賢児と玲香の元に、涼一のほうに紛れ込んでいたという賢児宛の郵便物を周子が届けに来た。

 賢児が封筒を開けると、そこには2通のハガキが入っていた。それは、飛呂之のところへ送られてきたのと同じものと思われる花菱草のハガキだった。そして“AMA”“TOY”の文字が、それぞれ書かれている。

「あら、謎が倍に増えちゃいましたね」半ば呆れ顔の玲香。

「何がしたいんだ、送り主は」賢児が溜め息をつく。

「父のところに届いた葉書も、全部アルファベット3文字ですよね。何かの略称でしょうか」

「まあ、順番に3文字が示す意味を調べていくしかないな」パソコンの電源を入れる賢児。

「じゃあ、まずは父のところに届いた“AKO”と“KAN”から行きましょう」

「赤穂市を英語表記すると“AKO”だな」

「他に考えられるのは人の名前、あるいは…」玲香がすばやくキーボードで検索を続ける。「三宅島に“阿古”という地名がありますね。それから、我が子のことを“吾子”って言いますし、禅宗で火葬の時、亡骸に火をつけることを“下火”と書いて“あこ”というようです」

 賢児がレポート用紙に玲香の言葉を箇条書きに書き出す。

「じゃあ、次は“KAN”。これは日本語にすると、当てはまる文字や意味が多過ぎるな…」

「カンザスシティと、歌手にそういう人いましたけど、それは違いますよね。日本語の意味のほうは、他の3つをつぶしてからにしましょうか」

「そうだな。じゃあ、“AMA”と“TOY”に行くか」

「“AMA”もいろいろありますね。海の海女、お坊さんの尼、植物の亜麻、天のこと、アマチュアの略、あと、メイドさんのことを指す言葉でもあります。それから、米国経営者協会の略称…」

 “TOY”についても同様に検索を重ね、順番にキーワードを書き連ねた二人は、その一覧を眺めて、ああだこうだと意見を言い合うが、4つに共通した何かを見出すには至らなかった。

「うーん、何かちょっと、行き詰っちゃった感があるなあ」苦笑する賢児。

「消印もよく読めませんね…あ、賢児さま、これ…」

 玲香が指差したのは封筒に貼られた切手だった。

「どうしたの?」

「これは一昨日、発売された記念切手です。手違いで、一部の郵便局でしか手に入らなくて、マニアから非難ごうごうだったって、ニュースでやってました」

「へえ、そうなんだ。じゃあ、送り主の居住地のヒントになるかもしれないな」

「私も買いそこねちゃったんです」

「あれ、そういう趣味だったっけ?」

「いえ、仕事のお礼状には記念切手を使うようにしてるんです。切手がちょっと変わったものだと、多少印象に残るかもしれませんし、なかなか捨てられないかなと思って」

「そうだったんだ。細かいところまで気を遣ってくれて、ありがとう」賢児がうれしそうに微笑む。

「そう言えば、響子さんも記念切手をよく買うんですよ。仕事先から子どもたちにハガキを出すときに使うって。ちょっと前に響子さんが買いそびれちゃった切手を、私がたまたま買っていたものですから、明日お渡しすることになってるんです」

「へえ、そうなんだ」

「翼くんのスイミングが会社の近くなんです。帰りに二人でイマジカに寄るって言ってました」

「じゃあ、このなぞなぞ、パズルが得意な翼に解かせるか」

 賢児が笑うと、玲香が真面目な顔で答えた。

「賢児さま…それ、いい手かもしれません」

  *  *  *

「ありがとう、玲香さん。アニメキャラだから、子どもたちが喜ぶのよ、こういうの。でも、よかったのかしら。お譲りいただいても」響子が恐縮する。

「ええ。どうぞお使い下さい。逆に私がお出しするハガキは得意先の方ですから、これはやっぱり使いにくくて…」

「そうね。あ、でも、オタクな得意先の人にハガキ出すときは言ってね。切手持って駆けつけるから」

「じゃあ、ストップウォッチ持って待ってますよ。元国体強化選手のお手並み拝見と行きますか」賢児が笑う。

「もうちょっと痩せないと、早く走れないよ、ママ」

「…じゃあ、翼が届けなさい」口を膨らませる響子。

「いいよ。ここ、おもちゃがいっぱいあって面白いもん」翼が、並んでいるゲーム機を眺め回す。

「それで遊んでもいいぞ」

「ほんと!?」目を輝かせる翼。

「ああ。でも、その前に、このパズルをちょっと解いてくれないかな。…正確に言えば、パズルかどうかも、よくわからないんだけどさ。どう思う?」

 賢児は、“AKO”“KAN”“AMA”“TOY”と書かれた4枚のカードを翼に見せた。しばらくカードを見つめる翼。

「1、11、15。11、1、14。1、13、1。20、15、25」数字を呟くと、首をかしげる翼。「違う。11、25。21、10。11、71。45、8。…うーん、これでもないなあ。“BLP”“ZJN”…。違う。Aが4つ。Kが2つ。Oは…邪魔になるし」

「何かわかりそうか?」

「この順番なんだよね?」

「順番?」

「カードの順番だよ」

「変えてもいいわよ、翼くん」

「えーと、4×3×2×1で24通り。ちょっと待ってね」

 目の前で素早くカードを入れ替えていく翼を、3人はじっと見つめた。

「あ、これだと“奏子”になる」うれしそうに笑いながら、“KAN”“AKO”のカードを指差す翼。「残りは“富山”かな?」

「“TOY”“AMA”“KAN”“AKO”…遠山加奈子…?」

「玲香、それって…」

「まさか…」

「どうかなさったの?」響子が玲香を見つめる。

「いえ。ありがとう、翼くん。…あのゲーム機のコントローラーは、こっちよ」

 玲香は翼を大型モニタの前のソファーへと連れて行った。

  *  *  *

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