チョコケーキ

神様のお守りも楽じゃないわと彼女は言った~西園寺命記 肆ノ巻~ その16

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  *  *  *

 響子と翼が帰った後、賢児と玲香は難しい顔でソファーに座っていた。

「遠山さんなら、年齢が合うな」

「もし、本当に加奈ちゃんが前総帥の孫だとして…とうさんと賢児さまに絵葉書を送ってきた人間は、孫が誰であるかを知っていたということになりますね」

「でも、この前の集まりでは、その正体を知っている人間はいないということだったよな。あのとき結界が解けて、伯母さんたちはもしかしたら、その存在を感知できたのかもしれないが、それからハガキを出しても、うちには届かないだろうし、伝えるにしても、電話で済む話だよ」

「じゃあ、誰かが、集まりに向けて孫のヒントを送ってきていたということなんでしょうか。とうさんのほうも、義兄さんが渡し忘れてたので、1日タイムラグがありますし」

「結界を解かずに、パズルを解かせて正体を知るようにか…こっちはそのほうが楽かもしれないけど、何でそんなことするんだろう」

「でも、もしそうなら、その人の目論見は狂っちゃいましたね。前もってハガキが届いていたら、きっととうさんも私たちもカードを持って行ったでしょうから、その場で翼くんが解いてくれたでしょうけど」

「それをさせたかったのか?」

「あるいは結界を解きたくなかった…」

「結界を解くと困る人間がいるのかな。結界を解くと、孫の正体がわかる以外に、何か起きるんだろうか」

「あれだけの石をあれだけの数集合させて、しかも結界を解くほどのパワーを出しているわけですから、人間にも当然影響があると思います。“力”を調整というか、その結果、制限されてしまうことも出てくると思います」

「“力”を抑えられては困る人間がいたのかな。でも、不思議だな」

「何がですか?」

「だって、そうだろ。少なくとも西園寺家の人間は、皆、家族が力を持つのを歓迎していなかった。特に子どもには普通に暮らさせたいと思って、かなり揉めたわけだし」

「そうですよね。母親は特にそうだと思います。普通でいいから、元気に暮らして欲しいと思うのでは」玲香が自分のお腹をさする。「でも…結界を解くことで、逆に“力”が強くなる場合もあるでしょうね。“石”がパワーを増大させて、結果として自分も強くなるといったことも、あると思います」

「両方の可能性があるんじゃ、誰でも容疑者だな」苦笑する賢児。

「ところで、今回のハガキも、翔太にハガキを送ってきた人間と同じだろうか」

「翔太のサッカーの件は、はっきりしたメッセージがありますけど、今回のは受け取った人間が解こうとしなければ、たどりつきません。少し異質な感じがするんですが…」

「とりあえず、伯母さんたちに連絡だな。遠山さんにどう接触したらいいのか、俺たちじゃ判断がつかない」

「賢児さま。伯母様にお伝えする前に、私に加奈ちゃんと話をさせてもらえないでしょうか」

「いいよ、もちろん。親友のことなんだ。玲香の思うようにすればいい」

「ただ、その前に伯母様にお聞きしたいこともあるんです」

「何?」

「前総帥の孫の身の回りに何かが起こるタイミングというのは、ある程度わかっていたことなのかどうかです」

「どういう意味?」

「以前、加奈ちゃんが言っていたことで、気になることがあるんです」

 玲香は自分の記憶を事細かにたどりながら、賢児に説明して行った。

  *  *  *

「ごめんね、加奈ちゃん。出張から帰ったばかりなのに、急に呼び出したりして」

「ううん。いいのよ。ここの所、あんまり電話もできなかったし、久しぶりにのんびり話ができて、うれしいわ。それと、おめでとう!」

「誰からそれを…?」

「午前中にね、おじさんから連絡があったの。明後日、翔太くんと一緒に東京に来るんですって。付き合って欲しい場所があるからって。それで玲ちゃんの赤ちゃんのことも聞いたのよ」

「とうさんと翔太が来るの?」

「あ…もしかして、サプライズ訪問のつもりだったかしら。ごめん!」顔の前で両手を合わせる加奈子。

「ううん、いいのいいの。今さらサプライズもないしね。でも、加奈ちゃんに付き合って欲しい場所って、どこかしらね」

「赤ちゃん用品関係かしらね。うちの母さんのデパートだと、けっこう安くなるわよ」

「ん、もう。とうさんたら、そんなとこケチらなくても…」

「あ、そういう意味じゃないのよ。前に清流に行った時にね、うちの母さんが丸越デパートでベビー用品のアドバイザーしてるって話したら、玲ちゃんに子どもができたらよろしく、なんて言ってたのよ。だから、それじゃないかなと勝手に思っただけ」

「加奈ちゃんのお母様って、丸越にお勤めして長いわよね」

「うん、そうね。私が3つの時に、祖母に私を預けてパートに出たから、もう22年近いわ。正社員になって、それなりの役職にもついて、押しも推されぬお局様よ」ケラケラと笑う加奈子。

「おばあ様は、今どうなさってるの?」

「老人ホームにいるの。心臓疾患もあるから、在宅介護というわけにもいかなくて…」

「お見舞いにうかがわせてもらえないかしら」

「え?」

「加奈ちゃんと一緒にうかがって、お話をお聞きしたいの」

「玲ちゃん…」加奈子が狼狽する。

「塩ちゃんとのお付き合いや結婚、伸ばし伸ばしにしてたのは、理由があるんでしょ? 以前、やるべきことと言ってたのも、必ずしもイマジカの仕事を指しているわけじゃないんでしょ?」

「それは…」

「それと、これはまだ未確認だけど、美術館の庭園で“ことよろおば様”…華織伯母様が現れたのは、加奈ちゃんをマークしてたんじゃないかしら。私じゃなくてね」

 しばらく黙ったままでいた加奈子が、ゆっくりと口を開いた。

「これから時間があるなら、祖母のところに案内するわ。電車で20分くらいだから」

「ええ、お願い」

「玲ちゃん、私…」

 唇を噛む加奈子の頬を、玲香はそっと撫でた。

「加奈ちゃんは、いつでも私の味方だった。話せないことの一つや二つ、お互い様よ」

「ありがとう…」加奈子の目から涙が零れ落ちた。

  *  *  *

「今日、澪さん、いらしてたんでしょう? カウンセリング再開なさるの?」響子が尋ねた。

「石をいろいろと使ったせいで、ちょっと疲れが出たようだ。しばらく定期的に様子を見ようと思うが、深刻な事態というわけじゃない」

「そう、それならよかったわ。…あのね、今日、玲香さんのオフィスにうかがったの。翼と一緒に。その時に、翼にパズルを解くようにってことで、その答えが、トヤマカナコだか、トオヤマカナコだかっていうのよ。あなた、その方ご存知?」

「いや、聞いたことないな」

「そう。何だったのかしら…」

「ところで、手に持っている封筒は?」

「あ、そうそう。これを持ってきたのよ。機関からの連絡。奏子がもうすぐ5歳になるから、能力精査のお呼び出し」

「そうか…今月中に行かないとまずいんだな。わかった。明日か明後日にでも奏子を連れて伊勢に行って来るよ」

「翼ももう一度ですって。2年前にはっきりしなかった部分をもう一度見たいって」

「わかった。3人で行って来る」

 疾人は受け取った封書をじっと見つめた。

  *  *  *

 紗由は、保の書斎で保と二人、ティータイムを過ごしていた。紗由にしてみると、お茶の時間というのは“大人の女”の質を示すものらしく、優雅に時間を過ごすべく、ドレスアップして部屋を訪れていた。以前、賢児に買ってもらった何万もする一点もののレースのリボンをつけ、いつものスリッパからレースの部屋履きに履き替えている。

「ねえ、じいじ。この子は、じいじの子になるの?」

 涼一の石を撫でながら紗由が尋ねると、保は言葉につまり首をかしげた。

「さあ…どうだろうな」

「じゃあ、さゆがこの子をひきとります」

「え?」

「さゆは、“おかん”になるれんしゅうをします」

「え…?」

「さゆは、“おかみ”のれんしゅうと、“おかん”のれんしゅうをします。それには、いしがいります」キリッとした顔で保を見上げる紗由。「かなこちゃんも、まりりんも、おかんになるれんしゅうをしてます」

「奏子ちゃんと真里菜ちゃんがかい?」

「かなこちゃんが、いしのおかあさんになるっていったら、まりりんもれんしゅうはじめることにしたの」

「真里菜ちゃんも何か石を持っているのかい?」

「つばさくんからもらった、むらさきのゆびわがあるよ」

「紫の指輪…」

「このまえね、みおちゃんが、モデルのおしごとするとき、まりりんがかしてあげたの。かえってきたから、いいこにそだてるんだって」

「澪さんが指輪をねえ」

「さゆも、おかんになる。このいし、ちょーだい」

「い、いや、これは涼一の石だからなあ…」困惑する保。

「じいじは、とうさまより、えらいんでしょ? どうして、きめられないの?」

 紗由の質問に、さらに言葉に詰まる保。

「だらしないわねえ、保ちゃん」

 書斎のドアを開け、入ってきたのは華織だった。

「おばあさまだ!」うれしそうに笑う紗由。

「姉さん! どうしたんだい、連絡もせずに」

「澪ちゃんが疾人さんのところに行ってたから、そのお供よ。この後、瑞樹さんのところへ行って、明後日は大隅さんのところに人を連れて行くの」

「大忙しだね」

「…おいしいチョコケーキのはこだ」紗由が華織の周りをぐるぐる回る。

「ここに持ってきたんじゃないのよ。瑞樹さんちへのお土産だから」

「さゆのぶん、ないの?」悲しそうな目で見上げる紗由。

「そうねえ。一緒に来れば、まりりんのおうちで食べられるかしら」

「いく!」

「じゃあ、かあさまに断って、支度をしていらっしゃい」

「はーい!」紗由が一目散に部屋の外に飛び出す。

「まったく、“おかみ”や“おかん”より、まずは“お菓子”か…」クスリと笑う保。

「何のこと?」

「いや。紗由の子どもを見られるのは、まだ先だなと思ってね」

「長生きしないとね、保ちゃん」うふふと笑う華織。

「ところで、瑞樹くんのところへは、この前の件でかい?」

「ええ、そうよ。それから、聞かれる前に答えておくけど、明日、大隅さんのところへ連れて行くのは、例の孫。飛呂之さんと翔太くんにお供をお願いしてるの。たぶん…玲香さんも加わることになるわ」

「そうか…。交渉も大事だが、玲香さんは身重だから気をつけてやってくれ」

「もちろんよ。そうそう、これ戻しておいてね」

 華織が差し出した封筒の中身を確認した保は、呆れ顔で言った。

「やっぱり姉さんか。向こう側から入ったのか」

「ええ。離れの増改築の時に忘れ物があったから」

「ヒヤヒヤさせないでくれよ。賢児に見つかったら、どうするんだ」

「私が心配してたのは玲香さんのほう。彼女、カンがいいし、お腹の子たちはもっと敏感だわ。紗由もそこの控え廊下に出入りしてたようだし、早めに手を打っておいたほうがいいと思ったの」

「まあ、それはそうなんだが…」

「おばあさまあ! よういできたよ!」

 紗由が再び部屋に飛び込んできた。久我家の庭を走り回る気満々と見えて、パンツルックになっている。

「ねえ、かなこちゃんもくる?」

「今日は来ないわ」

「ふうん。3にんで、まねっこごっこ、したかったのになあ」

「真似っこごっこ?」

「おうちのひとのまねするの。おばあさまのも、できるよ」紗由が自信たっぷりに華織を見る。

「ほう。やってごらん」

 保が面白そうにけしかけると、紗由は腕を組んで少し斜めに体を構えて言った。

「たもつちゃんたら、しょうがないわね」

「…それほど似てなくてよ、紗由」

 むすっとする華織の傍で、保が下を向いて笑っている。

「もっと、れんしゅうしておく」

「他の二人は誰の真似をするんだい?」

「まりりんは、ふくかいちょうさんのまねするの。“たもつせーんせいっ。きょうのえんぜつも、すばらしかったですわあ”」

 今度は華織も下を向いて笑う。

「かなこちゃんはね、パパのあたまのなかのまねしてた」

「頭の中って?」華織が尋ねる。

「かなこちゃんのパパがかんがえてることを、まねするんだよ」

「どんなふうに?」さらに尋ねる華織。

「えっとね、“これで、とうさんの、かたたたきがとれる”…だったかなあ」少し自信がなさそうな紗由。

「肩叩き?」わけがわからず、顔を見合わせる華織と保。

「あっ。あとね、“つばさは、きづいてるな”」

「翼くんは何を気づいたんだい?」

「まりりんもきいたけどね、かなこちゃん、おしえてくれなかったの。このつぎねって。だから、きょう、かなこちゃんくればいいのになあ」

「そう…。じゃあ、奏子ちゃんにも来てもらいましょうか。その代わり、おばあさまも、真似っこごっこに入れてちょうだいね」響子に連絡をしようと、華織がバッグからスマホを取り出した。

「おばあさま、なにのまねができるの?」

「うーん、そうねえ…。こういうのは、どう? “紗由ちゃん、今日もごっつうかわええなあ。お姫様みたいやで!”」

「しょうたくんだ!」はしゃいで手を叩く紗由。

「姉さん…」

 華織は溜め息をつく保に微笑むと、響子に電話をかけた。

  *  *  *

 夕紀菜は大地の水泳教室の送り迎えで留守だったのだが、瑞樹はちょうど代休で家にいたこともあり、華織が連絡して、すぐに面会が実現した。

「瑞樹さん、ごめんなさいね。急におじゃましちゃって。…これ、自由が丘のピレネーのチョコレートケーキよ。並んじゃったわ」

「華織おば様が並ばれたんですか…?」びっくりして華織を見つめる瑞樹。

「…哲也くんが」瑞樹の目を見ずに答える華織。

「あのね、おばあさまは、ならぶのはにがてなの」ニッコリ笑う紗由。

「じゃあ、こんどはまりりんがならぶね。おしゃれなおみせにならんでるひとの、おしゃれをチェックするの」

「ん? それ、いいかもしれないな。“オシャレな店に集う女性のオシャレ特集”」瑞樹が真里菜の頭をなでる。

「あのね、おみやげに、おいしいケーキをかうひとは、オシャレしてるとおもうの。だって、そのまま、よそのおうちにいくんでしょ?」

「なるほどね…すごいわ、真里菜ちゃん。どこで、そういう感性を習得するのかしら」華織が感心して真里菜を見つめる。

「うちはね、おばあちゃまとママが、すごくオシャレだから、まりりんもオシャレなんです」

「オシャレは、うつるんだよんね」奏子がうなづきながら微笑む。

「しかも、まりりんは、さいのうがあるの」自慢げに言う紗由。

「なるほどねえ…」本題を忘れて感心する華織。

「あはは。真里菜はずいぶんと高評価だなあ。…ところで、おば様。今日の本件は…」

「ああ、そうね。別室でお願いできるかしら。彼女たちとは別の場所で」

「ええ、もちろんです。あと10分ぐらいで夕紀菜も戻ります。必要なら二人でうかがいますが」

「そうね…では、お二人とお話したいわ」

「わかりました。別室にお茶を用意させますので」

「じゃあ、夕紀菜さんが戻るまで、私は真里菜ちゃんたちと遊んでるわね」

 華織はそう言うと、紗由を呼んで耳打ちした。

「真似っこごっこに入れてちょうだい」

「うーん、どうしようなかあ…おばあさまを、まねっこごっこにいれてもいい?」

「おばさまは、まねっこができるんですか?」真里菜が厳しい表情で聞く。

「ええ、できてよ。“紗由ちゃん、今日も、ごっっつう可愛ええで!”…どうかしら」

「どうする、かなこちゃん」真里菜が聞く。

「ごうかくで、いいとおもう。…でも、龍くんのまねもしてみてください」

「え?」

「龍くんです」

 きっぱりした口調で言う奏子に対し、諦めたように華織が口を開いた。

「奏子ちゃん、僕のお嫁さんになる?」

「ごうかくです!」ニコニコ顔になる奏子。

「じゃあ、まねっこごっこを、はじめようね」紗由が一同を仕切り、真似っこごっこが始まった。

  *  *  *

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