西園寺命記~紗由・翔太之巻~その12
* * *
翔太が、ベランダで見た男の映像について、龍と頭の中で話している間、リビングでの話題は賢児と玲香の変装デートだった。
「今月はね、ママは和服でクラブのママ風。パパは銀髪のウイッグで初老の紳士に挑戦の予定だったの」
「未遂で終わったけど」聖人が補足する。
「何でや? おもろそうやん」翔太が話題に入る。
「パパがね、じいじにそっくりになっちゃったの。もうちょっとで選挙だし、一般人が見つけて誤解したら大変だから、急遽取りやめにしたの」
「けっこうスリル満点のプレイなのね」
目をキラキラさせて話に聞き入る紗由を、涼一がギロリと見る。
「ママ。私の制服は貸さないからね」
「貸してなんて言ってないでしょ!」
顔を真っ赤にして怒る玲香の横で、心なしか賢児の唇の端がゆるむ。
「パパ。スケベ親父の顔になってるよ」
「そ、そんなことは、ないぞ」聖人に注意され、ハッとする賢児。
「しょうがないよ。ママが可愛いのがいけないんだよね」
聖人の言葉に、にんまり笑う賢児。
「そうだ。ママは可愛すぎるんだ。おまえは、ママの次ぐらいに可愛い子を探せ…でもなあ、ママはなあ、可愛すぎるし、その次って言っても、そう見つからないよなあ」
うれしそうな顔で、ひとりごちる賢児。
「うん、わかった。僕、頑張るよ」
にっこり笑う聖人の横で龍が囁いた。
「おまえみたいな孝行息子、見たことないよ」
* * *
リビングには、玲香が作ってきた料理が並んでいたが、キッチンでは、光彦がさらに料理を作っていた。鈴音も、その手伝いをしている。
「鯛の塩釜焼、もうすぐ出来上がるぞ。刺身は翔太の好きなマグロとアジ、涼一さんのお好きなサーモン三種盛りにした」
「紗由ちゃんの好きなウナギは?」
「白焼きを温めてる。あとはコンソメゼリーの具にしたよ。固まるまでにもう少し時間がかかるから、終盤に出そうか」
「頼んでおいたケーキも、そろそろ届くころね」
キッチンに入ってきた翔太は、大きな舟盛りを見てにんまりした。
「うまそやな~」
「持って行っていいぞ」
「ありがとな、おとんも、おかんも」
「刺身がさめるから、早くお出ししろ」
「刺身、さめんやろ!」
お約束のボケとツッコミで笑い合う光彦と翔太。
「俺、この皿、お出ししたら、飲み物の追加分、龍と一緒にこうてくるわ」
「あら。もう足りなくなっちゃった?」
「まーくんと、まこちゃん以外、酒飲みやしな」笑う翔太。
「そうだったわね…」
頭の中で皆の年齢を確認する鈴音。
翔太は大学4年だが、高校の時に一年留学していたので、今日で23歳。
龍くんは、そのひとつ上で24歳。
紗由ちゃんは20歳。
まーくんと、まこちゃんは17歳…だったわね。
「他に買うもんあったら、電話でもしてや」
翔太は舟盛りを抱えてキッチンを出た。
* * *
龍は小さな台車を押しながら、呆れ顔で翔太に言う。
「こんなに飲ませたら、あの人たち危険だろ」
「誰が今日飲ませる言うた。おとんの金で好きなだけ酒買えるチャンスやないか」
「せこっ」
「あそこん店は、ドラゴンブルの仕入れで世話なってるんや。たまには値切らんでぎょーさん、買うてやらんと」
「どんなことでも商売に結び付けるところ、飛呂之さん譲りだよなあ」笑う龍。
「おとんは料理一筋やし、おかんはお客一筋で、なかなか金儲けにならんのや。俺がしめてかんと、紗由の食費が稼ぎ出せんわ」
「…だよなあ」
自分の誕生日にケーキをホール食いしていた紗由を思い出す二人。
「で、さっき言ってたスクリーンの男、見覚えあるのか?」
「気配が…4人組の一人、サングラスの男に似とる。紗由が頭に蹴りくらわせて、倒れたやつ」
「多治見総研のCMだったんだよな」
「ああ。なんや懐かしい名前やな思うてたんやけど」
「あそこは昔からたちが悪かったけど、あの頃とは社長が変わってるよね」
「この前、雑誌の表紙飾ってたわよ」
前から歩いて来た紗由が言う。
「何しとるん?」
「ケーキ屋さんの配達が道に迷ったらしくて、お迎えに」
龍と翔太は、つい先ほどの映像が再び頭に浮かび、思わず目を反らした。
「雑誌の表紙っていうのは?」
「にいさまがモデルやって載ってた掲載誌よ。まりりんにもらったでしょ」
「ああ…あんまり興味ないから見てなかったよ」
「まりりんが言ってたわ。イケメンで紳士的だけど、無味無臭で気持ちが悪い人だったって」
「それはまりりんの“鼻”がそう言ったってこと? 比ゆ的な意味じゃなくて」
「うん。匂いがしない人って初めてだって言ってたわ」
「ピカピカが見えず、匂いもしない人間か…」
「久我家のお見合いパーティーに来るみたいだから、会おうと思えば会えるんじゃない?」
お見合いパーティーというのは、真里菜の祖母が主催するもので、その辺の結婚相談所より、よほど成功率が高いと、セレブの間でも評判の会だった。
「そんなもんに龍が行ったら、奏子ちゃんが乗り込んでくるやろ」
「みんなで行けばいいじゃない。翼くんや大地くんや史緒ちゃんも誘って」
「総動員か」笑う龍。
「それが一番楽しいし、確実だわ……あ、ケーキ屋さん! こっちです!」
大小のケーキ箱を乗せた自転車を呼び止め、駆けていく紗由。
「なあ、あの小さい箱、きっと紗由専用だよな…」
「誰の誕生日か、ようわからんわ」
龍と翔太はくすりと笑った。
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