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西園寺命記~紗由・翔太之巻~その1

 大通りをダッシュし、追手を巻いた龍と翔太は、息を整えながら顔を見合わせた。

「翔太…やっぱりそうだ。あいつらの狙いは、その“文書”を持っていたおまえだ。紗由じゃない…」

「そのようやな」

「せやけど、俺の持ってる“文書”だけじゃ、何の意味もなさん」

「やっぱり、社長室の壁か?」

「…確認や」

 龍と翔太はサイオンイマジカの社長室へ急いだ。

  *  *  *

 社長の西園寺賢児が不在の社長室。カーペットをめくる龍。

 西日が差す東側の壁には、床に埋め込んだ翡翠細工の陰が文字として映し出されていた。

 翔太は、自分が生まれ育った清流旅館に伝わる“文書”の最後のページにある地図を、壁の文字に重ね合わせた。

「ビンゴだな」龍が短くため息をつく。

「しっかし、賢ちゃんも玲ちゃんも、何でこの文字に気づかへんかったんや…」

「賢ちゃんはともかく、玲香ちゃんなら気づきそうなものだけどなあ」

 玲香というのは、翔太の叔母で、賢児の妻、そして賢児の秘書でもある。

 翔太と龍は、まじまじと壁を見つめた。

  *  *  *

 その二週間前、青蘭学園大学の旅行サークルの部会で、部長の翔太は少し退屈そうに、紗由の意見を確認した。

「そんな抽象的な言い方では、ようわからんな。このプランの欠点、つまり、これを実行したときに具体的にこうむるマイナスをきちんと述べてもらえんか? 西園寺さん」

「わかりました」紗由が立ち上がる。「このプランのマイナス点は2つあります。ひとつは、ターゲットを絞りすぎている割には、凝ったところが少なく、マニアの心をくすぐらないことです。そして、もうひとつは、サービス精神がありすぎることです」

「一つ目はわかった。二つ目は、一つ目と矛盾するようにも思えるんやが、もう少し説明してや」

「何から何まで用意されていたら、つまらないんです。枠組みを用意するのはこっちであっても、参加者が自分なりに創意工夫をして楽しんだと思える余地がないと、高い満足度は得られないというか」

「じゃあ、君が改善するとしたら、どこをどうする?」

「まだ、そこまで考えていませんでしたので、高橋先輩に同行していただいて、一つ一つ検証しながら、改善案を練りたいと思います」

「なんや、それ」

「改善のための具体的方策ですが」満面の笑みをたたえる紗由。

「…もうええわ。まあ具体的方策とやらはともかく、指摘点については一理あるわな。翼くんはどう思う?」

 前の部長の四辻翼に意見を求める翔太。

「人があまり来ない遺跡を回るだけよりは、紗由ちゃんの言うように何かマニア心をもっとくすぐる仕掛けを用意したほうがいいんじゃないかな。その土地にまつわる未解明の謎解きを参加者皆でするとか」

「ほお。面白そうやん」

「はい! じゃあ私、高橋先輩と一緒に現地を検証してきます!」

「紗由、お前は黙っとれ」眉間にしわを寄せる翔太。

「じゃあ、僕もまりりんと現場検証に行くよ」うれしそうな翼。

「すまんけど、そういうのは、二人で勝手にやってくれや」

 眉間にしわを寄せる翔太に、久我真里菜が咳払いする。

「ところで、高橋先輩の実家がある地域は、伝説とかお祭りとか、けっこうありますよね」

「あ~それ魅力的なんだけど、清流は使えないわよ、まりりん。飛呂之さんに怒られちゃうもの」

 残念そうに言う紗由。飛呂之というのは翔太の祖父で、清流旅館の五代目だ。ちなみに女将は翔太の母親の鈴音がつとめている。

「ああ、うちの宿はその手のことには使えへん」

 その時、3時を知らせるチャイムが鳴った。

「じゃあ、いったん休憩。15分後に再開や」

「紗由、大丈夫なの? 翔太く…部長、ちょっと怒ってたぽいよ」

「それより何か…別のほうが大丈夫じゃない予感が…」

 紗由が恐る恐る振り向くと、そこには副部長の坊城麻紀が立っていた。

 麻紀は、紗由の叔父、西園寺賢児の会社の制作部に勤務する坊城慶子の姪に当たるが、伯母の立場などおかまいなしで紗由にもずけずけとものを言い、とにかく気が強い。

「ちょっといいかしら、西園寺さん」

「は、はい」

「こんなこと、いちいち言わせないで欲しいんだけど、いくら部長が自由に意見をと言ったからって、順番とか内容をわきまえたほうがいいんじゃないかしら。あなたが部長と幼馴染なことと、部内での関係は別問題でしょ?」

「はい。今後気をつけます。申し訳ありませんでした」頭を下げる紗由。

 紗由を軽く睨みつけると、ヒールの音を大きく鳴らしながら去っていく麻紀。

「うっわあ、怖いね、オニババ。部長が振り向かないから、ヒステリー起こしてるのよ。この前、私にも、タンクトップなんてはしたない服着て、部長を誘惑するのはやめてちょうだいって、わけわかんないこと言ってきたもん」

「これこれ、まりりん。壁に耳あり、ジョージにメアリーだぞ」

「だってえ」

「まあ、愛しのダーリンがもてると、こんなもんなのであります、まりりん閣下!」おどけて敬礼をする紗由。

「さっさと盛大に婚約パーティーしちゃいなよ」

「今度のお正月、両家がいる場所で勝負に出るから」

「さすれば、検討を祈るであります、紗由殿下!」

 紗由と真里菜は、顔を見合わせて笑った。

“西園寺紗由の本気を見せてあげるわ”

 紗由は、西園寺家と高橋家の集まりを想像し、拳を握った。

  *  *  *

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