西園寺命記~紗由・翔太之巻~その2
* * *
翔太の実家、清流旅館では、西園寺家と高橋家、両家が集まり新年の祝いが執り行われていた。
「じゃあ、両家が集まったところで、新年の抱負でもどうかな」
音頭を取るのは紗由の祖父の西園寺保、現在の首相だ。
「はい!」
「なんだ、紗由。元気だな。どうぞ」
穏やかに微笑むのは、紗由の父親、西園寺涼一だ。
「…ええと、紗由は、今年じゃないですけど、大学を卒業したらすぐに子供の頃からの夢を叶えるといいますか、翔ちゃんのお嫁さんになって、ゆくゆくは、清流のおかみになります!……あ、言っちゃった」
「なりますって、聞いてないぞ!」紗由を凝視する涼一。
「遅うなりました。…皆様、明けましておめでとうございます。本年もよろしゅうお頼み申します」
丁寧に頭を下げながら部屋に入ってくる翔太。
「翔ちゃん、こっち、こっち!」
「ああ、そこか…? こっち側じゃないのんか?…あれ、どうなさいました? なあ、紗由。皆こっち見とるで。何なんや」
「気のせいだから」ニコニコ顔の紗由。
涼一が大きく咳ばらいをする。
「あー、翔太くん…いつからそんな具体的な話になってるんだい?」
厳しい目つきで詰問する涼一。
「はい?」
「何を言ってるの、とうさま。具体的な話は、まだこれから。結婚の約束は…4つのときにしてあるけど…」紗由が、うふふと笑う。
「じゃあ、何で卒業したらすぐにお嫁さんになるっていう話になるんだ!」
「さっき要求されたのは、事実の報告じゃなくて抱負でしょ? 論理的におかしいわ、とうさま」
「屁理屈を言うな!」
「学者の理論なんて、ほとんどが屁理屈じゃない…」小声でつぶやく紗由。
「紗由。おまえ、何言ったん?」
「新年の抱負を述べました」
「それで、何で、涼一はんの目つきが険しくなるんや?」
「知らない」
「翔太くん。紗由は卒業したらすぐに結婚すると言ってるんだが、そうなのかい?」涼一が確認する。
「え?」
「ちょっと、とうさま。翔ちゃんには言ってないんだから、いきなりそんなこと言ったら、びっくりするでしょ!」
「びっくりしてるのは、こっちだ!」
「ええと、何かようわからんですけど…僕は、自分の立場くらいは、わきまえているつもりです。それに…紗由には、それなりのお家からの縁談が来てるという話も聞いてます…」うつむく翔太。
「縁談?」涼一が驚いて保を見る。「そっちから、何か話が行ってるのか?」
「いや。そんな話はないが」保も驚いて紗由を見る。
「ん、もう。あんなの、ウソだもん! 翔ちゃん、どうして騙されちゃうの!」
「ウソ?…」
「当たり前じゃない! 私まだ二十歳なのよ」
「何でそんなウソつくん?」
「翔ちゃんが焦って、すぐにお嫁さんにしたくなるかなあって思ったから」
えへへと笑う紗由を呆れた様子で見つめる翔太、涼一、保の3人。
「まあまあ、いいじゃないの。紗由は小さい頃から翔太くんのことが好きで、お嫁さんになりたいのよね。それだけの話でしょ?」
保の姉、西園寺華織が話に入ってきた。
「そうかもしれないけど…」涼一が迷惑そうに華織を見つめる。
「うん、そう」笑顔でうなずく紗由。
「翔太くんはどうなの?」
「…あ。あの…」涼一を気にしながら、言葉に詰まる翔太。
「いいの。おばあさま。決戦はこれからだから」
「…そう。じゃあ、頑張りなさい、紗由」華織はやさしく微笑んだ。
「すみません。失礼します」
翔太は立ち上がり、一同に頭を下げると、その場を後にした。
「翔太!」鈴音が振り返って叫ぶ。
「待って、翔ちゃん!…もう、とうさまのせいだからねっ!」
紗由は涼一を睨みつけると、翔太の後を追って部屋を出た。
「何でこっちのせいになるんだよ…」泣きそうな涼一。
「すみません、皆さん。紗由ったら、本当にマイペースで」
言ってることは申し訳なさそうだが、何となくうきうきした声で言う、紗由の母・周子。
「周子、おまえ、紗由があんなこと考えてるの、知ってたのか?」
「ええ、まあ…」
「みんな知ってるよ、おじさん」
涼一の弟・賢児と、その妻・玲香の息子である聖人が、人の良さそうな笑顔で言う。
やさしいところは賢児似で、物怖じしないところは玲香似、頭の良さは二人から受け継いでいるという、ある意味、最強の少年だ。
「おじさん以外の人、みんな知ってる。今いないけど、風馬おじさんたちも知ってるよ」
ニコニコと笑うのは、聖人の双子の妹、真琴だ。
頭の回転はもちろんのこと、両親から天然を受け継いだという、これまた、ある意味最強の少女だ。
「そ、そうなのか?」周子に確認する涼一。
「ええ、まあ…」
「翔にいも、もちろん紗由ねえのこと好きだよ。小さい頃から、ずっとだよ。
でも、おかみの仕事は、鈴音おばちゃんを見てて、大変なのがわかってるから、大人になってから、ずっと悩んでるんじゃないかなあ。
紗由ねえに苦労かけたくないんだよ。翔にいは、やさしいから」
「まーくんにかかると、何でも3行以内に要約できそうだわ」面白そうに笑う華織。
「でもね、紗由ねえの気持ちは3行じゃおさまらないの」真琴が補う。
「もしかして、とうさま、あのこと知らないのかな…」
ボソッとつぶやく息子の龍の言葉に、涼一は恐る恐る首を回した。
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