西園寺命記~青龍ノ巻~ その20
* * *
メイと祭は、祭の部屋で今後のことを相談しようということになった。
清流旅館の表玄関に足を踏み入れようとする二人。だが、入れない。
「結界…?」戸惑う祭。
「え?」訳が分からぬメイ。
「二人とも下がってろ」
鈴露が左手を天に向けて開くと、そこに羽龍が現れた。
「何それ、手品??」
メイの目には、黄色っぽいクリスタルの人形、羽を持った龍の人形でしかない。
「我が守り神、羽龍さまだ」
鈴露は大きく咳払いすると、羽龍に尋ねた。
「羽龍さま。これはどうしたことですか」
「龍たちは散会した後、ここに戻ってきた。今は、書の姫が受け取っている最中。 “命”たち4人で他者を入れぬようにしておる」
「あの…兄に何かあったのでございますか?」祭が鈴露の手のひらの羽龍をのぞき込む。
「羽童の話を聞き、伊勢の奥に行くと言い出した」羽龍が自分の羽を何度か動かした。
「まずいな…」唇をかむ鈴露。
「何がまずいの?」
「今のミコトには、奥に入る力がない。そんなことをすれば、ただの不審者だ。清流の跡取りが問題を起こしたと、西園寺をねたむ者どもからの格好の標的になる」
「じゃあ、止めに行きましょう!」
鈴露は尋ねた。
「その前に…羽龍さま、先ほどおっしゃっていた、白虎さまがミコトを連れ去ったというのは、伊勢の奥に向かったという意味なのですか?」
「それは…」
「あ。結界が解けました!」祭が叫んだ。
「じゃあ、行きましょう!」ずんずんと玄関を入るメイ。
「あ…」
惑う鈴露に羽龍が言う。
「姫たちに任せればよい」
「…はい」
鈴露は、メイと祭の後に続いた。
* * *
鈴露たちが部屋に入ると、史緒が泣きじゃくっていた。
「こんな…こんな書を…九条の家に申し訳が立ちません…!」
「史緒のせいじゃないよ」大地がやさしく史緒に手を添え微笑む。「ネコは上手にお習字できないんだから」
「はい…」落ち着いてくる史緒。
「書の姫…いかがなされたのですか?」
鈴露が史緒に駆け寄った。
「あ…若宮さま…申し訳ありません、お見苦しいところを…」恥じらい、顔を隠す史緒。
「申し訳ありません…うちの子がご迷惑を…」
頭を下げながら咲耶が差し出した半紙には、白虎ちゃんからのメッセージが記されていた。
まるで小学生の初めてのお習字のような字が羅列されている。
「いしゃいせいく ねこかんくれ」
「ねこかん?…ああ…ネコですからねえ」鈴露の笑顔が引きつる。
「ネコ缶、あげればいいじゃないですか。こっちに来るかもしれないし」
メイが言うと、皆が一斉に彼女を見つめる。
「朱雀の若姫…」
花巻充が向き直り、頭を下げると、他の者たちも同様に姿勢を正し、頭を下げた。
「え? え? あの?」
「ようこそ、おいでくださいました」龍が改めて頭を下げた。
「は…はい」
「お待ち申し上げておりました」駆も再度頭を下げた。
「あの、あの、そういうの、困ります。私、まだ何ができるかわからないんですから。皆さん、頭を上げて下さい。
今必要なのは、そういう儀式的なことじゃなくて、ミコトさんをつかまえることじゃないんですか!!」
一同がメイを見つめる。
「だよなあ?」笑いだす鈴露。「白虎さまからのメッセージは、そのためにも重要なこと」
「ところで、祭ちゃん。 “いしゃいせいく”って何?」
「医者と…伊勢に行く…?」
「そういえば、明日の午前中、びゃっこちゃんの定期健診だったよな」聖人が咲耶に確認する。
「ええ」
「ネコちゃん、律儀ななんですね」微笑むメイ。
「美人女医さんなんです。具合悪そうにしていて連れていくと元気になることもしばしば」無表情に言う咲耶。
「ああ…オスなんですね、びゃっこちゃん」同じく無表情に言うメイ。
「では、明日の午前中、その美人女医の所で待ち伏せしますか?」祭が鈴露に聞く。
「あ…!!」
「どうしたの? 真琴おばさま」
「びゃっこちゃん、診察台に乗ってるのが見えたわ」
真琴に言われ、咲耶が病院に電話をしようとすると、病院からの留守電履歴があったことに気付いた。あわてて電話する咲耶。
「……それじゃ、ゲージが玄関に置かれていたんですね……申し訳ありません。はい。すみません。ちょっと…手違いがございまして。すぐに引き取りに参りますので」
「びゃっこちゃん、置き去りなのね…」
「それで、ミコトは?」
龍の問いへの答えを、一同が固唾を飲んで見守った。
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