西園寺命記~青龍ノ巻2~その1
* * *
ネコのびゃっこちゃんは見つかったものの、肝心のミコトが一緒なのか。
その問いに、咲耶は申し訳なさそうに答えた。
「姿は確認されていないようです」
「ということは…」メイが手を顎に添える。「すでに伊勢に向かっている…一条家の羽龍様は、今、鈴露のところにいるわけだから…ミコトさんは清流の羽童さまと二人きり?」
「そうとは限らないな」聖人が言う。「びゃっこちゃんが置き去りにされたとしても、白虎さまはミコトくんに同行したかもしれない」
「……」眉間にしわを寄せるメイ。
「ややこしくて、ごめんなさいね、メイちゃん」祭が詫びる。
「白虎さまというのは、ネコちゃん以外にも乗り移れるんですか?」
「誰にでもというわけではないでしょうが…」考え込む咲耶。
「ミコトくんに乗ってるんじゃない?」真琴が言う。
「それだとミコトくん、不審者でもなんでもなく、伊勢の奥に入れちゃうな」聖人が真琴を見た。
メイは、ふーっと息を吐くと、スマホを取り出した。
「あ、私。あのね、20人乗りのジェット機、急ぎで清流旅館まで回してほしいの」
「え?」メイを見つめる鈴露。
「どこって…伊勢のほう…じゃあ、お願いね」
「…どこに電話したんだよ」
鈴露の問いを無視するメイ。
「はい、皆さん。これからミコトさんをつかまえに伊勢に参りましょう」
「待て、メイ」鈴露は左手を開き、羽龍に呼びかけた。「羽龍さま、ミコトを呼び戻していただけますか?」
「無理だな。ミコトも白虎さまも羽童も戻る気がない」
「え…」
「ネコ缶すぐにあげなかったから、白虎さまおかんむりなのかも」
「真琴…そういう問題じゃないよ」充が眉間にしわを寄せる。
「なぜですか羽龍さま?」鈴露が尋ねる。
「ミコトは白虎さまと羽童から話を聞き、自分で何とかしようと思った。だから伊勢の奥で神に直談判するつもりだ。そこに口出ししたら…今の宮に知られる…というか、タイムリミットだ。私はそろそろ戻る」
羽龍は鈴露の左手から姿を消した。
「あーあ。肝心な時に役立たずなのねえ」腕組みするメイ。
「メイちゃん、それは言い過ぎ…いろいろ決まりごとがあるのよ」祭が泣きそうな顔の鈴露に目をやり、ささやく。「白虎さまが同行するのは想定の範囲外だったし…」
「ねえ、何で白虎さま、ミコトさんを連れて行ってあげてるの?」
「白虎さまは昔から若青龍さまと仲がお悪いのです」奏子が口を開く。「伊勢で“えいっ!”ってやりあっているのを何度も見ました」
「敵の敵は友。だからミコトさんを応援。そういうことですね」
「龍と虎は、天の最強と地の最強。昔から、そう言われている」頷く翼。
「でも伊勢に行ったところでミコトには巫女的な力がないのに、直談判だなんて、そんなこと無理です」深潮が言う。
「白虎様が通訳か?」駆がつぶやく。
「やめたほうがいいわ。白虎様、気が短いもの。交渉決裂しちゃう」笑う真琴。
「そこで“えいっ!”が出てしまったら…」
「白虎さまを祀る聖の宮としては大ピンチだな」他人事のように言う聖人。
「話がややこしくなってきたな…」龍がため息をつく。
「ですから、龍おじさま。皆で伊勢に参りましょう。元“禊”側のひがみ妬みがどうとか、そんなこと言ってる場合じゃありません。緊急事態なんですから」
「メイちゃん…」
「失礼を承知で言わせていただきますけど、そもそも、ここにいらっしゃる皆さん、みーんな頭おかしいです」
「メイ!」
「もういっそのこと、西園寺とその関連の家は全部、“命”をやめてみればいいじゃないですか。それでどうなるか、能なしの方々と伊勢とやらに知ってもらえばいいんです。そんなことで国が亡びるんだったら、もっと使える神様に取り換えたらいいのよ」
「メイちゃん、おもしろいわ!」拍手する真琴。
「なんか、華織おばさまがパワーアップして帰ってきた感じだね」クスクス笑う翼。
「それに私、ミコトさんを開かなくても済む方法を考えました」
「どんな?」祭が身を乗り出す。
「清流旅館ネオを作って、ここは若青龍さまおひとりで済んでいただけばいいわ」
「…その案は、じいちゃんとばあちゃんに却下されたの」
「なぜ?」
「若青龍さまが幸せでないからだよ」翼が答える。
「はあ?」思わず翼を睨むメイ。「あ…す、すみません…」
「どんなに難解なパズルだろうが、解は必ずある。私たちはそれを見つけたいんだよ」大地が微笑む。
「さらに失礼を承知で申し上げますが……わけわかりません」声のトーンが低くなるメイ。
「そういうメイちゃんだって、会ったこともないミコトのことを一生懸命救ってくれようとしてるじゃない。そっちのほうが訳わかんないわ」
真里菜が部屋に入ってきた。
「真里菜おばさま!」
「しかもそれって、あなたのような完璧な子をむげにするような鈴露くんを喜ばせる結果になるのよ?」
「だって…! 祭ちゃんもみんなも、ミコトさんのことを懸命に考えていて…私にできることがあるなら、何とかしなくちゃって…」
「翔太くんも紗由ちゃんも、若青龍さまのことも一生懸命考えていたの。メイちゃんのように、利害関係なく慈しみの気持ちをもって。みんな、それがわかっているから、その気持ちを無駄にしたくないのよ」
「……」
「それから皆さま、お伝えすることがあります」
「あ…」充が天を仰ぎ見た。
「私の元に“死の香り”が届きました」
「待って、真里菜おばさま! おばさまが追っていたのはミコトの香りでしょ? ねえ、そうよね?」
真里菜に駆け寄り、何度も彼女の体を揺らす深潮。
真里菜はじっと彼女の目を見つめた。
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