神様のお守りも楽じゃないわと彼女は言った~西園寺命記 捌ノ巻~ その4
* * *
日下部と思しき人物は、駐車場から車に乗り込み美術館を出た。賢児と玲香も、今度は賢児の運転でその後をつけていく。
「なあ、玲香。このままだと清流に着いちゃうぞ」
「まさか目的地はうち…? あ…そのようですね。お客様駐車場に入りました」
「業者側の場所に停めよう。家のほうに回ってると追えなくなる」
賢児が慌てて車を停めた。降りると、日下部が車を降りたところで、誰かに電話をしながら、清流の正面入り口に向かっていた。
入り口近くでは、飛呂之が箒で辺りを掃いていて、そこに勝手口のほうから聖人と真琴が子供用のじょうろを持って飛び出してきた。
「じっちゃーん!」
「ん? どうした。二人でじょうろを持って。花の水遣りは午前中にしただろ」
「まこがね、木におみずあげてないっていうの」
聖人が門柱近くの大きな桜を指差した。
「木にか? うーん。木はお水をあげなくても大丈夫だぞ」
「どーして?」
聖人と真琴がそろって首をかしげる様子に、飛呂之は思わず微笑む。
「あの子は大人の木だから、雨が降った時に自分で根っこに水をためてるんだよ」
「あげちゃだめ?」真琴が飛呂之の袖をつかむ。
「だめということはないさ。じゃあ、まこがジョウロで雨を降らしておあげ」
「はーい」真琴はうれしそうに松の木の根元に水をまいた。
「可愛いお子さんたちですね」日下部が飛呂之に声を掛けた。
「いらっしゃいませ」飛呂之がにこやかに挨拶をする。
「こんにちわあ」
聖人と真琴が挨拶をすると、日下部は二人の前に屈んで頭を順番に撫でた。
「こんにちは」
「ご用件、承りますが」
「知人に頼まれまして、羽童お守りというのを買いに来たんですが」
「そうでいらっしゃいますか。あちらでございます。玄関ロビーの左手に売店がございまして」飛呂之は掌で玄関を示しながら、聖人と真琴を振り返り、二人を呼んだ。「二人ともおいで」
「はーい」
二人はにこにこしながら、飛呂之と日下部の後をついていった。
「宮城さん、こちらのお客様が羽童お守りをお求めです。案内してもらえますか」
飛呂之は売店で別の客を見送ったばかりの仲居頭、宮城に声を掛けた。
「はい。承知いたしました。…お客様、こちらへどうぞ。羽童お守りですと3種類ございまして…」
宮城が日下部を売店中央に案内する間に、聖人と真琴はぴゅーっと駆けて行った。
聖人が商品陳列棚の傍にある椅子、これは高齢の客が商品をゆっくり選べるようにとの配慮から置かれているものだったが、そこに上って商品棚に手を伸ばし、お守りを取ると真琴に渡していく。
「これです!」
真琴はやってきた日下部にお守りを差し出した。
「おやおや。ありがとう、お嬢ちゃん。僕も、ありがとうね」真琴と聖人を交互に見て微笑む日下部。
「よく覚えてるのねえ、まーくんも、まこちゃんも」驚く宮城。
「しょうにいたんに、おしえてもらったの」声を揃える二人。
「まあ、そうだったの」
「お守りと言っても、いろいろなんですねえ」
「あ…失礼いたしました」日下部に注意を向けなおす宮城。「お守り袋に刺繍してある童様の色が、白、黄色、ピンクの3種類となっております。普通のお守りタイプの他に、ストラップや匂い袋などもございます」
真琴が渡した白の他の2種類を出す宮城。
「うーん…」
「巷では、ピンクは恋愛運、黄色は金運、白は仕事運にいいと言われているそうでございますよ」
「やっぱり白かな。最初に出してもらったのにします。二人とも、ありがとうね」
「はい!」
日下部が清算を済ませたところで、別の客が宮城に声をかけ、宮城はそちらへ小走りに駆け寄っていく。
そして日下部の近くでは、聖人と真琴が店内の土産物に触れては、まるで生き物相手のように話しかけており、日下部はしゃがみ込むとそんな二人に話しかけた。
* * *
双子たちが日下部と話をしていた時、賢児と玲香は、売店の奥の帳場側から、日下部と子どもたちの様子をうかがっていた。
正確に言うなら、店内に入って彼らに近づきたかったのだが、二人ともそれ以上、なぜか近づかないほうがいいような気がして、そのままじっと様子を見つめていたのだ。
しばらくすると、日下部は二人の頭を撫でて店を出て行った。
「賢児さま…」
「何を話してたんだろうな」
賢児はゆっくりと体を動かした。歩き出そうとした瞬間に何か体にぎこちなさを感じ、無理をしないほうがいいように思ったからだ。
「緊張して見つめていたら、何だか体が固まっちゃいました」左肩を回しながら玲香が言う。
「俺もだよ」
「何て言うか…変な重力が加わってるみたいです」
その時、聖人が賢児たちに気付いた。
「パパ! ママ!」
駆けてくる二人を抱きしめる賢児。双子たちは次に玲香のほうへ手を伸ばす。
「ただいま。二人ともいい子にしてた?」
「すごくいい子だった」自信満々に答える聖人。
「いい子だった」こくんと頷く真琴。
「なあ、真琴。さっきのおじちゃんと、どんな話をしたんだ?」
「キラキラをとりかえっこしてって、いわれた」ニコニコ笑う真琴。
「まこちゃん、キラキラってなあに?」
「おばあさまが、もってるの」
「おばあさまの持ち物のことを、何で真琴に聞きに来るんだ?」
二人の力に関係することなのかと、賢児が途端に警戒を露にする。それに気付いた玲香は、賢児の視線を遮るように真琴を抱き上げた。
「おばあさまが、まこにくれるんだって」聖人が賢児に手を伸ばしながら言う。
「おばあさまがくれるって、何でそのおじちゃんが知ってるんだ?」無表情に聖人を抱き上げる賢児。
「賢児さま。部屋でお話しましょうか。ここは人の行き来も多いですし」
玲香は、こちらに気付いた宮城に笑顔で会釈しながら、帳場のほうへ賢児をうながした。
* * *
賢児と玲香は、聖人と真琴から話を聞き終えると、二人を昼寝させ、庭に出た。振り向くと窓越しに、聖人と真琴がそろって寝返りを打つのが見える。
「二人に聞いても埒が明かないな。
キラキらが何かと聞けば、おばあさまが真琴にくれるもの。どんなものかと聞けば、もらってないからわからない。
いつもらうのかと聞いても、もらってないからわからない。
おじさんのキラキラはどんなものなのかと聞けば、見せてもらってないからわからない、だもんな。
それはそうなんだろうけど、まるで昔の紗由と話をしてるようだよ」
疲れたように言う賢児の背中に玲香がやさしく触れる。
「ところで賢児さまは、今日の日下部さんをどう思われました?」
「どうって…そう言われると…何だか考えがうまくまとまらないな」
「私もなんです」玲香が天井を見上げた。「でも、ひとつだけ言えるのは、以前パーティーでお会いした時の、噂話に講じていた日下部さんとは、全然違うような気がして…」
「ああ…そうだな」
賢児が玲香を見つめる。
「日下部さんて、あんなに落ち着いた感じじゃなかったよな。確かに印象が違う」
「ここが私の実家だということも知ってたはずです。婚約後、久英社の雑誌でけっこう宣伝していただいたし…。
そもそも、あのパーティーでの出来事を考えたら、普通は来ませんよね。お守り買いになんて。今は通販もありますし、駅前の土産物販売所でも売ってます」
「普通の神経なら来ないよなあ」笑う賢児。
「それに華織伯母さまの存在を話の中に出したのだとしたら、“命”の関係者なのかなという気もしますし。
もちろん、それは考えすぎで、子どもたちの好きそうな御伽噺もどきをしていて、君たちのおばあさまがという言い方をしただけなのかもしれませんけれど」
「まあ、そういう考え方も成り立つな。あの子たちにとっては、おばあさまと言ったら華織伯母さんのことになる。お義母さんのことは弥生ちゃんだし…」
「お呼びかしら?」
「お義母さん!」
「どうしたの? 二人で深刻な顔して」弥生が玲香の頬にそっと触れる。
「あのね…日下部さんがうちの売店に買い物に来て…」
「日下部さんて、久英社にいた彼?」
「うん。まーくんや、まこと話をしていたんだけど、二人にその内容を聞いたら何か妙なの」
「そうなんです。真琴に、キラキラを取りかえっこしようと言ったらしいんですが、キラキラって何かと聞いたら、おばあさまが真琴にくれるものだと言うんですよ」
「だから日下部さん、もしかして関係者なのかなって話してたのよ」
「関係者ということはないと思うんだけど…」考え込む弥生。
「どうして、そう言い切れるの?」
「あのパーティーの出席者は、大隅が全員チェックしたわ。“命”以外の系統の能力者も使って」
「確かに、あの時の日下部さんは、ただの噂好きで調子のいいおじさんていう感じだったんですけどね…今日の日下部さん、ちょっと様子が違ってたんですよ」
「そう。落ち着きがあって」
「それで、まーくんと、まこちゃんは、嫌がる様子はあったのかしら?」
「ううん。ニコニコして話してたわ」
「それなら敵ではないわね」弥生が微笑む。「特にまーくんは賢児さんに似て、その辺の選別ができるようだから」
「お義母さんがそう言うなら少し安心です」
やや緊張が解けた様子の賢児。
「でも、様子が違うというのは気になるわ。本物じゃない可能性もあるし」
「本物じゃない?」
まるで双子のように一緒に首をかしげる賢児と玲香に、弥生は思わず噴出した。
「んもう。二人とも双子ちゃん化してるわよ」
「たまたまよ…」少し悔しそうに言う玲香。「だけど、どういうことなの、それ」
「関係者の中には、整形や特殊メイクで顔を変えて仕事をする人もけっこういたから」
「まるでスパイか逃亡犯ね」
「再度接触してくるだろうから、彼の正体や、子どもたちに接触した意図を確認できるといいな…」
賢児が弥生のほうを見る。
「二人は、キラキラを取りかえてと言われて、もらってから考えると言ったようですから」
「その時に対処するためにも、華織さんには早めにご報告しておいたほうがいいわ」
「そうします」頷く賢児。
「日下部さんに会ったことのある翔ちゃんにも話しておいたらいいと思うわ」
弥生は立ち上がると、聖人と真琴が寝ている部屋へ静かに入っていった。
* * *
明け方、弥生は旅館の売店にいた。玲香たちの話が気になったからだ。手には直径が10センチはあろうかという水晶が握られている。
“大隅の義父さんが最近かなり動いていたのは承知している。
しかも依頼主はどうやら西園寺の“弐の位”。
日下部さんらしき人物の出現と、きっと何らかのつながりがある。私の石はそう言っている…。
でも、たかが半日でここに痕跡がまったくないというのはおかしい。かなりの力を持つ人物が意図的に消していったのでもない限り、この子の目はかいくぐれないはず”
弥生は売店内を再度見回すと、そのまま正面玄関に向かい、庭へと出た。昼間、真琴が水をやった大きな桜の根元に水晶を置くと、木に両手でそっと触れる弥生。
“どうか、あの子たちをお守りください”
弥生の祈りに呼応するかのように、彼女の脳裏にはヴィジョンがかけめぐった。
“狙われているのは龍くん…? そしてあの気配は…”
弥生は水晶を再び手にすると、静かに目を閉じた。
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