神様のお守りも楽じゃないわと彼女は言った~西園寺命記 玖ノ巻~ その15
* * *
澪と華音に付き添われ、龍が八角堂に戻ってきた。
龍が、ただいまと言い終えるか終えないかのうちに、奏子が一目散に走ってくる。
「龍くん!!」
「奏子ちゃん…!」
龍にしがみつき、わんわん泣き出す奏子。
後ろから歩いて来た紗由たちは、その様子をじっと見ている。
「大丈夫だよ。僕は大丈夫だから」
「おじいちゃまが、したんでしょ? 龍くんにひどいことしたんでしょ?」
「違うよ。僕が四辻先生にひどいことをさせたんだ」
「龍くん…?」
「だから、もう泣かないで奏子ちゃん」
「でも…でも…」
「みんなも聞いて」
一同が龍を見つめる。
「みんな、それぞれに正しいことをしようとしている。やり方が違うだけで」
「にいさま…」紗由が唇をかむ。
「それでも僕は、おばあさまのやり方がいいと思う。小さな祈りを積み重ねて、神様に人間のすばらしさを伝える。四辻先生みたいに、組織がどうとか、トップがどうとか、そういう視点じゃない。地味だけど、僕はそれがいいと思ってる」
「うーたん!」華音が両手を握り叫ぶ。
「にいさま。華音ちゃんも、それがいいって」
「ありがと、華音」
「奏子は龍くんがいいです!」
「奏子ちゃんて、ぶれないよね」
恭介が充にささやく。
「姫のおやつへの思いといい勝負」
「西園寺はこれから、四辻先生の思惑とは違う方向へ進むことになる。ちょっと慌ただしくなるけど、みんなもよろしくね」
「はい!」奏子が大声で返事をする。
と、その時、華音がドアに向かって走り出した。
「華音!」驚いて後を追う澪。
「あー、悠斗くんが来たんですね」腕組みして眺める紗由。
「華音ちゃんも、ぶれないよね」
「これまた、姫のおやつへの思いといい…」
充が言いかけると、今度は紗由が走り出した。
「え? 翔太くんも来たの?」
「いや。師匠は祭の準備がありますゆえ…」
悠斗と一緒にやってきたのは弥生だった。
「弥生ちゃん、いらっしゃい!」紗由が満面の笑みで挨拶する。
「こんにちは、紗由ちゃん」
「その箱、翔太くんが作ったほうきですよね?」
「ええ」
近づいて来た龍に、深く頭を下げる弥生。
「弥生ちゃん、いらっしゃいませ」
「おじゃまいたします」
「祖母は今、出かけています」
「はい。連絡をいただきました。すぐに戻るので、こちらでお待ちするようにと」
「わかりました。では、こちらへ」
龍は、二階の屋根裏部屋へと弥生を案内した。
* * *
紗由が、弥生と龍にお茶とお菓子を運んできた。
カップを置き終わると、そのまま龍の横に座る紗由。弥生が手土産に持ってきた岡埜堂のまんじゅうを、さっそく食べ始める。
「うーん。おいしい」
「…何しに来たんだよ、紗由」
「翔太くんが作ったほうきを見に来ました」
弥生がテーブルの上の箱を開けた。
「今回の“赤子流怒”大祭では、こちらの神箒を使います」
「来週には祭ですよね。持ち出してよかったんですか?」
「翔太が、皆さんのお力をチャージしてもらうようにと…」
「大祭、何か問題でも?」
「いえ、60年先に備えるように、神様が言いに来たと」
「60年先…つまり、40年に一度の真大祭、ですね」
「はい」
「ほらね。紗由がいてもいいでしょう? その頃は紗由が清流のおかみですし」
「そうね、紗由ちゃん」
「まあ、それはともかく…今回の箒の中央は青龍なんですね」
「はい。今までは、主人と翔太のその時の判断で、中央に据える四神を選んでいましたが、今後はずっと青龍にすると」
「そうですか」考え込む龍。
「あの…聖人と真琴は元気にしてますでしょうか」弥生がおそるおそる尋ねた。
「元気ですよ! 弾さんとお散歩に行ってます。そろそろ…戻ってきますよ。連れてきますね!」
紗由は、お茶をゴクリと飲み干すと部屋を出ていった。
「まったく、慌ただしいんだから」
「いつも元気で明るくて、ステキなお嬢さんですわ」微笑む弥生。
「僕ね、まーくんとまこの夢を見たんですよ」
「夢?」
「清流旅館の庭先でした。まこが男から針水晶をもらって…泣き出して、まーくんがなだめるんですけど、水晶の光がどんどん増していって…。男が気を失った二人を車に乗せようとした時、誰かの叫び声で水晶が弾き飛んで二人を助けたんです」
「……」
「叫んだの、弥生ちゃんですよね?」
「それは…」
「正確に言うと、悠斗くんにサポートされて、力が最大化した弥生ちゃん」
「私も同じ夢を見ました。叫んだ時に男の子の後姿が浮かび、“命”さまの力を強く感じました」
「やよいちゃーん!」
ドアが開き、聖人と真琴が飛び込んでくる。
「まーくん! まこちゃん!」
抱きついてくる二人を抱きしめる弥生。
「あのねえ、まこねえ、まほうのれんしゅうしてるの」
「まーくんも!」
「まあ。すごいわねえ」
「失礼いたします」頭を下げながら入ってくる弾。
「弾さん…いつも二人がお世話になってます」
「いえ。こちらこそ」
「あのね、弾しゃんは、まほうのせんせいなんだよ」
「せんせいなの」
「まほうはね、たいせつな人をまもるためにつかうんだよ」
「つかうの」
「うんうん」二人の話を笑顔で聞く弥生。
「やよいちゃんもまもるからね!」
「からね!」
ニコニコしながら言う聖人と真琴に、弥生の頬にはいつのまにか涙が流れていた。
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