水中肴

神様のお守りも楽じゃないわと彼女は言った~西園寺命記 玖ノ巻~ その7

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  *  *  *

 華織は、窓の外を眺めながら、物思いにふけっていた。

「華織おばさま、ちょっとよろしいでしょうか」

 空いていたドアから入ってきた玲香が、頭を下げた。

「あら。おひとり? 珍しいのね」

「はい。個人的におうかがいしたいことがありまして」

「おうかがいするわ」立ち上がり、玲香に歩み寄る華織。

「さっき母から電話があって、一週間ぐらい東京に出てくるっていうんです」

「東京でのお仕事がお忙しいのかしら」

「一応そういうことですけど、母はよほどのことがない限り、父の元をそんなに離れたりはしません。東京の事務所はお弟子さんたちに任せてますし、大祭の前ですから…」うつむく玲香。

「よほどのことがあったと?」

 こっくりとうなづく玲香。

「母にとってのよほどのこととは、翔太か、うちの子たちに何かがある時だと思うんです。でも翔太のことなら静岡を離れるとは思えません」

「まーくんとまこちゃんに何かあると思ってるのね」

「おばさまが先日二人に力を使わせたことと何か関係があるのでは…」

「あら。私がいけなかったのかしら」首を傾げる華織。

「賢児さまも先日の件はかなり気にしてます。不安を口にすると龍くんや紗由ちゃんがそれを打ち消してくれるので、直接おばさまに確認せずに今日まで来てますけど…」玲香がうつむく。

「龍や紗由のこと、信用できない?」

「…二人は、事実と違うことは何一つ言ってないと思います。でも、本当のことをすべて話しているようにも思えないんです」

「答えを引き出すのは得意でしょう。ご自分でたどりつけばよくてよ」

「大祭の前に、どうしても解決しておかねばならない、そういうことなんでしょうか」

「ほら。もうたどりついてるわ」

 華織は、ゆったりと微笑んだ。

  *  *  *

 龍は、清子の元に行き、咲耶の顔を覗き込んだ。

「かわいいなあ。ママに似て美人さんだね」

 清子は、うふふと笑いながら、咲耶のほっぺたを、ちょんと触る。

「咲耶ぁ、よかったねえ。龍おにいちゃんに、美人さんだって言われたよぉ」

 きゃっきゃと笑う咲耶。

「お嫁さんにしてもらう?」

「それはダメです!」

 その声に振り向いた清子の前には、奏子が仁王立ちしていた。

「龍くんのおよめさんは、奏子ですから!」

「あ…そう…でしたね。ごめんなさい」目を反らしながら苦笑いする清子。

「咲耶ちゃんには、星也くんがいますから」

「え?」

「えーとですね…」

 奏子が、四つ菱草の文様をデザインしたバッグの中を、ゴソゴソと探し、石を取り出した。

「これです!」

「え?」

「これがあれば、咲耶ちゃんは大丈夫ですから!」

 奏子は清子の手に石を握らせ、微笑むと、龍の手を握った。

「あ、あの…」

 どこから何を聞いていいのかわからぬ清子にはおかまいなしで、奏子は龍の手を引っ張り走り出す。

「大丈夫です!」奏子に引っ張られながら龍が叫ぶ。「四辻の石の力は、西園寺を上回るものです!」

「龍くん…?」

「いや…駆逐するもの…なのかな…」

 囁き、手を振る龍を見ながら、清子は強く左手を握った。

“この子には何かが起こる…でも、いろんな方々が守って下さる…そういうことなのね…”

  *  *  *

 黒マントの男は、八角堂を遠くに眺めながら、ため息をついた。

「こちらの考えた順番通りに、事は運ばぬようだな…」

「九条の幼な姫の力が開く前に、久我の皇子を開けば、力の均衡はいったん保たれます。久我氏も二条氏もご満足いただけるはずでしたが…」黒マントの男にお茶を差し出す、もう一人の男。

「九条の二の位に渡った石は封じ石」

「幼な姫の力を開く妨げに…」

「そうだな」

「この先、久我の皇子にも石が渡れば、何もできなくなります…今のお立場では」

「…ああ」

「どうなさるおつもりですか?」

「私の力の依り代を作ろう。九条の幼な姫に接近し、まず石を封じ、それから目的を果たす」

「どなたがそのお役目に?」

「西園寺の幼な姫だ」

「華音さまをですか?」驚く男。「西園寺の“命”さまに知られずに済むとは思えません。お怒りに触れるのでは…」

「とりあえず、一度試してみたい。一条の力も持つ姫君を使えれば、怖い物はない」

 黒マントの男は、再び八角堂を眺めた。

  *  *  *

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