キラメキ

神様のお守りも楽じゃないわと彼女は言った~西園寺命記 捌ノ巻~ その2

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  *  *  *

「びっくりさせて、ごめんね、玲ちゃん」

 進は男声のまま、いつものやさしい口調で玲香に頭を下げた。

「うーん。私の読み、はずれてたのね」

「読みって?」

「翔太がね、ずっと前に言ってたことがあったの。進子ちゃんの“ぴかぴか”は、心が乙女の人のものじゃないように見える時があるって。だから私、てっきり“バイ”なんだと思ってたの」

「バイ?」眉間にしわを寄せる進。

「それなのに普通に妻子持ちだったとはね…」

「えーと…」

「玲香さん、突っ込みどころ、そこなの?」隣にいた中山弾が噴き出した。

「弾さんもよ。びっくりしたわ。あの関根さんの息子だったなんて…」

「ごめんね、黙ってて」

 弾が頭を下げると、進も一緒に頭を下げた。

「あ、いいの、いいの。二人ともそんなことしないで。責めているわけじゃないの。驚きはしたけど、私たちを守ってくれていたんだもの、感謝してます。本当よ」

「そう言ってもらえると、ちょっと安心だよ」

 嬉しそうにはにかむ進を見ながら、弾が玲香に言う。

「進さんはね、ずっと気にしてたんだよ。玲香さんや、塩谷くん、加奈子さんを騙している形になってたから、心苦しいって。でも、皆と仲良くしていたのは“命宮”としてではなくて、あくまで高橋進としてだと思うんだ」

「わかってるわ、弾さん。ありがとう。進子ちゃんも」微笑む玲香。

「玲ちゃん…」

「でも、弾さんのほうは、気がつくチャンスがあったのよね。…ちょっぴり悔しい」

「チャンス?」

「ほら、以前、私が住んでたマンションで飲み会した時。賢児さまが紗由ちゃんを連れてきて、皆が自己紹介したわよね。

 あの時、紗由ちゃん言ったのよ。弾さんのこと、グランパと、うちの父と、翔太の友達だって。

 宿の名前の法則に適った名前の持ち主という意味なのかと思ったわけだけど、まさしく宿の跡取りだったってことよね」

「ああ、あの時ね。正直、あれはびっくりしたよ。でも、僕はあれで紗由さまの力を実感した」

「それに関根さんも、渡米される前に東京の息子に会いに行くって、おっしゃってたわ。まあ、さすがにそれだけでは弾さんのことだとは、わかりようがなかったけど」

「それでわかったら、玲香さんが“命”になれるよ」

「そうよね」玲香は楽しそうに笑う。

「でも、進子ちゃんは、どうして“そっちの人”のふりしてるの? それも“命宮”の仕事と関係があるの?」

「まあ、あると言えばある」

「夫婦円満の秘訣なんだよ」弾が言う。

「聞かせて!」

「玲ちゃん、その、お菓子を見つけたときの紗由さまみたいな顔、やめてよ」進がぼそっとつぶやく。

「お菓子を食べつくすまで、やめません」ふふふと笑う玲香。

「進さんはイマジカができた後も、別の会社に潜入調査みたいなことしてたんだよ。西園寺家に対する目論見を調べるために、関係者の知人に近づいて、いろいろ聞き出そうとしたんだけど。相手が女性で、逆につきまとわれるはめになったんだ。モテるって罪だよねえ」

「弾」

 進がぎろりと睨むが、弾は気にする様子が無い。

「情報を握っている人間をみすみす逃せはしないが、枕営業もしたくはない。結局、代わりに未那さんを潜入させて、進さんは引き上げることになった。

 ところが、その彼女、やめるんなら社内を気にすることはなくなったと、ここぞとばかり猛アタック。逆効果だったんだねえ」

「わかるわ。社内だと何かと気を使うものねえ」

 熱愛中なのは誰が見てもわかる賢児と玲香の様子を目の当たりにしていた進と弾は、内心“どの口がそれを言うんだ?”と思ったが、今は分が悪いので、言葉にするのはやめておいた。

「で、進さんに迫る彼女を前にして、未那さんは咄嗟に言いました。“この人、ゲイなの!”」

「まあ…」

「そしたら、その彼女、同情モードになっちゃって、進さんには女友達として優しく接するようになって、飲みに行ったついでに、知りたかったことも全部しゃべってくれたというわけ」

「ああ…じゃあ、それで味をしめたってことなのねえ」腕組みして深く頷く玲香。

「結局、進さんも未那さんもそこを辞めて、イマジカのほうへ戻った。でも、一般女子社員は大勢いるし、同じことになりそうな気配だったのさ」

「ねえ、弾さん。それは普通にもてるというだけじゃなくて、イマジカにも敵方というか、対立する勢力の一味が侵入していた…もしかしたら、いるっていうことで、イマジカに移った後も情報収集が必要だったということなの?」

「そういう可能性も考えて、両方に対応する意味でカミングアウトして、女の子として、女性の情報網をつかみに入ったというところだね」

「なるほどねえ。進子ちゃん、やさしいし、頼りになるから、何でも話したくなっちゃうものねえ」大きく頷く玲香。

「でもね、事実を知っている身からすると、僕は入社以来、毎日笑いをこらえるのに大変だったよ」

「それはご苦労様。…って、今後は私もそうなるのよね」玲香が困った顔になる。

「その点は、ご勘弁を」進が頭を下げる。

「わかりました。えーと、進子ちゃんや弾さんたちのことを知っている人って、他にも社内にいるの?」

「その点も、ご勘弁を」進が再度頭を下げる。

「…わかりました。あ、そうだわ。進子ちゃんのおうち、あそことは別に本当の家があるの?」

「皆が遊びに来ているあの部屋は、仕事部屋兼、外部の人間との接触用。今、未那たちと暮らしているのは向かいのマンション」

「仕事モードが多いと行ったり来たりで大変ね」

「だけど部屋を一つにしておくと、急に訪ねられたりして、未那たちに鉢合わせするからね」

「なるほどねえ。ねえねえ、それから…」

「まだあるの?」

 進が思わず遮ると、玲香は首を少し傾け、にっこりと微笑んだ。

「奥様との馴れ初めは、はずせないわよねえ」

  *  *  *

 玲香たちから少し離れた場所でコーヒーを飲んでいた未那もまた、賢児から質問攻めにあっていた。

「前に伯母のマンションで会ったことがありましたよね。あれは伯母を訪ねていたということなんですか?」

「はい。そういうことです。別の出口を使ったのに、あんなところでお会いしたので、びっくりしました。特別な関係があると、ばれてしまっては少々困りますので」

「迂闊でした。先生は、確かあの時、お世話になった方に会いに来たとおっしゃった。あのマンション、ワンフロア1入居者だから、そんなに大勢の人がいるわけじゃないんだ。

 お世話になった方というのが伯母夫婦だと気づくべきでした。特に伯父は同じ会社にいたわけだし」

「でも、私のほうは助かりました。あの時点では、まだ正体を明かすわけには行きませんでしたので」

「聖人と真琴が3歳になるのを待っていたということですか?」

「うーん、正確には、西園寺分家を担う方が、物心ついて、意思の疎通が図れるようになるのをお待ちしていたということです」

「そして、先生は“神命医”として聖人と真琴を担当し、弾くんは彼らの専用宿としての縞猫荘の亭主となり、高橋部長は彼らの英才教育をバックアップする体制をマネジメントするというわけですね」

 少しばかり顔を曇らせる賢児に、未那は尋ねた。

「お二人が“命”になられるのは反対でいらっしゃいますか?」

「本人たちが納得しているならともかく、周囲が勝手に決めるのはどうかと思います。それに、特に“弐の命”は精神的にも肉体的にも激務なんでしょう?

 そんなことを子どもにさせたい親がいますか? それに二人のうちどちらかを、などということになったら、僕にはとても選べません」

「そうですね…そのお気持ちはわかります。“夢宮”も夢で何かを受け取ることは同じですから」

「先生は、悠斗くんを“夢宮”にすることに不安はなかったんですか?」

「悠斗の場合は、させたのではなく、自分からなったんです」ふっと笑う未那。

「自分から?」

「はい。華織さまたちにお会いして可愛がっていただくうちに、まず、自分は華織さまを守る仮面ライダーなんだと言い出しました。

 そして、あの子は華織さまに抱かれて眠るのが大好きで、時々、その腕の中で見た夢の話を、少ない語彙ながら、懸命にするようになったんです。

 華織さまは“命”を退任していた期間…“命”の力は、退任の際に伊勢にいる封じる専門の能力者、まあこれも“命”の一人と考えていいでしょう、その方が封じます。

 ですが華織さまは、そのお力の強さから、退任後も様々なヴィジョンを受け取ることがあり、それと悠斗の夢に符合する部分が多々あったようでした。

 華織さまと躍太郎さまは悠斗の話にとても興味を持たれて、私に、あの子の夢を全部記録するようにとおっしゃいました。それが2歳9ヶ月の頃です。

 “夢宮”にしたいと躍太郎さまから申し出を受けたのが、3歳1ヶ月の時。でも、その時点では、進はそのことを知りませんでした」

「どうしてですか?」

「躍太郎さまたちのお優しさです。彼は、ご夫妻から何か依頼されれば、決して断ることはしません。だから、まず私に判断を委ねたんです」

「そうだったんですか」

「ちょうど進は出張中だったということもあって、私は一人でずいぶん迷いました。

 でも、そんな時、悠斗が言ったんです。悠斗はずーっとずーっと華織ちゃまを守るんだと。夢で見たこと、ぜーんぶ教えてあげるんだと」

「それはまた、複雑なご心境でしたでしょう」

「はい。しかも、あの子ったら、進から電話があった時に、進にもそう伝えていたようなんです。

 ほどなく彼から電話があって、二人で相談しました。そして現在に至るというわけです。

 幸い、私の祖父が腕のいい“神命医”なので、悠斗の“調整”には万全の体制を敷けましたし、“命”の関係者としての教育は、進がきちんとやってくれています。

 もちろん、華織さまご夫妻も。もし、賢児さまがお子様方の成長への悪影響をご心配なさっているのでしたら、その必要はないと断言できます。関係者は全力でサポートさせていただきます」

「先生は、いろんな意味で先輩というわけですね」

 小さく笑う賢児。

「あ、そうだ…“神命医”に関してなんですけど、二人の“命”教育のフォローの中心になる医者と、西園寺の普通の意味での主治医というのは、必ずしもイコールではないんですか?」

「村上先生がご担当だった時はイコールでしたが、一条家の神命医で重鎮だった大徳寺先生の一派が事実上消えてから、まだ再編途中というか、本来の意味での主治医とダブル体制を敷いている家が多いですね。何か気になることでも?」

「龍がこの前、華織伯母さんに言ってたんですよ。花園先生は半分くらい静岡にいて、聖人と真琴が急に熱を出したりした時、すぐに対応できない場合があるから、もう一人用意したらどうかって。今思うと、どちらの医者のことを言ってるのかなって」

「小さい子どもは体調の変化が激しくて気が抜けませんからね。お二人専用の、本来の意味での主治医がいてもいいかもしれないです。“命”に関する医務は、西園寺には力を持つ人間が多すぎて、花園先生だけでは対応しきれませんから、村上先生に他家と兼務していただくか、祖父が最後のご奉公として携わらせていただくことになるかと思います。私と妹がそのフォローを勤める形になるでしょう」

「でも、西川先生も赤ちゃんの子育て中で大変ですよね。麻那先生もそうだし」

「私たちの場合は、家族が優秀ですからノープロブレムですわ」

 未那が笑うと、賢児もつられて笑う。

「それと…あまり大きい声では言えないんですが…」

 未那は周囲を気にしながら、声を低くした。

「“命”になるか、ならないかは、途中でヤバイと思ったら、やーめたって言えばいいんです」

「い、いいんですか、それ」意外な言葉に目を丸くする賢児。

「“命”の受け取る未来だって、その時々で変化します。それによって、親の側も臨機応変に変化していいはずです。

 実際、それぐらいの気持ちでいなかったら、つきつめて考えてしまったら、毎日不安で眠れません」

「わかりました。適切なアドバイス、ありがとうございます。

 …まあ、このまま伯母の希望通りに進めることになると思いますが。玲香のほうは、“宿”の娘だからなのかなあ、どこか覚悟していたかのように、伯母の話を聞いていましたし。

 子どもたちも楽しそうに今後の計画を聞いていました。覚悟が足りないのは、僕だけかもしれません」

「賢児さまは、“命”の何たるかを幼少時より教育されてきたわけではありません。当然の反応です」

「そうだ。聞いてもいいですか?」

「さっきから、いろいろと聞いていらっしゃいますよ」微笑む未那。

「あ、いや、そっちじゃなくて、ご主人のことです」

「進のことですか?」

「何で彼は、おねえのふりをしてるんですか?」

「ああ、それは…一言で言うなら、情報収集に有効な手段だからです。女性の中に入って、警戒されずに話を聞きだすのに、おねえというキャラは、強面の男よりはいいということですわ」

「なるほどね。確かに玲香も言ってました。進子ちゃんには何でも相談に乗ってもらってたって」

「でも、賢児さまへの思いだけは、こっちから聞いてもはぐらかされるだけだったそうです。だから本気なんだろうと進は判断して…いけない、いけない。ちょっとしゃべりすぎました」ペロッと舌を出す未那。

「あ。そこは秘密なんですか?」賢児が少しすねたように問いただす。

「すみません。ですが、先ほどの質問にはお答えしました」

「ご主人は今後も社内ではあのキャラなんですか?」

「さあ…私には何とも。事態が動いた時に人員の配置や動き方を決めるのは“命宮”の仕事ですから」

 未那はいたずらっぽく笑うと、冷めたコーヒーをすすった。

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