西園寺命記~紗由・翔太之巻~その14
* * *
「メッセージのやり取りの中で、“足らない部分を早急に入手しろ”という指示があったんだよ」龍が言う。「ただ、それが何なのかはわからない」
「下手に先をたどるのも危ないかもしれないものね…」紗由が頷く。
「それが狙いで、わざわざPCを渡したという見方もできなくはない」
龍が遠くのビルのスクリーンを見つめる。
「そのPCからの連絡先は入手できとるんか?」
「いや、連絡ごとにデータが消えるようになってたんじゃないかって、翼が」
「その辺の追跡は本体がないと難しいか」
「できなくもないけど、何となく今はやらないほうがいいような気がするんだ…」
「龍のカン、よう当たるからな」
翔太は、龍の胸元をチラリと眺め、遠くのビルのスクリーンを見つめた。
「メカゴキブリはね、ちょっとちゃちい感じだったらしいわ」
「形代やったら、昔、華織さまが二条さんとこに性能いいやつ、あげとったよな、確か」
「そうそう。虫型だったから、私も最初、それをまねして作ったものかと思ってたのよ」
「でもただの盗聴器レベルだったみたいだ」
「何でそんな目立つ盗聴器よこすんやろな」
「見つけてほしいから」
紗由が言うと翔太が笑う。
「何や、そのかまってちゃん」
「それをよこした相手が、接触しないと力が使えないタイプなんじゃない?」
「僕も紗由の意見に賛成だ。“命”グループの力は基本遠隔で発動できるから、接触する必要はさほどない。でも、やたら近づいてくるだろ。そこがシロートっぽいっていうのかなあ、違和感がある」
「“禊”の人たちは、体に触れなくても薙ぐことはできるけど、目を合わせるだかなんか、あったよな」
翔太が言うと龍が補足する。
「そう。薙ぐ相手の目から念を入れる」
「鼻とか耳でもいいのかしら。つながってるわよね」
「和歌菜おばさまにでも聞いてみれば」
「鼻の孔から念入れるいうのもなあ」クックと笑う翔太。
「“言挙”の人たちは書いて読み上げてなんぼやから、盗聴器とは縁がなさそうやし…」
「あ。でも、あのゴキブリちゃん、自分で勝手に飛んで帰るようになってたみたい」
「そっちのほうが機能的にすごいやん」
「しかも、帰宅先が伊勢の外側なんだよ」
「はあ? あの辺に本拠地があるんか? 多治見だとしたら京都と東京やろ」
「だから、それとこれとは別という可能性もある」
「なんや面倒くさいなあ」ワインをグイっと飲み干す翔太。
「で、あーくんを襲おうとした野ばらは、どないなん?」
「それが回収しに行った時にはもう消えてた」
「え。確か、華音ちゃん、トゲに刺されたいう話やったろ。やばないか?」
「それがねえ」紗由がくすくす笑い出す。「手品使ったらしいわ」
「手品?」
「ほら。お正月に悠斗くんと一緒に披露していた、あれよ」
「手の甲を紙に押し付けて書初めしてた、あれか?」
「手に仕込んだのが、墨じゃなくてトマトケチャップだったわけだよ」
「仕込んだいうことは、前もってわかってたいうことやな」
「華音ちゃんだもの」
「“弐”の素質あるのになあ」
「にいさまのために、取っておいたんじゃないの」笑う紗由。
「敵もびっくりやな。血液分析したら人やないて」
「怒らせたかもな。だから紗由が襲われたとか」
「まあ、その辺は週末のパーティーで明らかになるんじゃない?」
「わろうとるけど、俺にしたら西園寺は廃嫡してほしいわ。おまえらが危ない目にあうの見てられん」
翔太言われ、紗由が翔太の手を握る。
「それは私たちの世代になってから検討することになると思うわ」
「紗由…」
「今は一つ一つ、目の前に起きることに対処しましょう」
「…せやな」
翔太はテーブルのワインを開け、空のグラスに注ぎこんだ。
* * *
次の土曜日の昼間は、久我家に20人ほどの若者が集まり、パーティーが開かれていた。
紗由と龍、翔太の3人が到着すると、真里菜が玄関まで走ってきた。
「本日はお招きにあずかりまして…」
紗由が挨拶するのを遮るように真里菜が紗由の腕を引っ張り、控室へ連れていく。
「ど、どうしたのよ、まりりん」
「この前の無臭のプリンス、今日は匂いがついてるの!」
「あら…翔ちゃんにもピカピカチェックさせないと」
二人が玄関に戻ると、和歌菜が翔太から赤いバラを受け取っているところだった。
「バラに申し訳ないわ。和歌菜はんの前では、すっかりかすんでしもて」
「翔太くんたら、相変わらずね」
「ええ。昔から元気なのと正直なのが取りえなんですわ」
「今日は楽しんで行ってね。さあ、会場へどうぞ」
翔太と龍は、和歌菜の後に続いた。
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