📘そこから青い闇がささやき📘

中川五郎さんご推薦の本の2冊目は山崎佳代子著
「そこから青い闇がささやき」です。

緑の水、音楽

　大切なものが、ふと消えてしまうことがある。月夜の晩、可愛がっていた犬が散歩に出たきり、そのまま戻らなかったり、毎日のように遊んでいた人形が、旅のあと、家に帰ると無くなっていたり・・・・・。
　犬や人形だけではない。人が消えることもある。一人や二人ではない。百人、千人、いや数千万人と、弔いの唄もなく、墓碑に名が刻まれることもない。生まれてきたことすら否定するように夥しい数の人影が、それも一瞬にして奪われてしまうことがある。
　「地球に僕の力が及ばぬ裂け目が在ると知ったとき、絵を描くほかに術はなかった」
ユーゴスラビアの画レオニード・シェイカは言った。廃棄物処理場、臓器や機械の部品が秩序を失って放り出されている。「倉庫」の連作で、現代美術に新しい表現を与え、三十代で彼はこの世を去った。
　犬も人形も人も、実はこの地球の裂け目の中に連れ去られたのではないかと疑いはじめたとき、私は詩を書くほかなかった。その闇に向こうに封じ込められているものを、流れてくる風の音色や薫りを手掛かりに記してゆくこと。それは如何なる書物にも記されなかった無数の生命が、歴史の流れの中に存在していたことを証しする手仕事に外ならない。
　裂け目から吹く風に耳を澄ましていると、鳥や虫の唄に混じって、思いがけず美しい力に満ちたこどもの声が聞こえてくる。裂け目は「倉庫」ではなかった。いくつも在る「裂け目」は緑の木で結ばれていて、私たちは自由に泳ぎ回ることができる。それは音楽だ。　
　裂け目の風景を言葉の糸で織り込んだ布をあなたに届けるのは、消されて言った魂に名前を取り戻す儀式であり、名前を蘇らせる共同作業であればいいと、わたしは祈っている。

P11より

冒頭11ページを読んだとき、
私はこのところ漠然と考えていたことが
「言葉」になったと思いました。
そして山崎佳代子さんにシンパシーを感じました。

次のページ「小さな自叙伝」で、
山崎さんは1956年9月14日生まれだと知りました。
私と同じ年の生まれの申年！
一気に親近感を持ちました。

18歳で故郷を離れ、
北海道大学でロシア文学の勉強をしつつ、
将来を考え、見知らぬ土地への憧憬を持ちます。
そして、1979年9月、
片道切符でユーゴスラビアへ旅たちました。

トランクに、宮沢賢治の童話集、
中也と朔太郎の詩集と聖書を入れて・・・

山崎 佳代子
ヤマサキ カヨコ
詩人、翻訳家。1956年生まれ、静岡市に育つ。北海道大学露文科卒業。サラエボ大学文学部、リュブリャナ民謡研究所留学を経て、1981年よりセルビア共和国ベオグラード市在住。ベオグラード大学文学部にて博士号取得（比較文学）。著書に『パンと野いちご』（勁草書房）、『ベオグラード日誌』（書肆山田）、『戦争と子ども』（西田書店）など、詩集に『黙然をりて』『みをはやみ』（書肆山田）、『海にいったらいい』（思潮社）など、翻訳書にダニロ・キシュ『若き日の哀しみ』『死者の百科事典』（創元ライブラリ）などがある。

wikiより

「最初は、死者が名前で知らされる。それから数になる。最後には数もわからなくなる…」。旧ユーゴスラビア、ベオグラード。戦争がはじまり、家、街、友人、仕事…人々はあらゆるものを失っていく。そして、不条理な制裁と、ＮＡＴＯによる空爆がはじまった。日本への帰国を拒み空爆下の街に留まった詩人が、戦火のなかの暮らし、文学、希望を描くエッセイ集。

１　カラタチの花、トランク
２　こどもの樅の木
３　光る朝の雪
４　ひなぎくの花
５　鳥のために
６　あどけない話
７　泳ぐ花嫁
おわり、或いは、あたらしいはじまり

どれをとっても心を惹かれる文章です。
その中でも個人的な思いのある「抵抗の詩」を紹介します。

　たしかスカラ座と言ったと思う。静岡市七間町の映画館。ひとりで観にいった。ケシの花、少年の洗いざらしのズボン、靴みがきのブラシ・・・・。どの色も色褪せて、くすんでいる。ハーモニカのメロディーが重なる。
　第二次大戦のセルビア、クラグエバッツの町の人々が、ナチス・ドイツに、一日に7千人も虐殺された。その悲劇をうたった映画「抵抗の詩」。
　パンフレットにはケシの花の野原を背に、少女が立っている。張りめぐらせた鉄条網に少女が指をかけて、あなたを見つめている。
　私は14歳だった。ハーモニカのメロディが心の染み入り、ケシの野原をあしらったEP盤のレコードを買い求め、宝物にしていた。
　ジプシーの少年たちは、ナチスの将校たちの靴を磨くのを拒む。木箱の上に載せられた堅い編み上げ靴、それを見つめる少年の瞳・・・・。一人がブラシをほうり出して、無言で立ち上がる。すると、もう一人も、ブラシをほうり出して立ち上がった。三人の少年たちは、みな黙って、じっと将校たちを見つめ、立っている。怒った将校たちは、その場で、少年たちを銃殺してしまう。虫けらよりもたやすく。
　ブラシが木箱に当たって落ちる音が、今もはっきりと聞こえる。
　町の人たちは、一人残らず集められ、ロープが張られ、順番に一列ずつ銃殺されていく。逃げ出した者たちは、背中から撃たれ、五月の野原に倒れた。そのなかに、ジプシーの男の子がいて、「父さん、死ぬのは痛くないって言ったけど、嘘だ。痛いよ・・・」と言って草に倒れて息絶える。セルビア人を殺すことを拒否して、銃殺された」ドイツ兵もいた。
　お話は、葬儀の場面で終わる。僧侶たちが、読経をはじめる。丘には、数え切れないほどに蝋燭が灯され、揺らめく光のなかで、みんなが口々にこどもたちの名前を唱えていく。生き残った、あの少女は、殺されたあの靴みがきの、仲良しの少年たちの名前をひとりひとりつぶやき、その声が僧侶たちの祈りに重ねられていく。
　映画は、激しく私の心を揺り動かした。しばらくは、ケシの花の絵ばかり描いていた。あのときは、ユーゴスラビアに住むことになるなんて、思いもかけなかった。

（P120〜121）

山崎さんと同じ14歳だった私も
友達と伊勢佐木町のテアトル横浜（だった記憶）で
「抵抗の詩」を観ました。
私は途中から気持ちが悪くなってしまいました。
ナチスというものを激しく嫌悪していたので
（多分「アンネの日記」の影響）
あまりに理不尽さに心の照準を合わせることができませんでした。
あまりに悲しい、最悪の結末、
それなのに「ケシの花」は何もなかったように
そよぐ風に揺れていたのが、印象的で、
今でもその光景だけが切り取られて記憶が蘇ってきました。

言葉に力が潜むのは、人と人を繋げることができるからだ、と思う。「ここにも、人が生きているよ」と、暗闇から光を放つこと、それが言葉を発することの、一番目の意味だった。絶望から私たちを救う言葉が、あるのだ。
　この冬、国名が変更、セルビア・モンテネグロをなり、ユーゴスラビアは世界地図から消えたが、私たちは在り続ける。

P197

この本をまとめる作業が終わりかけた3月、あの私たちの1999年の春が、また別の国で繰り返されていた。そして私は、こどもたちのことを想った。
　おわかれの前に、うまれたばかりの詩をおとどけする。

P198

壁、太陽とこどものある情景

ひだまりに
かべはこどもを
よびよせた

おんなのこは
おまえに
おおきな木をかいた

おとこのこは
おまえに
耳をあてて

かんじているよ
おまえのむこうに
うまれるせかいを

いつの日か、夏草のような言葉を携え。
ふたたびお会いする日まで

　2003年5月20日　ベオグラードにて

　山崎佳代子

P198〜199

文庫も出ました　880円

プラディミル・ドウニッチ作　油彩　2002年
髪を描かぬことで、母と子につややかな髪が見える。腕は、きっと娘を抱きしめているのに違いない。青地に白い水玉模様に洋服は
闇をだきとめる星空にも思われる。娘の頬にそっと触れている母の指は、こどもを何かから、まもろうとしていると同時に、そっと沈黙を強いていつように見える。
正方形の板の描かれたこの絵は、あの青い闇の在り処を仄めかしている。
　それは宇宙であり、全ての言葉をいだく静けさで、微かな光を放っていた。

私は世界史で大学受験をしました。
高校時代の世界史の先生は早稲田大学で教鞭を取られていた
ロマンスグレーの素敵な先生でした。

黒板にヨーロッパ地図をささっと描いてしまう先生。
「30年戦争におけるドイツとフランスの関係について述べなさい。」
という一問だけの試験もありました。

歴史を学ぶことは過去のことを知ることだけでない。
教科書にあることを鵜呑みにするんじゃない。
勝者の歴史に埋もれた小さき者の声を聞きなさい。
いろんな視点で物を見なさい。

魅力のある先生でしたので、
私は歴史が大好きで、よく本を読みました。
文学を読むこと・・言葉を知ること・・・

横浜の港を毎日眺めて育った私は
こどもの頃から船で外国に行くことを夢みていました。

16歳で母を亡くしてし、
人生の闇に堕ちてしまったあのとき・・

私は残された弟の面倒をみて、
家を守ることを優先して
留学も諦めました・・・

もし、あの時代に留学できたなら・・・
ふと思います。

世界中にお友達がたくさんできたかしらと。

でも、留学できなかったけれど
私には世界中にたくさんのお友達がいます。

どこかの誰かでなく
名前を持った友達。

その友達が住んでいる国をもっと知りたい！
言葉を知りたい！

政治的に平和を作ることは難しいけど、
自分にできることを探して
実践することはできるでしょう。

そんなことを考えました。
中川五郎さんが勧めてくれた意味が
わかったような気がしました。感謝！

山崎佳代子さんの連載を見つけました。
素敵な写真もいっぱいですよ。

ドナウ 小さな水の旅｜左右社｜note

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