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【読書感想】生き心地の良い町 この自殺率の低さには理由がある

 新潟大学の豊田先生が主催している佐渡島を舞台にした「かっぱ村大学」でスピーカーだった小林恵子先生の話で出てきたので読みました。
 この本は、「自殺“最”希少地域」である徳島県旧海部町の自殺率がなぜ低いのかを筆者である岡檀さんが海部町に入り込み、住民インタビューやアンケート、他地域との比較から調査して見えてきたことが書かれています。

ちなみにこの本で出てくる専門用語を抜き出し紹介すると、
「自殺危険因子」=自殺の危険を高める要素。社会経済的地位の低さや失業、支援の欠如、精神疾患、病苦などが挙げられる。(P.13-14)
 
「自殺予防因子」=自殺行動を予防、自殺の危険を緩和する要素。家族との関係、個人の素質や人柄、社会文化的背景の3つの要素に分類される。(P.14)

という専門用語があり、それでは海部町の「自殺予防因子」はというと

1.いろんな人がいてもよい、いろんな人がいたほうがよい
2.人物本位主義をつらぬく
3.どうせ自分なんて、と考えない
4.「病」は市に出せ
5.ゆるやかにつながる

の5つが挙げられるそうです。

 海部町は、移住してきた人たちで作り上げてきた地域であったことから、肩書や地位よりもちゃんと能力があるかどうか、1人が倒れてしまうと共倒れする恐れもあったことから悩みなどを出しやすい【態度】を示して人に接していることが多いそうです。

 個人的に興味深かったことは、「うつ」などの精神疾患の話題をまちの人たちが気兼ねなく話して、軽度のうつ病認定された人がいるという話を聞くと、その人に声をかけに行くそうです。精神疾患系の話題は、自分がなっても他人がなっても言うことを憚られる節があると思うのですが、誰にも言えないままいると取り返しのつかないことになることを考えると、実はそっとしておこうというよりも簡単な声掛けをして、いつでも相談がしやすい雰囲気を作っておくことが大事なのではないかと思いました。

 そして「病」は市に出せ。僕は精神的に弱いことは自覚していますが、本当に病んだことはないんですよね。たまたま運が良かったと思っているのですが、よく僕は愚痴を言いながら色んな活動をしてきたので、実はそれが「病」を市に出していることと同じような効果を発揮していたのではないかと思いました。だから、些細なモヤモヤも我慢し過ぎずに誰かに話してみることが重要なのかなと思います。

 海部町という地域の自殺率が低い理由が書かれていた本書ですが、これは組織の「心理的安全性」にも通ずる内容だと思っていまして、海部町の自殺予防因子の5つがある組織は、風通しも良いことは間違いないので、地域づくりだけでなくて組織作りでも、5要素は考えるべきですね。それに当たって、やっぱり自分の周りに対する態度はこの5要素に沿ったものに意識していくことで周りの人の働きやすさ、もっと言うと生きやすさにつながり、そして回りまわって自分の生きやすさにつながるのではないかと思います。なんか幸い、「良い意味で倉くんには何を言っても攻撃されない安心感がある」と言ってもらえたことがあるので、悩みとか相談しやすい人になって、少しでも周りの人の生きづらさなどを解消したいですね。そして、自分もちゃんと「病」は市に出して、自分自身も生きやすいような環境づくりに取り組みます。

以下、気になった箇所。
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海部町の高齢者自殺率が低い背景には、老人たちが互いによく世話を焼くこと、積極的に集まりに参加し趣味を楽しんでいること、江戸時代から続く相互扶助組織が地域社会によく根付いていることなどが考えられると書かれていた。(P.18)

内閣府の白書によれば、日本人の自殺の動機でもっとも多いのが「病苦・健康問題」、ついで「生活苦・経済問題」、これら二つで全体のほぼ七十パーセントを占めている。(P.25)

これらのエピソードの興味深いところは、募金や老人クラブへの加入を拒む人々が、他人と足並みをそろえることにまったく重きを置いていない点にある。おそらくではあるが、自分ひとりが他と違った行動をとったとしても、それだけを理由に周囲から特別視される(現代風に言えば、「浮く」)、またはコミュニティから排除されるという心配がない、ということが前提になっているのではあるまいか。(P.41)

海部町の「朋輩組」には、いくつの課のユニークな点がある。江戸時代から続く組織でありながら会則と呼べるものはなきに等しく、入退会にまつわる定めも儲けていない。(P.43)

他の類似組織の多くは閉鎖的構造を作り上げ、メンバーの均質性を高めることによって統制という機能を強化している。これに対し「朋輩組」は、ミニマムルールによって弾力性の高い構造を維持し、開放的で風通しがよく、来るもの拒まず、去るもの追わない。その結果として、メンバーたちの組織に対する考えやかかわり方、忠誠心などは十人十色となっているのだが、あえてそれらを是としている様子がうかがえるのである。(P.44)

彼は、特別支援学級の設置に反対する理由として、このようなことを言った。
他の生徒たちとの間に多少の違いがあるからといって、その子を押し出して別枠の中に囲いこむ行為に賛成できないだけだ。世の中は多様な個性をもつ人たちでできている。ひとつのクラスの中に、いろんな個性があったほうがよいではないか。(P.46)

ここでいう人物本位主義とは、職業上の地位や学歴、家柄や財力などにとらわれることなく、その人の問題解決能力や人柄を見て評価することを指している。(P.50)

その分、行政に対する注文も多く、ただしいわゆる「お上頼み」とは一線を画している。もっといえば、この町の人たちはお上を畏れの対象として見たことがないのではないか、という気さえする。(P.62)

彼の説明によれば、「病」とは、たんなる病気のみならず、家庭内のトラブルや事業の不振、生きていく上でのあらゆる問題を意味している。そして「市」というのはマーケット、公開の場を指す。(P.73)

海部町の「病、市に出せ」という格言に象徴されるように、この町では個々人が私的な悩みを開示しやすい環境づくりを心がけてきた痕跡が見られる。(P.76)

海部町は多くの移住者によって発展してきた、いわば地縁血縁の薄いコミュニティだったのである。(P.88)

相手によって態度や意見を変えるという方便も、海部町出身の人々にとっては何台だったらしい。(P.97)

「ああ、こういう考え方、ものの見方があったのか。世の中は自分と同じ考えの人ばかりではない。いろいろな人がいるものだ」。そう思って納得がいき、徐々に気にならなくなったと言うのである。(P.98)

一昔前に比較すれば、手に入る情報の量とバリエーションは飛躍的に増えているにもかかわらず、いやむしろそれ故にというべきか、個人の嗜好やこだわりの幅が狭まり、弾力性を失っているように見える。(P.100)

つまり、話題が盛り上がろうとするとき、水を差す、話の腰を折る者が集団Bにはいるのである。考えようによってはかなりKY-空気を読まないひとたちであるが、こうした人々のことを、私はひそかに「スイッチャー(流れを変える人)」と呼んでいる。(P.102)

「一度目は許す」という理念を共有するコミュニティの対極にあると思われるのが、ひとたび好ましからぬ評価を受けたが最後、「孫子の代まで」ついて回るという恐怖心を潜在させているコミュニティである。(P.116)

態度で示さないと、駄目なんです。(P.121)

海部町の人は、他地域の人に比べ、世事に通じている。機を見るに敏である。合理的に判断する。損得勘定が早い。頃合いを知っていて、深入りしない。このほかに、愛嬌がある、という表現を用いた人がいたが、これは言い得て妙であって、私も同感だった。(P.128)

都道府県別統計だけを参照していたのでは意味がないと私が強く主張するのは、こうした認識のずれが生じた結果として、行われるべき対策の実施が遅れることを懸念するからである。(P.136)

アンケート調査の結果は、A町では援助希求に抵抗を感じる住民が多いことを示していた。インタビューにおいても、A町の高齢者は個人的な悩みで周囲に負担をかけることを慎み、安易に人に頼ることをせず、できる限り自分の力で解決しようとする傾向がうかがえたが、この気質は、厳しい自然環境が住民の忍耐心を強めるという、田村の指摘とも符合している(P.156-157)

このように海部町には、住民が気軽に立ち寄れる場所、時間を気にせず腰掛けていられる場所、行けば必ず隣人と会える場所、新鮮な情報を持ち込んだり広めたりすることのできる場所が、数多く存在する。私はこれらを符号して、海部町は「サロン機能」を多く有するコミュニティであると考えている。(P.165)

海部町コミュニティが心がけてきた危機管理術では、「大変幸福というわけにはいかないかもしれないが、決して不幸ではない」という弾力性の高い範囲設定があり、その範囲からはみ出る人―つまり、極端に不幸を感じる人をつくらないようにしているようにも見える。(P.183)

自殺は一部の人の特殊なケースではなく、身近な社会問題と考えるべきである。(P.187)

「誰に投票するかは、個人の自由や。人に強制したら、いまの言葉で言うたらなんじぇ、ダサイ、ちゅうんか。“野暮”なことやと言われる」。(P.194)

しかも、A町において抽出された、自殺の危険を高める可能性のある因子―勤勉さ、克己心、忍耐強さなどは、本来いずれも尊ばれるべき美徳ばかりである。(P.203)

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